(C)hosoe hiromi
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片田舎にて

2 騒々しい食事

 みんなでヤキソバ、といってもメイドは忙しく立ち働いていたし、同じ料金を支払っていても、ジャケットと作業着は客扱いされず後回しにされていたが、とにかく大騒ぎの食事が始まった。
 渡り鳥たちの前にヤキソバの皿が並べば、三人と一匹が、すこぶるうまいヤキソバに舌鼓を打つ。
 ジャケットと作業着も自分の皿を抱えてテーブルに並び、掻き込み始める。
 だが、他が食事を終えても、身なりのいい娘がヤキソバのお代わりを重ねていくと、村のヤキソバが気に入られたと喜んでいたジャケットも作業着もメイドも、そして食堂の女主人も、ただ無言で目を丸くする。
 娘は、その注目を浴びて、少々恥ずかしがりはしていたが、「おいしいですね」と、食べる手を止めはしなかった。
 メイドはお嬢の食欲に、感心したようだった。
「うちのダンナと同じぐらい、モリモリ食べるわね。気持ちいいわ」
「へー、そうなのか」
「でかいし、身体動かす仕事だもん。そりゃ食べるわよ」
 作業着とメイドが、そんな会話を交わしている。
「さっきの話だが」
 足長とバンダナが、皿を片付けているジャケットを捕まえると、彼は仕事を作業着に任せて、もう一度席に着く。
 ジャケットは、大きく手を広げて肩をすくめた。
「割り込ませてはもらったけど、やっぱり期待しないでくれ。このあたりで渡り鳥が興味を持ちそうな遺跡は、一つしかない。そこまで案内はできるけど、中に入れてあげることはできないからね」
 足の長い渡り鳥は、ニヤリと笑う。
「案内してくれるだけでいい。そこから先は、俺たちでやる」
 だがジャケットは、本当に申し訳なさそうな顔をする。
「違うんだ。キミたちが入ると言い張るなら、ボクは力尽くでも止めさせてもらう。それがボクの仕事でね」
 これには足長だけでなく、バンダナも驚き、呆れたようだった。
 いや足長は、不愉快を露わにする。
「ならなんで、わざわざそれを教える。黙っておけばいい話だろうが」
「別にボクが話さなくたって、遺跡は隠されてるわけじゃないし、このあたりの人もみんな知ってる。勝手に出かけて、勝手に入り込まれる方が面倒だ」
「渡り鳥が、そう言われてはいそうですかと、聞くと思うか?」
「いやだからそういう時は、力づくで」
 真顔のジャケットに、足長はあきれた。
 ジャケットは、足長と同じく細身だが、精悍さはカケラもない。
 そのジャケットこそ戦闘用で、それに身を固めているからには戦士のようで、むき出しの腕にもそれなりに筋肉が付いている。
 だが、見る限り緊張感もなければ警戒心もなく、さらに言うなら状況も見てとれていないようで、服だけの優男にしか見えはしない。
 足長とジャケット、一対一でも足長は負ける気がしないが、足長の方は三人組の渡り鳥。まさか、まあ、作業着は加勢するかもしれないが、メイドがジャケットの仲間で一緒に戦うなんてことはないだろう。
 それがまじめな顔で「力づくで」などと言う。 
「できると、思ってるのか?」
 足長の、それは脅しでありはしなかった。あきれつつ、ジャケットの頭の中を、心配している風だ。
 ジャケットもジャケットで、困りつつもまじめに答える。
「できるできないは別にして、それがボクの仕事なんだよ」
 作業着とメイドが、聞こえごかしの大きなため息をついている。
 一方食事を終えたお嬢とバンダナも、性急な足長を止めにかかる。
「ごめんなさい。お仕事の邪魔をしてしまうのは申し訳ありませんが、私たちもこれが仕事ですから、ダメと言われただけで、引くわけにはいかないんです」
「まず、なぜそこが封鎖されてるのか、教えてくれないかな」
 足長が、ぽんと手のひらを拳で叩く。
「そうだ。何か問題があるなら、俺たちに依頼すりゃいい。報酬は応相談だ」
 一方メイドも、空になった皿の縁で、コンコンとジャケットの頭を叩く。
 残っていた紅ショウガがひとかけら、ジャケットの頭を飾るが、双方まるで気にしていない。
「ごめんなさいね。コレ、負けが見えてる時はやめときゃいいのに、割とそういうことに無頓着だから。けど、押しには弱いから適当に言いくるめてちょうだい」
「ちょっと待ってくれ! ボクだって、勝負するときは勝ちたいと思って挑むわけ……」
 ジャケットの反論を、メイドはあっさりにらみ返す。
「いいじゃない。あそこにまた何か棲みついてたら、駆除するのもあんたの仕事でしょ。だったら渡り鳥の1チームぐらい、自腹で雇ってきなさいよ。あんただけじゃ心細いんだから」
「そんな、もう少し信用してくれたって……」
「だいたい、あんただけじゃ危なっかしいから、うちのダンナ連れてくるって言ってるのに、あんたが絶対嫌だって言うから、ダンナ置いてきたのよ」
「あいつだって、自分の仕事で、むちゃくちゃ忙しい筈だろッ!」
「あんたと一度一緒に何かしたいって、ダンナが言ってるのッ! うちのダンナがそう言ってくれてるんだから、少しはあんたも便宜はかりなさいよ!」
「わ、わかったよ。こんど、必ず、そっちはなんとかするから、よろしく言っといて」
「自分で言いなさいッ!」
 メイドは、いきなり渡り鳥たちに向きをかえ、調子を変えてニッコリ笑う。
「というわけで、このバカ、よろしくお願いしていい?」
「あ、ああ、オレたちはかまわないが、いいのか?」
「あまり出せないけど、いいかい?」
 足長の問いに、ジャケットは困り切りながら、そう言った。



 なし崩し的にジャケットが足長たちを雇う事になり、日暮れまでの時間を考え、さっそく村を出た。
 落ち込み気味のジャケットに、足長は少々申し訳ない気分になりつつも、ネズミを紹介する。
 ジャケットは悪人ではないようだし、半日ばかりとはいえ、共に荒野を旅するのだ。重要なメンバーの一人を、隠しておくわけにもいかない。
 ネズミが自己紹介をすると、ジャケットは目を丸くして驚いたが、ほどなくネズミの存在を受け入れたようだったし、互いに詮索しないという渡り鳥のマナーもわかっているようで、足長は、そしてバンダナとお嬢もホッとする。
「いや、なんというかかんというかだ、うん」
「それじゃ、何が何だかわからないよ」
 足長が口籠もると、すぐさまその肩からネズミが口を挟む。
「つまりなんだ。余計な出費をさせちまたなと」
「普通なら、こっちが案内代を払うところだけど、懐がお寒い状況なのさ」
 笑みを作ってジャケットが、足長とその肩の上のネズミを見上げる。
「それは気にしないでくれ。キミたちを雇うことで、彼女が安心するなら安いものさ。むしろ三人組の渡り鳥を雇う相場より、ずいぶん少なくしか払えなくて申し訳ない。ボクも懐に余裕がなくてね」
 肩のネズミがジャケットの肩に飛び移り、顔をのぞき込みながら「お人好しって言われない?」とたずねると、ジャケットは今度は「あはは!」と声を出し、本物の笑顔を浮かべて肯定する。
 足長は、ネズミの頭を軽く指先でこずくと、そのまま頭をぽりぽりと掻く。
「で、早速だが、雇われたとはいえ相場よりもずいぶん報酬は少ないわけだ。現地へ着く前に、遺跡の中で見つけた物の取り分を……」
「こっちの条件でよろしく願いたい」
 見かけばかりで気弱そうだったジャケットが、そこばかりはきっぱりと言い切った。
 足長はムッとしたようだったが、それに気づいたお嬢にバンダナが、すぐさま割って入る。
「なんだか事情がありそうだし」
「まずは話を聞いてみましょうよ」
 バンダナとお嬢さんが口々に言えば、足長は開きかけていた口を一旦閉じる。
「そうそう、交渉役はこっちにまかせて、肉体労働で頑張ってよ」
 ネズミの言葉に、足長は折れたようだった。
「わかったわかった、まかせる。が、雇われてから内容を聞く俺たちも、大概お人好しじゃないのか?」
「そうかもね」
 ジャケットの肩のネズミにむかって、足長がげんなりした顔をつきつける。
 その場のノリで、つい少額で雇われはしたが、足長の心づもりとしては、押しに弱いとメイドに保証されたこのジャケットとは、有利な条件で交渉できると思っていた。
 だが、ジャケットがウンと言わず交渉が決裂すれば、一旦雇われたにも関わらず、約束を破ったことになるのは、自分たちだ。
 渡り鳥の翼より早いものがあるとすれば、人の噂。
 流れ者とはいえ、いやだからこそなんの保証もない渡り鳥が、信用ならないと噂されれば死活問題。まともな依頼もなくなるし、まともな情報も得られなくなる。
 しかも連れの二人は、もしかするとこのジャケットに負けず劣らず、お人好しなのだ。
 ネズミはそうでもないのだが、知らんぷりを決め込んでいる。
 ジャケットは、そんな足長の憂鬱などおかまいなしに、バンダナとお嬢に向かって、ニッコリ笑った。



「概要から話そうか。このあたりじゃ『毀された祭壇』って呼ばれてる遺跡がある。隠し部屋のいくつかは残ってるだろうし、仕掛けもいくつかあるけれど、さほどやっかいなものじゃない」
「ということは、もう探索されつくしているということですか?」
「ほぼね」
 ジャケットはお嬢さんに向かって、両手を広げて肩をすくめると、その肩でネズミがそっくりマネをする。
「しかも、そんな遺跡だから、時折ゴブが棲み着いて、わざわざ村まで畑を荒らしに来る。というわけで、遺跡を漁ると、ゴブが拾い集めてきた物が手に入る。それは全部、キミたちの物にしていい」
 後ろで話を聞いている足長は、肩を大きく動かして、ため息をつく。ゴブの拾い物の横取りでも、駆け出しの渡り鳥なら結構な稼ぎになるし、まれに掘り出し物だってある。当面の稼ぎにはなるが、正直足長たちが求めているのは、そういうレベルの代物ではない。
「けど、じゃなんで封鎖とか、力ずくでも入れさせないになるんだい?」
 バンダナの問いに、ジャケットはその疑問は当然だとばかりに腕を組みウンウンとうなずく。
「持ち出せないぐらい巨大な、そしてやっかいなブツがあるんだよ。遺跡自体の機能といってもいい」
「危険なんですか?」
「すぐさま危険、というものじゃない。人の記憶を再生する装置でね。だから、人によっては、アルバムを開く程度のものでしかない。
 けれど人によっては、じわじわと心を蝕まれ、過去に囚われる。
 というわけで、とりあえず全面立ち入り禁止にして、定期的に確認だけしてるのさ。まあ、いずれ政府の調査団が調べることにはなってるけれど、人手が足らなくて、いつになるやらわからない」
「ゴブは、その影響を受けないのですか?」
「あんた、あの村の保安官なのか?」
 お嬢と足長が、それぞれの疑問を口にする。
 だが、制服のメイド同様、戦闘ジャケットの保安官もまた、あの小さな村には大げさすぎる。
「いいや。故郷だから、見回りついでに寄っただけさ」
「じゃあ、あんた政府に雇われた渡り鳥だったのか」
 ジャケットは、ポケットから小さな黒い手帳状のものを出すと、足長たちに向かって開いて見せた。
「そう。ボクはハンターさ」
 足長は目を丸くして、ハンターライセンスと当人を見比べる。
 政府が渡り鳥を雇うこともある。が、政府が身分を保障するハンターは、数が少ない。
「信じられん!」
「そうかい。じゃあ、どう言えば信じてくれるのかな」
 ジャケットは、全身でげんなりしてみせる。
 確かにハンターライセンスには、目の前のジャケットの顔写真が添付されている。
 足長は、まじまじとジャケットとライセンスを見ながら、こう言った。
「いや、ハンターだってなら、さっきの村での態度にも納得がいく。俺が納得いかないのは、このハンターライセンスを信じるなら、あんたが……二十歳過ぎてるってことだッ!」
 ジャケットは、がっくりとうなだれた。

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