「あの、チャックさんは、体制を恨んだり憎んだりしてるわけじゃないんですよね?」
「そうだね」
キャロルが、この仲間たちと共にいられるのは、だからこそだ。
もしディーンの、世界を変えたいという気持ちが、恨みや憎しみから出ていたら、グレッグが、ゴーレムの左腕を持つ男だけではなく、ベルーニそのものを憎んでいたら、キャロルはこの集団から、離れていたはずだ。
教授が体制側だということもあるが、恨みや憎しみといった感情が、キャロルは怖い。
「あの、どうしてですか? チャックさんはベルーニに処刑されそうになっても、全然そういう感情って、わかないんですか?」
「あれ? そんなことまで知ってるのかい?」
「みなさんが、チャックさんのことを教えてくれました。ディーンさんたちも、グレッグさんも、それからあちこちの町や村の人たちも」
チャックは、困ったような笑顔を浮かべる口元を、かるく握った手で隠しながら、「いつもは空気って言われるんだけどなあ」と、つぶやく。
そんなチャックに、キャロルは両手を握り締めて力説する。
「処刑されそうになってるのに、町の人たちやディーンさんたちの命乞いだけしたって聞きました。それに、ハニースディのみなさんも、チャックさんのこと心配してます」
「ああ、ボクはどこへいっても、心配かけたり迷惑かけたりばかりしているからね。
キミたちにもね」
「そうじゃなくて!」
何かの想いが、キャロルの心を占めていく。けれどそれを言い表す言葉が見つからない。
唇をかみしめ、涙をこらえるキャロルを見て、チャックは話題を変えようとする。
「そうだキャロル。忘れないうちにこれ」
いつもの飴玉かキャラメルのつもりで、反射的に両手を差し出す。
だが手の上に乗せられたのは、金属とセラミックスがまじりあったようなもの。
どこの遺跡、どこの採掘場にいっても、いくらでも落ちている、小さなガラクタだ。
「キャロル、欲しいって言ってただろ?」
言われてやっと、それが、チャックの宝物の一つであると、気がついた。
チャックが全部捨てると言った時、みんながそれに反対し、キャロルはそれを欲しいと言った。
そして彼の親友に預けられたはずの、その一つ。
ぽかんと小さく口を開けて見ていると、頭の上からチャックの囁き声が降ってくる。
「ディーンは、人にあげてもダメって言うけど、見つかったらボクが怒られるからさ。
これなら小さいから、そんなに荷物の邪魔にもならないだろ?」
チャックのお父さんが、チャックのために、持ち帰った、宝物。
まぎれもない、小さなガラクタ。
他人にとっては、ゴミ以外の何物でもない。
「キミもゴーレムが好きだったなんて、ちょっと意外だったけど、遺跡関係が全部好きなのかな?
こんなものでよければ、もらってくれると嬉しいんだけど、迷惑なら……」
「迷惑じゃありませんッ! でも、違います! それにこれをいただいても、私の欲しいものは、手に入らないんですッ!」
黙って微笑むチャックに、キャロルは話し続ける。
「私、チャックさんがうらやましかったんです。
教授からは、あふれるほど愛が込められた、価値ある物をたくさん頂きました。
私専用の高性能ARMがあるから、一人旅もできます。幸運を招くと言われる運のミーディアムも、着ている物も、どうしてもうまく結べないリボンも、全て教授にいただきました!
教授に拾っていただくまでは、物心ついたときから、服も食べ物も、ずっとゴミ箱をあさってたんです!
私の命だって、それを繋いだのは教授ですし、荒野でボロボロになって倒れていた私の健康を取り戻してくれたのも教授です!
けれど両親からは、たとえありふれた無価値な物ですら、小石一つ、愛が込められた物は、貰ったことがないんです!
優しくしてもらった覚えもないんです!
私の両親は、チャックさんのお父さんのように、働きに出たりはしませんでした! チャックさんのお母さんのように、倒れるまで働いたりはしませんでした!
どうせ働いても無駄だからって、ベルーニが持っていってしまうからってッ!
そして私に 物乞いをさせて、他の方から頂いた善意を、私から取り上げるんですッ!
だからうらやましかったんです! そんな、優しい想いがつまった宝物が、私にもあればって!」
キャロルは、大粒の涙をボロボロとこぼしながら泣いていた。
彼女は普段、両親にいじめられて家を捨てたことすら、できる限り話さないことにしている。同情を引き困惑させるだけだと、考えているからだ。
けれど、ミッシーズミアの子のようなボロを着ているなら、なんとなく人は察してくれるらしいが、教授から貰った物で身をかためていると、決してそうは思われない。
必ず、子どもにしっかりとした装備を買い与えられる、ちゃんとした両親がいると考える。そして、なのにどうして、この子は一人で旅をしているのだろうと考える。
身なりのいい子は、そうでない子より、より親切にされやすいという現実を知った時、キャロルは人を、ますます怖れた。
人の優しい言葉さえ、信じられなくなりはじめた。
そんな時であったのが、人を外見で判断しないディーンたちであり、再会したとき、ディーンたちは、みすぼらしいミッシーズミアの子どもたちのために、奔走していた。
それでも、いやだからこそ、キャロルは自分の事情を、ディーンたちにさえ、最低限しか話せなかった。
話すのがつらかったせいもある。
同情の目で見てほしくないという意識もある。
「私は今、教授の愛で一杯の贈り物に、身を包まれ、守られています。
ずっと実の両親のことを、思い出さないようにしていました。私には教授がいるから、もう昔の人のことはどうでもいいはずだったんです。
けれどチャックさんの宝物を見た時、なのに私も欲しいって、そういう宝物が欲しいって、そう思ってしまったんです。
私、強欲です。教授や、そしてみなさんに、こんなに良くしてもらっているのに、もっとって思ってしまうんです。
昔の生活に比べたら、もう十分夢みたいに幸せなのに、それが怖くて、もっともっとって……」
空気が抜けた風船のようにしぼんでいくキャロルに、チャックは肩も抱かず、ただ優しい微笑みを投げかける。
「ゴメン。キャロルにつらいこと、思い出させてしまったね」
「いえ、チャックさんが悪いんじゃありません。だから、謝らないでください」
無意味に謝られると、キャロルは無意味に謝らされた昔のことを思い出して、つらくなる。
けれど同時に、今自分が謝らせる側に回ったことに、安堵もする。
「キャロルは、もっと幸せを求めていいし、もっともっと幸せになってもいいと思うよ」
「自分だけ大人みたいなこと、言わないでください」
「一応ボク、社会人なんだけどな」
「チャックさんに言われても、嘘っぽいばっかりです」
チャックは、肩をすくめつつ、文句を言い始めたキャロルを、嬉しそうに見つめている。
その眼差しがまた、子ども扱いされているようで、キャロルの疳にさわったようだ。
「チャックさん自身が、ご自分の幸せを考えてません。だから、嘘っぽいんです」
チャックは本気で首をひねる。
「そうかな? 村を出たり、ゴーレムハンターになったり、キミたちの仲間に入れてもらったり、周りに迷惑をかけてでも、自分の思い通りに生きてるつもりだけどな?」
「もっともっと、自分の幸せを考えていいと思います」
「ボクは幸せだったから。十分に幸せだったから、もういいのさ。それにまわりに迷惑かけ通しだったしね。
キャロルこそ、もっともっと遠慮なく、幸せになっていいんだよ」
「チャックさん! 私、幸せってそういうものじゃないと思います!」
微笑みながら首をひねっているチャックは、まるでわかっていないと、キャロルは思う。
けれどキャロル自身にも、自分の中にあるもやもやを、うまく説明できなかった。
キャロルは立ち上がり、座ったままのチャックを見下ろす。
「わかりました。チャックさん。これはチャックさんへの課題です。ご自分の幸せについて、よーく考えておいてください! そして答えが見つかったら、報告してください。
わかりましたね」
チャックは笑ってうなずいた。
けれどキャロルは、チャックがその約束を、はなから守るつもりはないだろうと、それについて考えもしないだろうと、そう思った。
けれどうまい具合に眠気が訪れはじめている。
そのままチャックに背を向けテントに向かう。
「あ、キャロル、ゴミ」
「え?」
「ゴメン。女の子に、それはなかったよね。今度かわりに、もっといい物をプレゼントするよ」
キャロルは背を向けたまま立ち止まる。
「一度いただいたからには、私の物です。これはゴミじゃありません。宝物です。私の宝物に、ケチつけないでください」
それだけ言って、再びテントに向かうキャロルの背中に、チャックの穏やかな声が投げかけられる。
「ありがとう」
「それ、逆です」
そしてキャロルは、テントの前でくるりと振り向き、まっすぐチャックを見てから、深々とおじぎした。
「ありがとうございます。
そして、おやすみなさい」
「おやすみ、キャロル」
キャロルが目覚めた時には、一人で早めの朝食を終えたチャックが、出発までの短い眠りについているはずだ。
キャロルは、嫌な夢を見ることもなく、ぐっすり眠れそうだと、そう思った。
手の中の小さなガラクタは、きっと悪夢から護ってくれる宝物となるだろう。
レベッカとアヴリルの間に潜り込み、穏やかな眠りに落ちながら、キャロルは想う。
きっと今の自分には、こうした印が、もっとたくさん必要なのだ。
そしていつか、チャックを問い詰めよう。
このガラクタに込められた、彼の幸せなころの話を。
やさしいお父さんと、お母さんの話を。
そして、想うのだ。
それが自分の、お父さんと、お母さんだと。
この小さなガラクタが、きっと私に、お父さんとお母さんと、そしてチャックの気持ちを、伝えてくれるに違いない。
(以上)