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母をたずねて

3 一番上のお兄さん

 旅の支度をして、少し遅めにベッドに入ったけれど、その晩はなかなか眠れなかった。
 あの後そのままチャックと旅の打ち合わせをして、オロオロしているお父さんに、チャックに付き添ってもらうことを報告した。

「若い男と二人旅など許さん!」

 などとわめきだしたお父さんに、

「あんな頼りなくて情けないチャックさんと、私が間違いをおかすはずはありません!」

 と勢いで言ってしまったものの、これはちょっと悪かったかなと思わないではない。
 けれど、相手は彼だから、かまわないだろう。
 お父さんも、これには

「それはちょっと可哀想なんじゃないか?」

と言い出して、逆に彼の護衛を認めたほどだ。

「確かに彼なら、キャロルの方が強いしな」

 というお父さんも、かなりひどいと思う。

「私が強いのは、お父さんが私のために作ってくださった、ARMがあるからです! チャックさんは、十分強いです! でなければ護衛になりません!」

 と反論しようと思ったが、またお父さんがゴネはじめると面倒なので、黙っておいた。

 眠れずに、枕元の大きなぬいぐるみに、頭をすりつける。
 自分の趣味ではないが、お父さんからプレゼントされたぬいぐるみが、この部屋にはいくつもある。
 お父さんに拾われてからしばらくの間、お父さんはずっとキャロルを抱き続け、なかなか手放そうとしなかった。
 まるでお気に入りのぬいぐるみを抱えるかのように。
 キャロルは、お父さんの大きさが怖いばかりで、怪物に捕まったような気がして、ひたすら逃げようとしたのだけれど、お父さんは絶対に手放そうとしなかった。
 眠るときも、お父さんはキャロルを抱えて逃がさなかった。
 キャロルは、怪物が自分をぬいぐるみ扱いしているのだと、そう思った。
 やがてそうではないと、お父さんは自分を本当に好きなのだと、時間と温もりと匂いが教えてくれた。
 腕の中に抱いたキャロルに差し出される、様々な食べ物の匂い。そしてお父さんの匂い。
 暖かな湯と、体も髪も洗ってくれる、大きな手。
 常に何か話しかけてくる、その声と言葉。
 やがてお父さんはキャロルを少しずつ慎重に手放しはじめ、まもなくキャロルが、お父さんを追い始めた。
 お父さんがベルーニだと知った時、キャロルは奉公させてくれと頼み込み、お父さんは困惑しながら、キャロルを助手に任命してくれた。
 それは、お遊びみたいなものだったけれど、キャロルは助手として少しでも役に立つよう、がんばった。
 お父さんが仕事に熱中してキャロルを置き忘れるようになったのは、かならずキャロルが追いかけてくると、知っていたからでもあるだろう。
 そして教授と助手であった後、やっとキャロルは自分の心に素直に従って、お父さんと娘になった。

 なぜそこに、今さら産みの母親が割り込んでくるのか?
 産んだ。そしてある程度までは生かしておいた、というただそれだけで、自分に対して特別な立場であると主張し、呼びつける権利が、どこにあるのか?
 確かに生活は苦しかった。食べ物も十分になかった。
 誰も彼もギスギスとして、しかたない部分もあったと思う。
 ワガママで気まぐれな一瞬の溺愛を受けたことはある。
 だがそれは、何度かの経験のあと、その次の瞬間に手のひらを裏返されることの予兆にすぎないものとなっていた。

 その母親が、今さらキャロルに興味を持った理由……。

 考えるまでもない。キャロルが有名になったからだ。
 手紙には、いかに今生活に苦労しているのかも、たっぷり書かれていた。
 そしてテレビに、ベルーニの養女となり有名となった娘が映し出された。
 産みの母親が、考えそうなことだった。
 確かにキャロルは、生まれ育った村にいたころとは、まるで違う生活をしている。
 贅沢はしていないが、着る物にも、食べることにも、眠る場所にも困りはしないどころか、かなり上等な暮らしをし、明日への期待と希望があった。
 産みの母親に水を差されるまでは、不安もなかった。

「ふう……」

 キャロルはぬいぐるみに吹き込むような、ため息をつく。
 今日、デュオグラマトンとチャックに話をした内容には、大差はない。なのになぜ、チャックにのみ、ああもいらだたせられるのか?
 きっと彼が、情けなくて頼りないからだろう。
 だからきっと、一緒の旅では、いつもよりもなお自分がしっかりしなければならないのだ。

「やっぱり、お兄さんとしては、ディーンさんのほうが頼りになります」

 とりあえず、ぬいぐるみに話しかけてみる。

「……そうじゃないですね。ディーンさんは、とても頼りになりますけど、チャックさんは、まるっきり頼りになりません」

 ディーンに頼んだとしても、きっと引き受けてくれただろうと、そう思う。ぴたりと自分の望みをかなえてくれそうな、そんな気がした。
 ディーンの背中にしがみつくようにモノホイールで荒野を駆けて、産みの母親のところに乗り込んで、ディーンがその行いを真正面から断罪すれば、産みの母親が涙を流して過去を悔い、キャロルに心から謝罪する……。
 けれどジョニー・アップルシードとして、ひたすら忙しそうな彼の邪魔は、したくなかった。
 あの日から世界は変わり始めた。今は変えるために、誰もが一生懸命働いている。中でもディーンは、誰よりも忙しそうで、街中で捕まえて喫茶店に連れ込むなんていうことは、夢のまた夢。
 キャロルですら、会いたければ、まずアポイントメントが必要だ。
 仲間内の家族ごっこでは、一番上のお兄さんだったチャック。
 ぼんやりと「総領の甚六」なる言葉を思い浮かべつつ、キャロルはやっと寝に入った。

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