この話に登場する無印・Fのそっくりさんは、そっくりさんであって、無印・Fの登場人物ではないことを、お断り申し上げます。
とある鄙(ひな)びた田舎の農村。
いや、その形容詞は、この村には似合わない。
単に貧しいだけの村だ。
駅にほど近いから、辺境とも言い難い。
貧しさの理由は、以前はベルーニの搾取のせい、ということになっていた。
だが、ベルーニの支配から逃れた今も、まるで変っていない。
人々は安普請の小さな集合住宅に家畜のようにひしめきあって暮らしている。
トイレは共同で、バスと呼べるのは村に隣接する湖だ。
キッチンは万屋が兼ねていて、村人たち全員の食卓であるテーブルと椅子の上に屋根はない。
そして納め切れない年貢の不足を補うための、帰るあてのない出稼ぎや奉公や、強制的な労働者狩りがなくなっても、若者たちの多くが、夢と仕事を求めて村を出ていき、滅多に戻ってはこなかった。
その野外食堂で、どこか場違いな風体の若者たちが、騒いでいた。
「あんたたち、いい加減大人になりなさいよ」
そう声を張り上げているのは、どこかのお屋敷にいるようなメイド姿の若い娘。
怒られながらもゲラゲラ笑っているツンツン髪にバンダナの若者は、まだ作業着だから、村に似合っていなくもない。
だがもう一人の、嬉しそうに怒られている若者の、白いファー付の黒いレザージャケットは、明らかに戦闘用。渡り鳥なのだろうが、顔つきに精悍さはなく、そのジャケットも、どちらかというと都会的で、荒野には似合わない。
種を明かせばこの三人は、この村で生まれ育った幼馴染み。
だが今は村を出て、それぞれに異なる道を歩んでいる。
今回時期を合わせて三人揃って帰郷して、顔を合わせたというわけだ。
メイドだって、ジャケットと作業着が、充分大人であることを知っている。
だが久しぶりの再会で、さっさと子ども返りした男二人を、怒鳴りつける。
それは彼女の子ども時代の、日常でもあった。
「あれ? 渡り鳥だぜ?」
作業着の言葉に残る二人が振り向けば、男二人に女一人、丁度三人組の渡り鳥が、村へ到着したようだった。
ジャケットがニンマリ笑う。子どものころからジャケットは、この小さな村の外の世界を匂わせるものに、手当たり次第憧れていた。
三人組の渡り鳥は、ぐるりとあたりを見回した。
駅から近く、この地方で一番大きな村と聞いていたから、もっと賑やかな場所を想像していた。
村の入り口をくぐり抜けても、小さく区切られた耕作しにくそうな段々畑があるばかりだ。
三人の中で、一番背の高く、普段から足の長いことを自慢している男が、連れの娘に向かって首をかしげる。
「ほんとにここで、手がかりが得られるのか?」
「わかりません。けれどこの地方を訪れる渡り鳥たちは、必ずここに立ち寄っているようですから」
渡り鳥らしく活動的な身なりを整えてはいるが、それでも育ちのよさを隠しきれない娘は、女渡り鳥と呼ぶよりも、どちらかというとお嬢さんの方が相応しそうだ。
「この地方で一番駅に近くて一番古い村らしいから、期待しようよ」
青い髪に赤いバンダナの青年が、仲間たちに穏やかに微笑みかける。
「渡り鳥が立ち寄れる村は、ここしかないも同然らしいしね」
渡り鳥は三人組だが、四つ目の声が割り込んだ。
足長の肩に乗る、小さなネズミっぽい生き物だ。
ネズミは、風の匂いを嗅ぐかのように鼻をひくつかせ、足長に囁く。
「ほら、誰かいるよ」
そしてそれきり、口をつぐむ。
トラブルを避けるために、ネズミはむやみと他人の前で、口をきかないことにしているのだ。
村の集合住宅。それに隣接する小さな広場と野外食堂。そこに若者三人が、たむろっていた。
三人組の渡り鳥と同じく男二人と女一人。どうやら談笑していたようだが、相手方もこちらに気づいて、見返してきている。
だが、渡り鳥でもなさそうだし、かといって農村の村人にも見えない。
一人は渡り鳥っぽい気がするが、それにしては都会で見かけそうなしゃれたジャケット。
もう一人は農民かもしれないが、作業着が泥にまみれていない。
食堂のウエイトレスに見えなくもないが、制服を着たメイドがいそうな店には、百歩譲っても見えはしない。
つまり三人とも、村の風景からズレている。
それでもまだ三人そろいなら、どこからか揃ってやって来たのだろうと思うが、そうとも思えない。
その三人が、たむろっている。
それでも青い髪に赤いバンダナでまとめた少年が、静かに微笑みながら軽く目礼すると、三人はにっこりと人懐っこい笑み返してきた。
「ちょっとたずねたいんだが……」
足長が、妙な三人組に足を一歩踏み出した時だ。
その背後で、くぐもった音が盛大に鳴り響いた。
視線が、全員マイナス1名の視線が、足長の後ろにいたお嬢に集中する。
お嬢が、顔を真っ赤にしてうつむくと、その隣にいたバンダナが、慌てて前に一歩出た。
「つまりあの、腹へってて……」
「ああ、ヤキソバかッ!」
作業着が、満面の笑顔つきのその言葉に、少女はますます真っ赤になる。
「ヤキソバ?」
足長が、作業着に疑問を投げかける。確かにお嬢は、ヤキソバが大好物だ。だが、初対面の相手が、なぜそれを知っているのか?
だが作業着は、そういうつもりで言ったのではないらしかった。
メイドが首をひねる。
「違うの? この村に来る渡り鳥の目当てといったら、ヤキソバと決まってるようなもんだけど」
ジャケットの青年が、ニッと笑いながら、両手を広げて肩をすくめる。
「というか、この村には、ヤキソバ以外、自慢できるものが何もない」
作業着の青年が、そりゃあ言えてると笑い出すと、メイドの娘はジャケットと作業着を無視することにしたようだ。
「食事に寝床に買い物に情報、渡り鳥がらみは全部食堂のおばさんが仕切ってるわよ。まずはヤキソバいっとく?」
とたんにジャケットと作業着が、子どものように騒ぎ出す。
「あー! ボクも食べる!」
「俺も俺も!」
メイドが両手を腰にそえ、地面に座ったまま叫ぶジャケットと作業着を、怒鳴りつける。
「あんたたち、さっき食べたばっかじゃない」
「いいじゃないか」
「いくらでも入るさ」
「なら、あんたたちは、手伝いなさいよねッ! で、あんたたちは食べる? それとも別の用を先にすませる?」
「あ、ああ。まず飯にするか」
「じゃあ、そこ座って待ってて。すぐできるし、席を外してたら、確実にコイツらに食われるから」
メイドは、ジャケットと作業着を、無遠慮に指さす。
「ここはメシしか楽しみがないからな」
「キミ、どっかで会ったことなかったっけ」
指された二人は、それを気にもせず、気さくにというよりは馴れ馴れしく話しかけてきた。
小さな野外食堂は、あっというまに大騒ぎになった。
いや、ジャケットと作業着が、無駄な大騒ぎを繰り広げ、そしてメイドが怒鳴りつけている。
騒ぎの原因は、つまり、たぶん、ヤキソバの注文が予想以上に大量だったせいだ。
メイドがジャケットと作業着に、やれ畑からキャベツを貰ってこいだの、火を起こせ薪が足らないだの、指図する。そのたびにジャケットと作業着が、村中走り回る勢いで、それに従う。
食堂の女主人は、呆れてはいるが、驚いてはいない。
足長は、ヤキソバを待つ間、若者たちに仕事をまかせた店の女主人相手に、情報を得ようと席を立った。
「このあたりに、俺たち向けの、何か変わったもんはないかい?」
「期待なら、しない方がいいよ」
女主人の返答は、素っ気ない。
「いきなり寂しいじゃないか。もうちょっと希望を持てそうな言い方をしてくれよ」
「希望だって?」
女主人が眉をひそめる。
別段、ありふれた渡り鳥と村人の会話のはずだ。
なのに食堂の周辺の空気が、ひどくぎこちなく凍り付く。
「悪いこと言わないから、せめてダメモトにしときなよ。期待なんかするから、期待外れでガッカリするのさ。希望を持たなきゃ、それに裏切られることもないんだから」
席についているバンダナと娘が、どこか困ったような、悲しそうな顔をする。
唐突に、足の長い渡り鳥の後ろから、ジャケットが割り込んできた。
「まあまあ、確かに期待しなかったヤキソバがおいしかった時の方が、うれしさも増すものだけどさッ!」
空気が凍り付いた中での、ジャケットの無駄な明るさは、その場の雰囲気にそぐわない。
だが浮いていることに、当人だけは気づいていない。
メイドと作業着が、手を止めてじっと足長とジャケットと女主人の様子をうかがっている。
「だったら、あんたが面倒見ておやり。けれど、ほどほどにしとくんだよ。やっかい事を、村に持ち込まないどくれ」
女主人は、ジャケットから足の長い渡り鳥に視線を移す。
「ここらの渡り鳥向けのもんに一番詳しいのは、この子だよ。あとはこの子と交渉するんだね」
この子と呼ばれるには、ジャケットは年がいっているが、一番詳しいと言われ足の長い渡り鳥に向けて、自慢げな笑みを作って見せた。
けれどジャケットも、どこか困っているようだった。