バンダナは静かに微笑んで見守り、お嬢は聞き上手で時折口を挟みつつ、足長とネズミとジャケットの間で、話は進んだ。
互いに見ず知らずの渡り鳥。足長とネズミは、世間話からはじめて、警戒させずに自然に情報を聞き出すのがうまかった。
どうやらジャケットは、もともと警戒心が薄い上に、口が軽いらしい。
村に似合わぬ三人組も、各地へ散った幼馴染みが、日を会わせて帰郷しただけとわかった。
「いやあ、久しぶりに幼なじみと顔を合わせると、子ども返りするってのは、ホントだね」
謎めいたことも、わかってみれば、他愛ないものだ。
さらにジャケットは、予想以上に軽快に舌をまわし続け、平凡で貧しい村から飛び出して、苦労の末にハンターの資格を得てと、延々一方的に自らの立身出世物語を、話し始める。
当人にとっては、一つ一つが大事件だが、他人にとってはありきたりな話で、終わる頃には、足長はげんなりしていた。
やっと終わってホッとして、足長はそろそろ自然にもう一度遺跡の話をふろうとしたが、その前にあっさり先手を打たれてしまう。
「で、キミたちはどうして渡り鳥をしてるんだい?」
人語を解するネズミに突っ込まれなかったので、油断していた。
こうも相手の話を聞かされると、何も話さないというわけにはいかない。
ジャケットの話に相づちを打っていた背高とネズミは、盛大に顔をしかめた。
それだけでなく、聞き役に徹していたお嬢さんとバンダナも、困った顔をする。
渡り鳥には、それなりの事情を抱えている者が、少なくない。
過去やプライバシーは、必要でもない限り問わず語らずが、互いの礼儀だ。
どの程度話してごまかそうかと考えているうちに、ジャケットは答えを待たず、一方的に再びしゃべり始める。
「生まれも育ちも違うキミたちは、どこかで出会い、協力して事にあたり、互いを認め合い、一緒に旅をするようになり、今や離れがたい仲間たちとなった。どうだい? ボクの推理」
自慢げに言い切るジャケットに、しかめた背高の顔つきが、年齢のことを言われたジャケットに負けず劣らずの、げんなりへと変わる。
推理もなにもありはしない。血の繋がりだとか、もとよりの友人が共に渡り鳥になったのでもないかぎり、渡り鳥のチームであれば、ありきたりの話だろう。
しかも足長の三人と1匹が、どう見ても似たような育ちに見えないことは、当人たちも自覚していた。
「あのな……」
足長が何か言おうとしたとき、お嬢がずいとジャケットと足長の間に割り込んだ。
「ええ、まったくその通りなんです! 私たちはまったく生まれも育ちも違いますが、出会い、いろいろな経験をして、今では本当に互いにかけがえのない友人であり仲間となったんですッ!」
そして力強くニコヤカに言い切った。
「いいねいいね、出会いがあり、絆を結ぶ。素晴らしいことだよ」
足長があきれたことに、ジャケットはその回答で、満足したらしい。
足長にも、お嬢さんにも、そしてバンダナにも、後ろ暗いところはない。
けれど自分たちそれぞれの経歴が、無用な好奇心を刺激し、あるいは誤解されやすいことを、知っていた。
今までの経験に、自らの過去に、傷ついてもいた。
冒険心だけで荒野へ飛び出し、渡り鳥になる者もいるにはいるが、そうした傷と無縁でいられる渡り鳥は少なくなく、そうした傷が原因で渡り鳥になった者も、珍しくはない。
たとえ友人や仲間でなくとも、互いの傷にふれぬよう、ふれるときは細心の注意を払うのが、渡り鳥の心構えだ。それは互いに傷つけ合うことになるだけでなく、時には逆鱗に触れることにもなる。
「ところで……」
バンダナが話しかけ、足長とお嬢さんは、驚いて彼を見る。彼が口数が少ないことは、仲間だからこそ知っている。
それを知らぬジャケットは、まるで驚いていない。
「なんだい?」
「もう少し、その遺跡について聞きたいのと、それから分け前について話し合っておきたいんだけど、いいかい?」
バンダナは、話の流れもなにも無視して、いきなり核心へと話題修正を試みる。
「ああ当然だねッ」
ジャケットは、あっさりそれに乗ってきた。そしてバンダナは遺跡について、あといくつか聞き出し、お嬢は幾分自分たちに有利と思える取り決めをまとめ上げる。
かといって、遺跡については今まで聞いた以上のことは何もない。
しかもジャケットは、これはトレジャーハントではなく、遺跡固有の特殊アイテムが見つかったとしても渡せないと、譲らなかった。
「キミたちの活躍のおかげで、ものすごいアイテムを発見したとしよう。ボクにできるのは、政府に対し、キミたちのボーナスを払うよう交渉することと、自腹を切ることだけなんだ」
お嬢は、それでも偶然見つけてしまった、遺跡固有ではないアイテムの所有権と、遺跡特有のアイテムであっても、危険さえなければ試させてもらうことを、認めさせた。
自分の交渉術に自信を持っていた足長は、このお嬢の活躍に、少々自尊心がしぼんでいくのを、感じずにはいられなかった。
遺跡に到着してみると、ゴブの戦利品の横取りの線は、あっさり消えた。
遺跡の封印は固く閉ざされたまま、何かが入り込んだ様子はない。
「ま、ボクとしてはありがたいんだけどね。しょっちゅ封印が壊されてたら、その方が問題さ」
ジャケットはこの調子だし、お嬢さんとバンダナは、この湖に浮かぶ白亜の神殿のような、ひどく美しい遺跡そのものに、目を奪われている。
が、足長は軽い財布のことばかりが気にかかる。
「何とか中に入れちゃもらえないか?」
もちろん少しでもあさらせてくれという意味だが、軽くかわされる。
「もちろんさ。当然中に異常がないかチェックするのもボクの仕事だ。それに一応見つけられる限りの魔獣も駆逐したいし」
閉鎖空間に発生する魔獣については、まだ謎が多い。が、この遺跡の場合、裏の湖側に面した窓が、がら空きなのだそうだ。
「ただし、約束は守ってくれたまえ。立ち入り禁止にしておくだけの理由は、ちゃんとあるんだからさ」
なにが「たまえ」だ偉そうに、と足長はため息をつくしかない。
が、探索を始めると、ますます足長は、居心地が悪くなってきた。
ジャケットは、懇切丁寧な解説付きで、遺跡の内部を案内してくれたのだ。
その様子と知識から、この遺跡が調べつくされ、漁り尽くされていることが、ひしひしと伝わってくる。
しかもバンダナもお嬢も、そしてネズミまでもが、その解説に聞き入り、遺跡を楽しんでしまっている
雇われたのは、自分たちであるはずだ。たぶん、護衛として。そのはずだ。
だがこれでは、ガイドを雇った観光旅行者そのものだ。
しかもジャケットは、魔獣を見つけると大喜びで真っ先に突撃していく。その上勝つ。さらに、いいとこ見せたと喜んでいる。
確かにたいした魔獣はいない。
もともとジャケットは、一人でここに来るつもりだったようだ。
それを仕事にしているのだから、当然だろう。
見た目と実力が、比例するわけでもないことを、足長は承知している。
カッコばかりのへなちょこに見えても、ジャケットの腕まくりしたむき出しの腕に付いた筋肉は、伊達ではなかったというわけだ。
が、それでも居心地の悪さに耐えきれなくなり、ついに足長は、戦闘は雇われた自分たちに任せてくれ、貰う金の分だけは働かせてくれと、ジャケットに頼み込む。
この性格だと、下がるのを嫌がるんじゃないかと思ったが、ジャケットはあっさり後ろへ下がってくれた。
ホッとしたのもつかのま、今度は後ろで、バンダナとお嬢さん、そしてジャケットの頭の上に移動したネズミ相手に、オシャベリに興じ始めた。
ここに沸いている魔獣は、足長一人でも十分対応できる。背中でオシャベリを聞き流しながら、足長はひたすら魔獣を倒し続けた。
その方が、あのオシャベリに巻き込まれるより、ましに思えたからだ。
やがて遺跡の最深部に到達した。
「というわけで、ここが例の装置がある場所さ。自分の人生に自信があるなら、試してもいいよ」
「わざわざ遺跡を封印までしておいて、なんでいいんだッ!?」
ジャケットは、やれやれとでも言うように、両手を広げて肩をすくめる。
その頭の上で、足長の相棒であるネズミが、まるっきり同じポーズを取っている。
「話し、聞いてなかったんですか!」
「まあまあ、戦闘押しつけちゃったし」
お嬢さんが足長に食ってかかると、バンダナがその間に、穏やかに割り込んだ。
「あはは! キミたちは本当に仲がいいね! そんな仲間がいる人は、この装置の悪影響を受けないってことは、だいたいわかってるんだ。だから、かまわないよ」
そういえばジャケットは、バンダナとお嬢さん相手に、そんな話しをしていたような気もしないではない。
「具体的には、どうなるんだ?」
「ミーディアムに記録された、持ち主の印象的な記憶を映し出す装置さ。ただしそれが楽しい記憶とは限らなくてね」
「あんたも、やってみたことがあるのか?」
「ボクかい? ボクの場合は、他人が見ても実につまらないものだったよ。子どものころ言いつけを破って、暗闇に閉じ込められた。それがボクの一番印象的な記憶らしくて、映し出されるのは闇ばかりだ。ちなみにボクは、おかげさまで今でも暗所恐怖症ぎみでね」
自嘲なのか、ジャケットはひきつった笑みを浮かべている。
「映し出されるのは、人によっていろいろさ。一度だけ見た信じられないような不思議な光景。拍手喝采を浴びた活躍。運命が巡り逢わせてくれたとしか思えない大切な人との出会いや想い出、なんてのならいい。
けれど、ボクみたいに情けないケースもあるし、深い憎しみや悲しみの銃爪となった事件なんていうケースも多い。
だから、見せる方も見る方も覚悟は必要だ。
それからボクは見届けさせてもらうよ。試用を許可した責任があるからね」
足長は、ちゃんと話を聞いておくんだったと、後悔した。
お嬢さんとバンダナが、やってみる気になっていることは、間違いないからだ。
だがお嬢さんもバンダナも、そして足長自身も、それぞれの過去と事情を背負っている。
もはや互いに隠し事をするような仲ではないが、ジャケットはさすがに仲間ではない。
「試す間、席を外すっていう……」
「それはダメ」
ジャケットは、ニッコリきっぱり、却下した。
足長は大急ぎで、考えを巡らせる。
お嬢は、まごうことなき世間知らずだ。
バンダナは、足長よりもずっと渡り鳥としての経験が長いくせに、とてつもないお人好しだ。
足長は、野生の勘と強靱な肉体で生きてきた。
考え事は知識も経験も豊富なパーティの知恵袋であるネズミの役目であるはずだ。なのにネズミは、ジャケットの頭の上で、小声で話し合うことすら、できはしない。
政府が封鎖するほどの装置が、お気楽なものであるはずがない。
もしかすると足長たちの未来を切り開くための、重要な手がかりを与えてくれるかもしれない。
だが、自分たちが背負うものは、むやみと人に見せられるようなものでもない。
とはいえ、この人畜無害そうで甘いジャケットの甘い判断に甘えて使わせて貰う機会を逃せば、政府とまっとうに交渉して使わせて貰う、などという機会は無い気がした。
あったとしても、政府などというものに、こちらの個人的事情を知られたくもなければ、鼻をつっこまれたくもない。
となれば一旦引き上げてこっそり引き返し忍び込むというのも、一つの手だ。
渡り鳥の仁義には少々反するが、完全に反するわけではない。
だがあの封印は、簡単には破れそうもない。だがジャケットの視察の直後、彼が雇った渡り鳥が封印を破となれば、彼のハンターとしての面目は、丸つぶれだろうし、こちらの渡り鳥としての信用にも傷がつく。
だいたいバンダナやお嬢が嫌がる。
席を外す気のないジャケットの気を変えさせる手段はないだろうか?
うんうんうなっていると、真顔のお嬢に顔をのぞき込まれる。
「私たちに、見せられないような恥ずかしい過去があるなら、無理しないでくださいね。私たちだけで試しますから」
バンダナも、心配いらないとばかりに、しっかりうなずいて同意する。
ネズミは、すまし顔だ。
足長は、なんで俺の仲間はこうもノンキなんだと、腹立たしくさえなってきた。
「えーいッ! 一番乗りしてやろうじゃないかッ! おいッ! どうやりゃいいんだッ!」
何がどう出るかわからないが、バンダナやお嬢よりは、足長が抱えている過去の方が、ましなはずだ。
叫びながらジャケットをにらみつけると、見事なほどにジャケットと、その頭の上のネズミが、同時に両手を広げて肩をすくめる。たぶん、その話ももう出ていて、聞いていなかっただけなのだろう。
「ミーディアムを、そのくぼみにセットするんだってさ」
ネズミに言われポケットを探り、ミーディアムを取り出して、はたと気がついた。
普通ミーディアムは、各自それぞれが所有し装備する。
所有ミーディアムが乏しいうちは、パーティ内で使いまわすことも一般的に行われている。
そして足長たちのパーティでは、少々他のパーティよりも、それが頻繁に行われた。
お嬢が貴族、つまりベルーニだからだ。
お嬢は、まだ小さいうちにUbを発症したために、ニンゲン並の体格しかない。
しかもベルーニの大半は、ミーディアムをうまく使いこなせないが、お嬢はソーサリアンとしての能力を磨き、ソーサリアンとして振る舞っている。
そんなお嬢を、ベルーニだと一目で見抜く者は、まずいない。
そしてお嬢がベルーニだからこそ、そしてソーサリアンだからこそ、彼女のミーディアムは、あっというまに力を使い尽くしてしまう。
ミーディアムをこまめに交換し合っていれば、持ちが長いと気づいてから、意識してそうしている。
ニンゲンとベルーニの壁が壊されたとはいえ、それはまだ建前だけの話にすぎない。時代は変わりつつあるが、お嬢がベルーニと知ったとたん、敵意を向ける者もいる。
かつて足長自身がそうであったように。
そして、そうであったからこそ足長は、今は大事な仲間であるお嬢に、そんな想いをさせたくなかった。
だが、こうして使い回しているミーディアムの所有者は誰なのか?
誰の記憶を再生するのか?
動きを止めて悩んでいたら、いきなり手をお嬢に捕まれた。
「ほらもう、男でしょ! いったん決めたら、迷わないで!」
パチンと小さな音とともに、この太古に作られた装置が微かに身震いし、足長は装置が眠りから覚めたことを、肌で感じた。