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(C)hosoe hiromi

ガラクタ/h2>

3 グレッグがうなされて、みんな寝不足

 その後、トゥエールビットで、一騒動あり、ロクスソルスという手がかりを得たものの、その言葉だけでそこからの進展がストップした。

「私、夜うなされたり、怖くなって眠れなくなってしまうのは、私のような女の子だけだと思っていました」
「あはは。普通はそうだと思うよ」

 夜中目覚めてしまい、眠れなくなったキャロルが、見張りのチャック相手にボヤいている。

 チャックが苦笑しているのは、今夜キャロルが眠れなくなってしまった原因が、年長の大人の男であるグレッグにあるからだ。
 夜半、グレッグはうなされた後、大声を上げて飛び起きた。
 前にもそんなことはあったのだが、このところ回数が増えている。彼が復讐の相手として追う、ゴーレムの左腕を持った男の情報を掴み、それを追う旅を始めてからだ。

「どうしてもあれだけは、慣れることができません」

 グレッグがうなされはじめれば、キャロルは目覚めてしまう。グレッグが叫びながら飛び起きれば、キャロルの涙がこぼれだす。
 レベッカとアヴリルは彼女を慰め、チャックがグレッグを取り押さえる。
 これだけの騒ぎがあっても、ディーンはおおむね眠りこけている。
 以前、偶然ディーンが起きていて、グレッグがうなされはじめた時、揺り起こそうとしたことがある。
 グレッグは、前後不覚のまま息子の名前を呼び、ディーンを抱きしめ、そのまま朝まで眠り続けた。
 朝目覚めたグレッグは、夜中の出来事を、まるで覚えていなかった。

 グレッグは、亡くした息子のように思っているディーンや、そのテッドと歳が近いキャロルを、傷つけることはないだろう。
 女性陣に対しても、同様だ。
 つまり仲間内に例外が一名。
 最近その例外が、うなされている彼を揺り起こそうとした時には、手加減なしで殴られている。
 それでもチャックはきびきびとグレッグを取り押さえ、殴られながらも耳元で叱りつけて彼を起こす。
 この時ばかりは、チャックがハンターだったことを、思い出す。
 そしてグレッグは、その騒ぎを、半ばしか覚えていない。

 今その元ハンターが、キャロルの前で、穏やかに微笑みながら、かすかに肩をすくめた。

「まあ、ディーンみたいに熟睡するのは、渡り鳥としては問題あるけど、彼の方が普通だし、それに正直うらやましいよ。
 ボクも、キミを怖がらせてしまったみたいだしね」

 チャックもまた、夜うなされ、眠れなくなるタイプだ。
 グレッグのように大騒ぎはしないのだが、暗く静かで風のない場所で眠れば、必ずうなされる。
 どうしたのかと覗き込めば、固く身を丸め、顔面蒼白になり、冷や汗を流している。
 てっきり急病だと、仲間たちが揺り起こそうとすれば、触れた瞬間彼は目覚め、瞬時にいつもの彼を取り戻す。
 そして仲間たちに、心配かけたことを静かに詫びる。
 チャックが夜の見張りを買って出るのは、そうなり所詮熟睡できぬと、わかっているからだ。

 そしてキャロルも、ときおり怖い夢を見て、うなされる。
 家では、両親にうるさいと怒鳴られ、殴られ、家から放り出された。時には魔獣がいる村の外にまで。
 ARMなしで放り出されるなど、死ねといわれるのも同然だ。
 それが嫌で、自殺行為と理解したうえで、自ら村を逃げ出した。
 そして教授に拾われるまで、生きていてもいいことなど、何一つあるとは思えなかった。
 今は幸せだけれど、過去のつらい経験が、今なお悪夢の温床となっている。

 仲間たちは、誰もが優しい。
 眠れなくなれば、レベッカはキャロルが知らない御伽噺をしてくれる。アヴリルは、いくらでも添い寝してくれる。グレッグは、寝付くまで背中を軽く叩いてくれる。おおむね夜起きているチャックは、暖かい飲み物を差し出してくれる。
 そしてディーンも、滅多には起きないが、キャロルのために、盛大にうろたえる。そんなディーンを見ていると、キャロルは嬉しくなって、何を恐れていたかすら、忘れてしまう。

 そんなわけで、今夜も一騒動あり、キャロルは眠れなくなった。
 いつもなら、寝ずの番のチャック以外に、誰か一人はキャロルにつきあってくれていた。
 だがたびたびグレッグが飛び起きるようになってから、ディーン以外は慢性的に寝不足がちであったため、キャロルは付き添いを断った。

「チャックさんは、怖くありません。
 それよりもチャックさんは、グレッグさんが怖くないのですか?」
「どうして?」
「理由もなく怒鳴られて、殴られて、それから無視されて」

 グレッグは、我を取り戻すと、真っ先にキャロルを怯えさせてしまったことに、「スマン」と謝る。
 キャロルは、大きな大人が、小さな女の子に、ちゃんと謝ることができるのは、教授同様すごいと思う。
 けれどグレッグは、覚えてないせいだろうが、チャックを殴ったことについて、謝ったことは、一度もない。
 そしてチャックも、そんなことがあったなど臭わせもしない。

「別に?」

 まるで本当に何もなかったかのように、彼は不思議そうな顔をする。
 それがキャロルを苛立たせる。

「理不尽な扱いを受ければ、たとえそこに悪意も故意もないとしても、怒るか嘆くか不機嫌になるか怯えるか逃げるか反撃するか、ともかく何かリアクションがあるのが、普通なのではないでしょうか」

 畳み掛ければ、彼は少し困っている。

「じゃあボクが普通じゃないんだろうね。
 ボクは逃げないって決めたばかりだし、グレッグはすぐ起きるから、反撃する必要もないしさ。
 呼びかけても、ちゃんと目を覚まさないなら、きっと一発お見舞いするよ」
「もし、グレッグさんとチャックさんだけであっても、そうでしょうか?」

 チャックは、眉を片方上げて、その質問に疑問を示す。

「チャックさんは、私たちがいなかったら、殴らせっぱなしにしておくんじゃないんですか?」
「ははは。ボクは、元だけどゴーレムハンターだよ? 犯罪者としての彼を追っていた」

 グレッグが、指名手配の犯罪者であることは、テレビで報道されまくっているため、隠し様がない。

「でも、逮捕せずに見逃したと聞きました」
 チャックは、大きく手を広げながら肩をすくめる。

「その上ボクの方が、ハンターを止めて同じ仲間に加わり、体制にはむかうことになるとは、思ってもみなかったよ。
 ハンターの仕事には、誇りを持ってたつもりなんだけど、ボクはダメなハンターだから」
「わ、私はそれでいいと思います。ただ機械的に、言われたことをする、プログラミングされたゴーレムのようなハンターよりは!」
「そうかい? ありがとう。キャロルもゴーレムのこと、くわしいみたいだね」
「はい! 教授に教えていただきましたから!」

 そしてキャロルは、教授が体制側の人物であることを思い出す。
 教授は研究一筋で、体制などどうでもいい人ではあるのだが、それはまぎれもない事実だ。

「やっぱり私たち、体制にはむかってるんでしょうか」
「世界を変えるってことは、現体制にとっては、そういうことになるだろうね」

 キャロルは「自分は何がしたいのだろう」と、少しばかり考え込む。
 チャックはディーンの理想を知って行動を共にすることを選んだが、キャロルの場合は「一人になるのがさみしかった。初めてできた仲間たちと、一緒にいたかった」という、実に子どもっぽい理由による。
 そして考えた末、自分が求めているのは、教授とも、ディーンたちともよい関係を続けることであり、ディーンの目指すものが実現しなければ、いずれその「いい関係」は破綻する、ということだ。

「あの、チャックさんが体制にはむかい、種族の壁を壊したいと願うのは、ルシルさんのためですよね?」

 すでにトゥエールビットで、最上の笑顔をベルーニの男に向けるルシルの姿を、隠れ見ている。

 チャックは無言で、けれど微笑んで、しっかりとそれにうなずく。
 その微笑は、彼が時折見せる、見る者を不安にさせる虚ろな笑みではなく、力強い。
 彼が仲間に加わったのは、望みもしないのに、ベルーニの所に奉公に出なければならない彼女の現状を、その原因となるその地方の厳しい制度を、変えたいと思ったからであったはずだ。
 彼女を取り戻すために。
 けれど彼女の心が自分から完全に離れ、他の男に、体制側のベルーニの男に向いたと知ってなお、チャックは彼女の幸せのために、こうして仲間に加わっている。
 同じ地方の出身だ。
 キャロルの苦境も、体制が作り出す貧困という、同じ根から出ているといっていい。
 体制がいくつもの不幸を作り出し、いくつもの絆を引き裂いた。
 けれどキャロルには、その体制を恨む気持ちはない。
 システムに翻弄され、手近な弱者にいきどおりをぶつける人々の方が、ずっと怖かった。

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