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(C)hosoe hiromi

ガラクタ

2 チャックが、ガラクタを捨てると言い出した

 ハニースディに到着し、一騒動あった後、チャックが、出発前に部屋を片付けたいと言い出した。

「部屋を処分しようと思ってね」

 チャックの言葉に、ディーンは目を丸くする。

「チャック。せっかくチャックの親友が帰ってきたのに、チャックはここへ帰らないつもりなのか!」

 ははは、とチャックは軽く笑う。

「むしろ、だからだよ。
 今村は、山からやってきた人たちで寝泊りする場所が足らない状況なんだ。
 そんなときに、空き部屋をホコリまみれにしておくなんて、無意味じゃないか」
「じゃあ、チャックが帰った時はどうするんだ?」
「宿に泊まるさ」
「チャックは二度と、ここで暮らさないつもりなのか?」
「そうだね。むしろ暮らせないな。
 昔、村を出る時、売れる物は全部売ったから、畑も売ってしまったんだよ。
 部屋は、当時村の人口は減る一方でね。処分できなかっただけなんだ。
 ここでもう一度暮らすなら、畑を買い戻すか、働かなくても食べられるぐらい、財を築かないと」
「大事な物とか、どうすんだよ。オレん家には、オレの宝物が、オレの帰りを待ってるぜ!」
「名前のついてるスコップとかツルハシとか、ゴーレムパーツかもしんない! とか言って拾ってきたガラクタとかだけどね」

 あきれきった様子のレベッカが、後ろでつぶやく。

「あはは。ボクの部屋にも、似たような物しか、残ってないよ」
「え! オレ、チャックの宝物見てみたい!」
「ちょっとディーン。チャックは宝物だなんて言ってないし、誰もがディーンみたいに、その手のガラクタを宝物にしてるわけじゃないのよ!」

 ディーンにくってかかるレベッカに、困り顔のチャックが言い訳をする。

「えっと、ゴメン。なんていうか、それビンゴなんだ」
「え?」
「小さいころ集めてた、ゴーレムパーツのようなもの……なんだよ」
「オレ見る! 絶対見る!」
「いやほんとガラクタで、ホントにゴミだから、部屋を明け渡す前に捨てるだけなんだよ」

 興奮しだしたディーンには何を言っても無駄だった。
 レベッカは、大きなため息をひとつつく。

「チャック、悪いけどディーンにそれ、見せてあげてくれない?
 でもディーン、いくらチャックがそれを捨てるからって、それを欲しがらないでよね!」
「えーッ!」
「えーッじゃないッ!」

 その騒ぎを見守りながら、グレッグはテッドのことを思い出す。
 息子もまた、よくわからない宝物を溜め込んでは、メリーに増やすな散らかすなゴミは捨てろと、よく怒られていた。

「けれどわたくしも、チャックの宝物に興味があります。見せていただけますか?」
「え? そんな大した物じゃ」
「みんなで手伝えば、片付けも手早くできると思います、ハイ!」
「手伝ってもらうほど、物は残ってないよ」

 グレッグが、そっとチャックに近づいて、何気ない顔でチャックに囁く。

「スケベ本でも隠してるんじゃなきゃ、さっさとウンと言っちまいな。こいつらのお節介は、普通じゃないからな」

 チャックは大げさに肩をすくめた。

「わかったよ。けれど多分、期待にはそえないからね」

***

「うわー、すげぇ!」
「あはは、本当にガラクタだろ?」

 外からのぞきこんでも、ホコリっぽい部屋だったが、本当に部屋の中には、ホコリ以外の物は、ほとんどなかった。
 木箱が一つ。そこに無造作に放り込まれた、ガラクタだけだ。
 けれど小さな箱に入ったそれを見せながら、チャックは嬉しそうに笑う。

「これは売れなくてね」
「チャックの宝物だもんな」
「買ってくれる人がいなかっただけさ」
「宝物なのに、売ろうとしたのか!」
「村を出るための資金が必要だったんだよ。けれどこれは、確かにゴーレムパーツだけど、パーツとしての価値は、まったくないんだ。
 だからボクの物にできたんだけどね。
 けど村を出る時に、他の売れない物と一緒に捨てたんだ。
 それをルシルが拾って、ボクの部屋に入れておいてくれたらしい。
 ははは。小さなころは、ルシルにさんざん、ゴミだガラクタだって、けなされてたんだけどな」

 ベルーニに無断で、まともなゴーレムパーツを所有することも、ニンゲンは禁じられている。
 そしてディーンは興奮ぎみだが、それは他の誰が見ても、まごうことない不燃ゴミだ。

「チャックが掘ったのか?」
「まさか。それは違法行為だし、子どもは村から出ることも禁止されてたよ」
「じゃあ、どうやって手に入れたんだ?」
「おみやげさ。山に出稼ぎにいってた父さんのね。
 小さい頃ボクは、父さんが出稼ぎに行くのを、ひどく嫌がった。そのままいなくなってしまうような気がしたんだよ。
 だからだろうね。父さんはボクに、ゴーレムを掘りに行くんだぞって。どんなにゴーレムが素晴らしいか、話してくれた。
 そしてこれを、おみやげに持って帰ってくれたのさ。
 どんな風に探すのかとか、どんな風に埋まっていたとか、どんな風に掘り出したとか。そんな話をしてくれた。
 ボクの宝物は、父さんが出稼ぎから帰ってくるたびに、一個づつ増えていったんだ」

 チャックは笑っていた。
 その笑みに、一縷の悲しみが混じりはじめている。

「わたくしは、チャックはそれを捨てない方がいいと思います。それはチャックの宝物なのですから」
「けれど、旅の荷物にするには、ちょっとね」

 アヴリルの微笑みに、チャックも微笑み返しながら、そう言った。

「あたしもッ! それ捨てちゃ絶対ダメだと思う!」
「え?」

 レベッカの、意外なほど一生懸命なその言葉に、チャックだけでなく、ディーンまでもが目を丸くする。

「だってそれ、ルシルさんの、チャックに帰って来て欲しいっていう気持ちだもの!
 何もかも売って、宝物も捨てて、村を出て行ったチャックに、帰って来て欲しいっていう!」

 チャックはひどく困った顔をし、けれど笑みを顔に貼り付けたまま、レベッカをじっと見る。

「オレも同感だ。価値はないかもしれんが、父親の形見だ。大事にしてやってくれないか?」
「けど……」
「確かにゴミだ。だがお前の母親も、それを捨てろとは言わなかったはずだ」
「ま、まあ……」

 顔をふせたまま、キャロルがつぶやく。

「私は、チャックさんが羨ましいです。
 私も、そんな宝物、欲しいです。
 チャックさんが捨てるなら、私が全部もらいます!」
「キャロル?」
「チャック、それを捨てちゃダメだ!」
「ははは、本当にディーンは、ゴーレムが好きだね」
「何言ってるんだよ! チャックにとっては、それだけじゃないだろ!
 捨てちゃダメだ。あげても、売ってもだめだ! それはずっと、チャックの物でなきゃ、ダメなんだ!」

 仲間たちの中で、チャックはただ一人、ヘラヘラと笑っていた。
 そして突然笑みを消すと、ガラクタの入った箱を手に立ち上がる。

「けれどもう、ここへは置いておけないから。旅の荷物にするのも、現実的じゃない。
 だからケントに頼んで、預かってもらうことにするよ。ケントなら、これがゴミじゃないって知ってるしさ。
 部屋も、売るんじゃなく貸すだけってことに、交渉しなおしてくる」
 一人で部屋を出ていくチャックを見送る仲間たちの顔に、穏やかな笑みが戻ってきた。

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