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アレクサンドル・ベリャーエフ 作
「両棲人間」

Александр Беляев
Человек-Амфибия

2005.1.15
2020.06.05
2023.10 最終更新日

第十九章  新しい友だち

 オルセンは、大きなランチ船の上に座り、横から海を眺めていた。太陽は水平線から昇ったばかりで、斜めに入った日差しは小さな入り江の透明な水を通して、海底を照らしている。
 海底の白い砂底の上を、何人かのインディオが這っている。彼らは時々息を継ぐために浮上し、再び海に潜っていく。
 オルセンは熱心に、真珠採りたちを目で追っている。まだ早い時間だったけれど、すでに暑くてたまらない。(気分転換に、一~二度潜ってみようか?)彼はそう思い、すぐさま服を抜いで、海に飛び込み、探索者に加わった。
 初めて潜水したオルセンは、それがすっかり気に入った。そしてさらに、自分が並のインディオよりも、ずっと長く潜っていられることに気がついた。
 彼が三度目に潜った時だ。海底にいた二人のインディオが、まるでサメかノコギリザメに追いかけられたかのように、海底を蹴って急いで浮上したことに気がついた。
 オルセンが振り返ると、銀色の鱗・大きく突き出た目・カエルのような足を持つ、半人半蛙の化け物が、カエルのように足を突き出し、力強く彼に向かって泳いできていた。
 オルセンも急いで浮上したが、怪物はすでに近くにいて、カエルの足で手を掴んできた。
 オルセンは恐ろしかったにもかかわらず、その生き物が美しい人間の顔を持っていることに、気がついた。膨らんだ輝く目が、怪物に見せているだけなのだ。
 この奇妙な生き物は、まるで海の中だということを忘れいるかのように、彼に何か話しかけてきた。
 しかしオルセンにその声は聞こえず、ただその唇が動いているのが見えるだけだ。
 未知の生き物は、その二本の前足で、オルセンの腕をしっかり掴んで放そうとしない。オルセンは海底をおもいっきり足で蹴ると、怪物の手を振り払って海面へ浮上しようとする。
 怪物は彼を追って手を伸ばし、腕をつかもうとする。
 オルセンはなんとか海面に出ると、ランチ船の縁にしがみつき、足を引っ掛けてよじ登る。そして力を込めて半人半蛙を海の中へと投げ飛ばしたので、怪物は音を立てて海に落ちる。
 ランチ船の中に座り込んでいたインディオたちが、我先にと海に飛び込み、海岸に向かって泳ぎだす。
 海中に蹴り落とされた怪物は、再びランチ船に近づくと、オルセンに向かってスペイン語で呼びかけた。
「オルセン。僕はグッチエーレのことを聞きたいだけなんだ」
 オルセンは、海の中で怪物と出会った時と同じぐらい驚いた。オルセンは勇敢で、根性もあった。自分とグッチエーレの名前を知っているなら、こいつは怪物ではなく、間違いなく人間なのだろう。
「君の話しはグッチエーレから聞いているよ」と、オルセンは返事をした。
 するとイフチアンドルはランチ船によじ登ると船首に座り、腕を胸の前で交差させ、足を抱えるように組んで座った。
(水中眼鏡だ!)
 オルセンは、見知らぬ男の輝く膨らんだ目を注意深く観察して、そう思った。
「僕はイフチアンドルです。以前、海の底から、あなたにネックレスを拾ってあげたことがあります」
「けれどもその時は、君は人間の目と手を持っていた」
 イフチアンドルは微笑んで、自分の蛙のような足を振りながら、あっさり言った。
「脱げます」
「思ったとおりだ」
 好奇心の強いインディオたちが、海岸の岩陰から覗き見ているが、話の内容がわかるほど近くはない。
 わずかに黙り込んでから、イフチアンドルはこう聞いた。
「グッチエーレを愛していますか?」
「あぁ、好きだよ」オルセンは、あっさり答えた。
 イフチアンドルは、大きなため息をつく。
「彼女もあなたを愛しているんですか?」
「彼女も僕を好きだろうね」
「でも、彼女は本当は僕を愛しているんだ」
「それは彼女なりの問題さ」と、オルセンは肩をすくめた。
「彼女なりの問題? 彼女はあなたの花嫁なのに」
 オルセンは驚いたが、なんとか顔に出さないですんだ。
「いいや、私の花嫁じゃないよ」
「そんなことない」イフチアンドルは、急に興奮しだした。「彼女が花嫁だって、馬に乗った髭の男が言ったんだ」
「私の?」
 イフチアンドルは、混乱した。
 確かに髭の男は、グッチエーレはオルセンの花嫁だとは言わなかった。けれどもグッチエーレのような若い娘が、あのずいぶん年上で髭面の不愉快な男の花嫁? ありえるのだろうか? きっと、髭の男は、彼女の親類かなんかなのだろう……。
 イフチアンドルは、質問を変えた。
「ここで何をしていたの? 真珠を探してた?」
「そうだが、正直いって君の質問は不愉快だと言いたいね」と、オルセンは憂鬱そうな顔をした。「グッチエーレから君のことを聞いていなかったら、私は君をランチ船から海に投げ落として、話しを終わらせているところだよ。君にはナイフがあるだろうが、私は君が立ち上がる前に、オールで頭を殴ることができるしね。けれど実のところ、私は真珠を探していたんだよ」
「僕が海に捨てた大きな真珠ですか? グッチエーレがそのことも、あなたに話したんですか?」
 オルセンが黙ってうなずくと、イフチアンドルは、嬉しそうな顔をした。
「ほらね。僕は彼女に、あなたなら欲しがるだろうって言ったんですよ。僕は、いらなくても受け取って、後であなたにあげたらいいって、そう言ったんです。でも彼女はきっぱり断って、でもあなたは今それを探している」
「ああ。今は君のじゃなく海のものだ。だから私が見つけたなら、誰はばかることなく私の物になる」
「そんなに真珠が好きなんですか?」
「私は女じゃないから、アクセサリーが好きなわけじゃない」
「でも、真珠を売ることはできる。そう! 真珠を売れば大金が手に入るんだ」と、イフチアンドルはよく理解できない言葉を思い出した。
 オルセンは、再びうなずいた。
「じゃあ、お金が好きなんですか?」
「君は私に、何を言いたいんだ」オルセンはイライラしながら質問した。
「僕は、なぜグッチエーレが、あなたに真珠をあげたのか知りたいんです。あなたは彼女と、結婚するつもりだったんでしょ」
「違うよ。グッチエーレと結婚するつもりはなかったんだ」と、オルセンは語った。「そう、たとえ今結婚したいと思っても、もう遅い。グッチエーレは他人の妻になった」
 イフチアンドルは真っ青になって、オルセンの手を掴む。
「本当なの? 髭の男と?」と、彼は恐れながら聞いた。
「そうだよ。彼女はペドロ・ズリタと結婚した」
「けど彼女は……。彼女は僕を愛していると思っていたのに」イフチアンドルが小さくつぶやく。
オルセンは、哀れみの目で彼をみつめながら、ゆっくりと小さなパイプに火をつけた。
「そうだね。私も彼女が愛していたのは君だと思う。けれど君は、彼女の目の前で海に身を投げて死んでしまった。少なくとも、彼女はそう思った」
 イフチアンドルは驚いてオルセンを見た。彼はグッチエーレに、彼が水の中でも生きていられることは話していない。だからといって、崖から海に飛び込んだことが、彼女に自殺と取られるとは、考えもしなかった。
「僕は昨夜、グッチエーレに会って来た」と、オルセンは続けた。「彼女は君の死で悲観しきっていた。『イフチアンドルが自殺したのは私のせいよ』と、彼女は嘆いていた」
「でも、でも、彼女はどうしてこんなにもすぐに他の人と結婚したの? 僕は彼女の命を助けたんだ。そう、そうだよ! ずっと前、僕はグッチエーレが海で溺れているところを助けたんだ。僕は海岸に運んで、岩陰に隠れた。けれど後から髭の男がやってきて、自分が助けたって、彼女に言ったんだ」
「グッチエーレも、そんな話をしていたよ」と、オルセンは言った。「誰が彼女を助けたのか、ズリタなのか、それとも意識を取り戻す前に目の前に現れた奇妙な生き物なのか、彼女にはわからなかったってね。どうして自分が助けたって言わなかったんだい?」
「自分のことについて話すのは気まずいよ。それにズリタを見るまでは、本当に助けたのがグッチエーレだっていう確信もなかったんだ。だけど、どうして彼女は結婚することにしたんです?」と、イフチアンドルは聞いた。
「どうしてこんなことになったのか、私にもわからない」
「知ってることだけでも教えて下さい」
「私はボタン工場で、貝の受け取り係として働いている。そこでグッチエーレと出会ったんだ。彼女は、彼女のお父さんが忙しいとき、貝殻を持ってきた。私たちは出会って、友だちになった。時には港で会ったり、海岸を歩いたりした。彼女は自分の悩みを私に話してくれた。金持ちのスペイン人が、口説いてくるってね」
「ズリタのことですか?」
「そう。ズリタだ。グッチエーレのお父さん、つまりインディオのバルタザールは、この結婚話がうまくいくことを望んで、一生懸命彼女を説得していた。こんなにも素晴らしい結婚相手はないといってね」
「どこが素晴らしいんです? 気持ち悪いし、臭いのに」と、イフチアンドルは反論した。
「バルタザールにとっては、ズリタは最良の義理の息子になるからさ。バルタザールは、ズリタに大きな借金があるからね。ズリタはグッチエーレが結婚を断るようなら、バルタザールを破滅させかねない。彼女の身になって想像してごらんよ。ズリタは言い寄ってくるし、父親はうるさく言うし……」
「なぜグッチエーレは、ズリタを追い払わなかったんです? それにあなたもなぜ、ズリタを殴らなかったんです? 体も大きくて強いのに」
 オルセンは、微笑みながらも驚いた。イフチアンドルは愚か者ではないのに、こんな質問を真面目にする。いったいどう育てられ、育ってきたのか?
「ことはそんなに簡単なことじゃないんだ。法律も、警察も、そして裁判所も、ズリタやバルタザールに味方するだろうしね」
 それは、イフチアンドルには理解できなないようだった。
「じゃあ、なぜ逃げ出さなかったんです」
「逃げる方が簡単だった。お父さんからもね。そして私は、彼女を助けると約束したんだ。私はグッチエーレに、ブエノスアイレスを出て北アメリカに行く計画を立てていたので、一緒に行こうと彼女を誘った」
「そして結婚するつもりだったんですか?」と、イフチアンドルは聞いた。
「君は何者なんだい」と、オルセンは再び微笑んだ。「友だちだって言っただろ。それ以上のものであったかどうかは、……私にはわからない……」
「じゃあなぜ行かなかったんですか?」
「旅費がなかったんだ」
「ホロックス号に乗るのって、そんなにお金が掛かるんですか?」
「ホロックス号だって! あれは大金持ちが乗る船だよ。そんな質問をするなんて、君は月から落ちてきたのかい?」
 イフチアンドルは当惑して頬を染め、オルセンに自分の無知を曝すまいと、口をつぐんだ。
「私たちは、ホロックス号どころか、貨物船に乗るためのお金もなかったんだ。向こういったってすぐに仕事が見つからないだろうから、当面の生活費も用意しないといけないしね」
 イフチアンドルには、オルセンの言っていることにわからない部分があったけれど、質問するのはやめておいた。
「だからグッチエーレは、真珠のネックレスを売ることにしたんだよ」
「僕がそれを知っていたら!」水中の宝物について思い出して、イフチアンドルはそう叫んだ。
「なんだって?」
「なんでもありません……。オルセン、続けてください」
「逃げ出す準備は、全て整った」
「僕は……。僕はどうなるんです? すみません……。つまり彼女は僕を置き去りにしようとしたってことなんですか?」
「これは全部、君が現れるまえに始まったんだ。ただ私が知る限り、彼女は君を誘うつもりだった。一緒に行って君と結婚するために。そして最後まで君に逃げ出すことを話す機会がなかったら、手紙を書いたに違いない」
「けど、なぜあなたとなんです? 僕ではなく。あなたに相談し、あなたと一緒に行こうとした!」
「私と彼女は、一年以上前に知り合ってるんだってば。そして君は……」
「すみません。僕の言ったことは気にしないで、先を続けて下さい」
「というわけで、全ての準備ができたんだ。けれどその時、君はズリタと出会い、彼女の目の前で海に身投げしてしまった。私は朝早く、工場に出勤する前にグッチエーレの所へ行ったんだ。私はちょくちょく、そうしてたんだ。バルタザールも私には嫌な顔をしなかった。どうやらバルタザールは私の拳を恐れていたか、ズリタが強情なグッチエーレを諦めた時のための、予備の婚約者のつもりでいたらしい。バルタザールは、一緒のところをズリタに見られるなとは言ったが、それ以上は私たちのことを干渉しなかったんだ。彼は私たちの計画には、まったく気づいていなかった。そして今朝、私は船の切符を用意したから、夜の十時までに準備しておくようにと、グッチエーレに伝えるために、彼女の家に行ったんだ。けれど興奮したバルタザールが、こう言った。『グッチエーレはもういない。あの子はもうもどってこない。三十分前、家の前にズリタがピカピカの自動車を乗りつけた。すごいヤツだ!』って、バルタザールは叫んだよ。『自動車だ』ってね。『家の前に自動車が横づけされるなんてことは、この通りじゃあったためしがない。俺もグッチエーレも表に飛び出した。ズリタは車の扉を開けて、グッチエーレに市場まで連れてってやろうと誘った。やつはグッチエーレがこの時間に市場まで出かけることを知ってたからな。グッチエーレはピカピカの新車を見た。こいつが若い女の子を誘惑してるってことは、あんたにはわかるよな。けどグッチエーレは疑い深くて小賢しいから丁重に断ったんだ。こんな頑固な娘がどこにいる!』彼は怒って叫んだよ。けれどいきなり笑いだした。『しかしズリタの方が頭がいい。あいつは、『恥ずかしがってるようだな、手伝ってやろう』と言って、娘を自動車に押し込んで、グッチエーレが『父さん!』と言った時には、行ってしまった。俺は、あいつらはもう戻ってこないと思ってるよ。もしお前が俺にグッチエーレはどこだって聞くってんなら、ズリタの家に間違いない』と、バルタザールは話し終えたけれど、彼が起きたことに満足しているのは、あきらかだった。『目の前で自分の娘をさらわれたのに、ずいぶんと落ち着いて、しかも楽しそうじゃありませんか!』と、私は憤慨して言った。すると『何を心配しろと言うんだ』と、バルタザールは驚いたんだ。『見知らぬヤツならともかく、ズリタのことは昔から知っている。あのドケチがグッチエーレの気を引くためだけに、半端じゃない金を使って車を買ったんだぞ。それだけグッチエーレを愛してるんだ。あいつはグッチエーレを連れ去った。そして結婚した。グッチエーレは強情を張ることはなかったんだ。金持ちは手段を選ばない。グッチエーレは泣くことなんてないんだ。ズリタは、おそらくパラナの町の近郊に持っているドロレス農園にグッチエーレを連れていったんだろう。あいつの母親が住んでいる所だ』」
「で、バルタザールを殴ったんですか?」
「君の話だと、何かと戦ってばかりいなきゃならないな。確かに私も、バルタザールを殴りたいと思ったよ。けれどそれじゃ事態を悪くするだけだ。詳細は省くけれど私はまだ、なにか手があると思っていたんだ。グッチエーレに会えばね」
「ドロレス農園へ行って?」
「そう」
「悪党のズリタを殺して、グッチエーレを逃がしてあげなかったの?」
「ぶん殴って、今度は殺すだって! なぜそんなにも血に飢えてるんだ?」
「血になんて飢えてないよ!」と、涙ぐみながらイフチアンドルは叫んだ。「ただ、あんまりにもひどいじゃないか!」
 オルセンはイフチアンドルが痛ましくなった。
「君は正しいよ。イフチアンドル」と、オルセンは言った。「ズリタもバルタザールも、どうでもいい人間だ。怒りと軽蔑に値する。あいつらを殴るのは悪くない考えだ。けれど実際には、君が想像しているより物事はもっと複雑なんだ。グッチエーレは自分の考えで、ズリタから逃げるのをやめてしまったんだよ」
「自分の考えで?」イフチアンドルは、信じなかった。
「そうだよ。自分の考えでだ」
「なぜ?」
「一つは、君が自殺したと信じてるからさ。彼女のせいで死んだってね。彼女は君の死を重く取った。彼女は可哀想なことに、とても君を愛していたんだろう。『オルセン、私は死んだも同じよ』って、彼女は私に言ったんだ。『私にはなんの希望もない、もうどうでもいい。ズリタが呼んだ神父が、私たちを結婚させたわ。そして私に結婚指輪をはめて言ったの。『何事も神様のおぼしめしである』って。『神が結びつけた者を、人が切り離してはならない』って。私はズリタと一緒になるなんて幸せだとは思えないけど、神様に逆らうなんて恐れ多いことできないわ』ってね」
「そんなのおかしいよ! 神が何だって? 父さんは、神なんて小さな子どもたちのためのおとぎ話だって言ってたよ!」と、イフチアンドルは大声で叫んだ。「あなたは彼女を、説得できなかったの?」
「残念ながらグッチエーレは、そのおとぎ話を信じてるんだ。宣教師たちが彼女を信心深いカトリック教徒にしてしまってね。私も以前から彼女を説得していたけれど、彼女を思いとどまらせることはできなかった。もし私が神と教会をけなすなら絶交するとまで言われていた。時間が必要だった。けれど農場じゃ時間なんてなかった。彼女とは、ほんの少ししか話せなかったんだ」そしてオルセンは続けた。「そうだ、これは彼女に聞いたことなんだが、ズリタはグッチエーレとの結婚した後、笑いながら叫んだそうだ。『これで面倒が一つ片付いた! 小鳥は捕らえてカゴに入れたぞ。あとは小魚を残すのみだ!』。そしてズリタは、小魚についてグッチエーレにこう話した。彼は海の悪魔を捕まえるためにブエノスアイレスに行く。そして小魚を捕まえる。そうすればグッチエーレも大富豪になる。小魚とは、君のことじゃないのか? 君は水中でも平気だし、真珠採りたちを怖がらせているしね……」
 イフチアンドルには、説明できなかったわけではないが、オルセンに秘密を打ち明けることを警戒し、質問には答えず問い返した。
「なぜズリタは、海の悪魔を捕まえたいんだろう?」
「たぶん、真珠採りをさせるつもりだろう。もし君が海の悪魔なら気をつけるんだぞ!」
「ご親切に、ありがとう」
 イフチアンドルは、自分のイタズラを新聞や雑誌が書き立てていて、海岸中に知られているとは思いもしていなかった。
「でも、できません」と、イフチアンドルは唐突に言った。「彼女に会わないと。たとえそれが最後になっても一目会いたいんです。パラナ? パラナ川の上流にある町ですよね? 知ってます。でも、パラナからドロレス農園までどう行けばいいんですか?」
 オルセンが説明すると、イフチアンドルは彼の手をしっかりと握った。
「あやまります。敵だと思っていたけれど味方だったんですね。さよなら。僕はグッチエーレを探しに行きます」
「今すぐにかい?」と、オルセンは微笑む。
「ええ。一分だって待てません」
 イフチアンドルは、海岸に向かって海に飛び込んだ。
 オルセンはただ、頭を横に振るだけだった。

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