母をたずねて
4 ファルガイア・エクスプレス
チャックと一緒にライラベルを出てからは、そうなるとわかってはいたけれど、イライラのし通しだった。
まずしょっぱなから、チャックはモノホイールに乗っていこうと言い出した。なんでも最近手に入れたばかりらしい。
「どうしてチャックさんは、私がゆっくり歩きながら考え事がしたいのだと、わかってくださらないのですか!」
チャックは、ひきつりぎみの笑みをうかべながら、困っている。
自分でも口にしてから、少々無茶な要求だったと後悔はした。
けれど、だからこそ反論されなければ、引っ込みがつかない。
どう見ても、自分の言い分のほうが間違っているのだから、ここは年上の威厳を見せて、年下の自分をいさめるのが、筋であるはずだ。
なのになぜ、何も言わず困りながらも、へらへらと笑うばかりなのか?
「しかも駅まではたいした距離ではありません。それに手に入れたのが最近なら、まだ運転にも慣れていないはずですよね? 女性を誘うのは、一人で練習なさってからにしてください」
なのになぜ、自分はさらにこんなことを言ってしまうのか?
チャックはさらに困り、笑顔をひきつらせている。
「一応、一人で練習は十分したつもりだから……」
なぜ彼は、七つも年下の未成年者に、こんなにも弱気なのか?
「みんながいろいろとお仕事で忙しいときに、チャックさんはモノホイールで遊んでたんですか! そんなにさっさと、私の護衛を終わらせたいんですか! 私だって少しは、旅を楽しみたいんです!」
「ゴメン」
やっぱり言い過ぎているとは思うのだけれど、弱気で頼りない彼を見ていると、止まらない。
いやだからこそ、普通よりも無理目な要求を、びしびし突きつけるぐらいのほうが、ちょうどいい気がしないではない。
しかもチャックは、へらへらと笑っている。
滅茶苦茶を言う子どもを軽んじる笑いではないとはいえ、謝るならば、それっぽい顔をして欲しいものだ。
ファルガイア・エクスプレス。
最近、ニンゲンの旅の自由化と共に、料金さえ払えば誰でも利用できるようになった。
自由化直後こそにぎわったが、そう安いものではないため、今は再び閑散としている。
その上無賃乗車に対する取り締りは、以前より厳しくなった。
渡り鳥の無賃乗車という二重違反の以前の常識も、今では非常識になりつつあるらしい。
キャロルはチケットを買い、チャックはハンターライセンスで乗車する。
「チャックさん! 公用ではないのですから、ご自分でチケットを買わないと、ダメじゃないですか!」
チャックは全身で引いて、意外の意を表す。
「政府高官の娘さんの護衛って、思いっきり公務じゃないかい?」
なにも駅で、そんなオーバーアクションをしなくても、と思う。
「それに、こんな所で『政府高官の娘』だなんて、大声出さないでください!」
「いやそれ、もうみんな知ってるし」
「言い訳しないでください! デリカシーの問題です! それにこれは、私のプライベートな旅なんです!」
「ゴメン」
けれどチャックは、チケットを買う様子はなく、改札口の駅員の耳にもこのやり取りは入っているはずだが、何も言わずに通してくれた。
というか、むしろ駅員は、チャックに笑いかけていた。
その笑みは、チャックが浮かべる困りきったへらへら笑いではなく、わがままな子のお守りは大変ですね、というチャックへの同情がこめられた、苦笑に見えた。
その上キャロルは、自分がチャックに、渡り鳥に頼む時のように報酬の交渉をしていないことに、気がついた。
仲間として、ただついてきてくれ、という話ししかしていない。
なら列車のチケット代は、自分が出すのが筋ではないか。
そのぐらい、チャックもわかっているはずだ。
いや最初から、公務のつもりで引き受けたのか?
公務だから、こうもあっさり引き受けたのか?
適当な席に、向かい合わせに座り込む。
窓の外を流れる景色を眺めるが、頭の中でいろんなことが、ぐるぐると回り続けている。
なのにそのいろんなことが、何一つ見えてこない。
ふと顔を上げ正面を向くと、チャックと目が合う。
するとチャックは、ニッコリ笑いかけてくる。
背けるように、窓の外に顔を向けるが、また正面に視線を戻すと、やっぱりチャックは、ニッコリと笑いかけてくる。
「何か話しがあるなら、はっきりおっしゃってください」
「いや、別に」
「では、じろじろ見ないでください」
「ウン。気をつけるよ」
そう言ってからチャックは、独り言のように「だからボクは女性にもてないのかな?」とつぶやいた。
「その通りです」
と、キャロルは即答する。
大切な人を見つけたい、などと言っていたわりには、そしてあの騒動のあと、そろって有名人になり、ゴウノンで暮らすグレッグについてさえ、このライラベルまで「誰とつきあいはじめた」だの「誰と再婚するのでは?」といった噂が聞こえてくる。
チャックは、仲間内では一番知名度が低い。
けれどルックスはよく、そろそろ結婚適齢期、きまった彼女がいないこともバレバレで、それなりにファンもいるらしい。
なのにそうした噂が、いっさいない。
きっと誰もが現物を前にすれば、このへらへらした青年に、幻滅するからに違いない。
「だいたいチャックさん。女性に対しての気配りが足りません」
「そうだね」
「女性の気持ちがが、わかってません」
「その通りだと思うよ」
チャックが、小さなため息をついた。
きっと、ルシルのことを思い出したに違いない。
ファリドゥーンとルシルは、これ以上ないというほど盛大な結婚式をあげて、夫婦に納まった。
ファリドゥーンの立場は、エルヴィスと同じであったという以上に、ヴォルスングの忠実な部下として活躍している。
普通に考えれば、この新時代に受け入れられる経歴ではない。
が、もとよりの彼の性格と人望と、軍での評判。そしてRYGS家がこれまでに築き上げてきた歴史が、彼を支えた。
そしてベルーニの名家の当主と、特別な活躍をしたわけでもない寒村出身のニンゲンの娘との結びつきは、新時代のもう一つの象徴として、テレビでも大々的に取り上げられた。
普段は真面目で、崩れることのない軍の最高司令官が、妻について聞かれたとたんに照れはじめる姿が世界中に報道された。
ルシルの元彼であるチャックも、インタビューされるたびに、手放しでファリドゥーンを持ち上げた。
……そのせいで、世間でのチャックの印象は、ますます頼りなく情けないものになっている。
その現場を実際に目にしてきた印象は、ひどく熱いとしか言いようがないのだけれど、今の彼を見ていると、その世間の評判の方が真実ではないかと思えてくる。
キャロルも、小さなため息を一つつく。
「こういう時は、男性が何か話題をふるものです」
しばらくチャックは考え込み、申し訳なさそうな顔をする。
「ゴメン。キャロルにとって面白そうな話、思いつかないよ。
……ゴーレムとか遺跡の話だとか、ギルドの話ならできるけど」
キャロルは、以前レベッカが、「いくら相手がディーンでも、丸一日中聞いてもいないゴーレムの話をされたら、たまったものではない」と言っていたことを、思い出した。
チャックは自分からは話し出さないが、ゴーレム好きについてはディーンと似たようなものだ。実際ディーンと彼が話す話題といえば、ゴーレムのことばっかり、という印象がある。
「確かにそんな話は、聞きたくありません。でも、なんでもいいんです。お天気の話とか、相手のファッションをほめるとか」
「ウン」
そしてしばらくの間の後、チャックはこう言った。
「今日はいいお天気だね」
「そのまんまじゃないですか!」
「えっと、その逆さリボン、以前から気になってたんだけど、何かの願掛けかい?」
「違います! そういうことは、口に出さないのがマナーです! どうしてこう、もっと普通の、ありきたりの話ができないんですか!」
キャロルはチャックに、延々とお小言を並べ立てる。
それをチャックは、時折相槌を挟みながら、へらへらとした笑みを浮かべて、大人しく聞いている。
もっと真面目な顔で聞いてください! と言えば、しばらくは笑顔を我慢するのだが、いつのまにかまた、へらへらとした笑みを浮かべている。
「こんな年下の私に、あれこれ言わせないでください。
もっとしっかりしてくださらないと、困ります!」
最後にそう締めくくったときも、チャックはへらへらと笑っていた。