それは、ポンポコ山で強制労働させられていた人々を解放し、いったんハニースディに戻る途中の話。
慣れないモノホイールで迷ったあげく、荒野の真ん中で、とりあえず食事休憩となった時のことだった。
「なあ、オレって普通じゃないのかなあ?」
「ディーンが、そんなこと考えるなんて、熱でもあるんじゃない?」
レベッカがディーンの額に手をあてるが、別にディーンは戸惑いもせず、されるままになっている。
「まあ、ディーンが普通とは言いがたいけど」
「わたくしにとって、ディーンは特別ですよ」
アヴリルの言葉にレベッカが小さく引きつるが、ディーンはそれに気づきもしない。
「見ず知らずの人より、わたくしはディーンが大切です」
「そ、そういう意味だったら、あたしだって幼馴染だし!」
「そういうんじゃなくってさ!」
ディーンは、ズレはじめた話の軌道を修正する。
ただそれだけの話なのだが、原因であるアヴリルではなく、レベッカだけが否定される形となり、レベッカは内心少しばかり落ち込んだ。
もちろん、それに気づくようなディーンではない。
「ディーン、なんで急に、そんなことを考えたんだ? お前らしくもない」
どうやらグレッグは、レベッカと同じ意見らしい。
「グレッグまでなんだよ。オレが普通のこと考えちゃ、おかしいかよ?
ただなんかさ、キャロルやチャックを見てたら、普通はもうちょっと両親のことにこだわるもんなのかなって」
名前のあがった二人は、水汲みに行っている。他の者たちは、焚き火の薪集めに、食料の現地調達だ。
もちろん保存食は持ち歩いているが、それを減らさず、新鮮な食材が手に入るなら、それに越したことは無い。
水汲みなど、単独行動は危険度が増すとはいえ、チャックだけで事足りる。
モノホイールを運転するには小さすぎ、大量の水を運ぶのも不得手で、しかも迷子になりやすいキャロルが行く必要はない。
けれどキャロルは、新しく仲間になった青年の、どこを気に入ったのか、何かと引きずりまわしている。
まるで、兄だけでなく弟まで欲しくなったと言わんばかりだ。
もちろんチャックの方が、キャロルの兄ことディーンより、年齢も背丈も大きいのだが。
「たまにはお前も、親に手紙でも出してやったらどうだ?」
グレッグは、レベッカが、時折両親に手紙を書いていることを知っていた。だがディーンはまったくだ。
ディーンの年頃の少年なら、そんな気づかいなど、できないのが普通だろう。
だが、同郷の幼馴染であるからには、レベッカが、ディーンのことも合わせて、故郷に報告しているに違いないと、思い込んでいた。
「オレの親は、小さい時に二人とも死んじゃってるから」
「そうか……」
「けどさ、覚えてないってほど小さい時じゃないんだ。けれど普段あんま思い出さないし、こだわりもないし」
グレッグは、帽子のひさしを引く。
けれど、確かにディーンが、それを引きずっていないことは、誰の目にも明らかだった。
「わたくしは、思い出せませんので、両親のことを想うこともありません。けれど、特別な人をうしなったら、とても悲しくて、さみしいと思います。
ディーンは、そうではなかったのですか?」
「そりゃすげー悲しかったし、さみしかったけど、レベッカの父さん母さんに、トニーじいちゃん、それにレベッカもいたからな」
なにげにディーンは、胸を張る。
レベッカも、ちょっと嬉しそうに、トニーじいちゃんは、実の祖父ではないと、補足する。
「それにディーンのご両親が亡くなったの、あたしたちがすごく小さい時だったし」
「けど、キャロルやチャックが両親をうしなったのも、ずいぶん前だろ? オレ、もっと早く持ち直したような気がすんだけど」
「確かに、そうだったけど、あたしはディーンは普通だと思うよ?」
「グレッグはどうなんだ?」
「普通だと思うぜ?」
「違う違う。グレッグの両親だよ」
「オレの歳で両親がいないのは、珍しかないぞ」
だが、健在でもおかしくない歳でもある。
そしてグレッグも、自分の両親については、ずっと忘れていたことに気がついた。
頭の中を支配しているのは、ヤツと、殺された妻と子と、そして実の親のように慕い尊敬していた、義父のことだ。
その義父に疑われ、責められたことは、普通に亡くした両親以上に、大きなしこりとなっている。
親を捨てざるをえなかったキャロルが、両親に対して複雑で、あまりよくはない特別な感情を抱くのは、しかたないだろう。
だがチャックの場合は、事故死と病死だ。彼自身が「グレッグほどつらい話じゃない」と言いもした。
客観的に見れば、確かにそうだろう。
「失った状況によっても違ってくるさ。
まあこれについちゃ、ディーンの方が普通だろう。普通じゃねぇのは、キャロルの親と、そしてチャックの方だ」
「あたしは、ディーンが普通を気にした、って方が、びっくりだわ」
「同感だ」
「なんだよ、レベッカもグレッグも、オレを何だと思ってるんだよ」
その時、蜂の羽ばたきのような音が割り込んだ。まだ遠い、モノホイールの走行音だ。
それは急速に近づいてくる。
水汲み係が、帰ってきたらしい。
「ディーン、今の話を、キャロルやチャックの前でするんじゃねーぞ」
「まあ、チャックはいいかもしんないけどね」
と、レベッカが笑う。
アヴリルは、何も言わず微笑んでいた。