母をたずねて
1 一通の手紙
キャロルの幸せな生活に水を差したのは、一通の手紙だった。
ディーンと共に旅をし、世界の危機を救い、ベルーニには未来を、ニンゲンには独立をもたらした。
そしてその独立宣言は世界中に放送され、キャロルはディーンと共に世界を変えた一人として、有名になった。
養父エルヴィス教授との親子関係も大々的に知らしめられ、テレビがある場所もはや彼女を知らぬ人などいはしない。
デュオグラマトンのしつこい取材に、やたらとバラエティ番組同然のワイドショーなるものに引っ張り出そうとするナイトバーンのあしらいにも慣れてきたし、人前やテレビカメラの前で笑顔で話すことにも慣れてきた。
人が怖くて引っ込み思案だった以前とは、自分でも見違えるように変わったと思っている。
というのも、なによりエルヴィスを想ってのことだった。
もとより穏健派だか強硬派だかよくわからず、どっちかといえば穏健派かバスカーとしか思えないようなエルヴィスだったが、実の所世界を滅ぼさんとした強硬派の四天王の一人。
ディーン、つまり新たなジョニー・アップルシードは、もちろんエルヴィスを責めるつもりなど毛頭ない。ベルーニの未来のためには、エルヴィスの研究がかかせない。
が、ほおっておけば、世間の風当たりが強くなりかねない。
当人は、自分が世間にどう見られているかなど、とんと気にしもしないし、風当たりなど跳ね返すほど強い人でもある。
それでも世間一般の常識を備えたキャロルは、多少……いやかなりそういったものを気にしないではいられない。
以前のように、おびえた小動物のようにビクビクしなくなったとはいえ、嫌われてもかまわない、と思えるほど開きなおれもしない。
だから当人が気にしないとしても、愛する父が嫌われないようにがんばろうと、そう心に決めた。
なにしろエルヴィスは、とてつもなく忙しくなってしまったということもあるが、そうでなくてもかなり愛想とは無縁であり、人の話など聞く耳もたぬマイペースである。
小さな子どもと、小さくてフワフワして顔全体に対する目が大きな生き物以外に対しては。
そんなわけで、キャロルは可能なかぎり、エルヴィスの代理としてテレビのインタビューを受け始めた。
そしてインタビュアーのデュオグラマトンも、専門用語だらけでわけのわからぬ教授の話より、キャロルの相手に合わせて話すことができる能力に、その価値を見出した。
こうしてテレビでも引っ張りだことなり、天才少女キャロル=PALB_3107として、世界的有名人の一人となったのだ。
となれば、街を歩けばサインをねだられ、テレビ局にはファンレターが山ほど届く。
もっともこの状況は、他の仲間も多かれ少なかれ変わらない。中でも立役者のディーン、アクション俳優としてやはりテレビに映らぬ日のないレベッカ、そしてキャロルが群を抜いている。
ちなみに、静養のためとカポブロンコにいることさえ伏せられているアヴリルと、妻子の墓のあるゴウノンで保安官をしながら静かに暮らすことを選んだグレッグ、そしてライラベルにはいるのだが空気みたいなチャックは、さほどでもないらしい。
キャロルへのファンレターは、全てテレビ局付けとなっている。そして全て局員が開封し、内容を確認してからキャロルへと渡される。
有名になりすぎたキャロルの、安全面を考えてのことだ。単なる誹謗中傷は破棄され、番組への要望はプロデューサーのデュオにいったん転送され、あとはデュオから戻された分を含めて内容別に分類されて、キャロルの手元に届くようになっている。
そのどの分類にも区分けされず、手紙の山の上にぽつんと乗っていたその手紙は、ウキウキするような雰囲気をまとったファンレターの山の中で、異質な空気をまとっていた。
気になって手を出して目を通したとたんに、その手紙はバケツ一杯の、いや湖ほどの水を、キャロルにあびせかけたのだ。
今までの、それこそディーンたちと旅をしたころから少しづつ積み上げてきて、今では目が回るばかりで噛みしめてもいなかった幸せ。それが、その一通の手紙によりびしょぬれになった。
テレビカメラの前で世界中の人々に笑顔を振りまいている自分が夢と消え、惨めな昔の自分に戻ってしまったような気さえした。
それはキャロルの、産みの母親からの手紙だった。
「キャロルちゃん、なにか悩み事があるんじゃない?」
デュオグラマトンのハスキーな声に、キャロルはしょぼんと顔を伏せる。
今日の番組収録は、キャロルのミスで滞りがちだった。
いつもなら
「ドジっ娘のところも、あなたの魅力よ」
と、収録を続けてしまう真実一路のデュオなのだが、今日はNGを出している。
そしてついにデュオはスタッフに休憩を告げ、キャロルを控え室に連れて行き、紙コップに入った甘いココアを差し出しながら、こう声をかけるにいたったのだ。
全然気が利かない報道マニアのように見えて、事実その通りではあるのだけれど、気配りをしようと思えばきめ細かい配慮もできなくはない。普段しないだけで。
「すみません」
つぶやいて、キャロルはココアをすする。
けれど口をつけただけで、そのまま固まってしまう。そしてしばらく固まってから、意を決して顔を上げる。
「あの、お休みをいただけないでしょうか?」
デュオは紫色に染めた唇でニッコリ笑って、即答する。
「いいわよ。キャロルちゃん働きすぎだもの。でも、理由を教えてくれないかしら? 昨日から今日までの間に、何かあったんじゃない?」
キャロルは怯え、けれど勇気を振り絞る。
「あの、産みの母親から手紙が届いたんです」
デュオは表情を変えず、けれど一呼吸おいてこう言った。
「あまりいい内容じゃなかった、というわけね」
キャロルは慌てる。
「いえ、そんなことないんです。
産みの母は、私が有名になって嬉しいと、それから会いたいと……」
けれどその声は、だんだんと小さくなり消えてしまう。
「あんまりいい想い出、ないんでしょ。産みの母親を愛するのは、理想ではあるけれど、義務ではないわよ」
デュオグラマトンは、回りくどい話が好きではなく、いつもこんな風に単刀直入に真実を指摘したがる。
「休暇を取って、会いに行くつもり?」
「はい」
「一人で?」
「いいえ」
「教授と?」
「いいえ、父はまだミーディアム増産の仕事から手が離せませんし、それに、なんというか、その……」
「言いにくい?」
「いえ、父には正直に話し、手紙も見せました」
「ああ、なるほどね」
教授は、最愛の娘のこととなると、その天才的な頭脳を支える理性を失う。つまり今、ものすごくうろたえまくっているというわけだ。
「父は一緒に行くと言い張ってるんですけど、いろんな意味でちょっと……」
「で、誰と行ってどうするつもり?」
キャロルは怯え、くちごもる。
「このこと、報道……したりしませんよね」
デュオは、いつも真実を知りたがる。以前彼の隠し撮り込みの強硬取材と報道に、驚かされたこともある。
とたんにデュオが、天を仰いだ。
「以前みたいに、ドタバタしてるときならドサクサにまぎれてそれも可能だったけど、今じゃペルセフォネの締め付けが厳しくなって、実質無理よ」
そしてあらためて、キャロルに笑顔を見せる。
「それにニュース性のないことまで、むやみやたらと放送する趣味もないわ。ナイトバーンがやりたがるような、興味本位のワイドショーをするつもりは、まったくないから」
デュオの笑顔につられて、キャロルもかろうじての笑みを作る。
「あの、まだ話してないんですけど、チャックさんなら暇そうですから、頼んでみようかと……」
「まあ、確かに彼なら暇そうよね。捕まえるのも簡単だし」
デュオは、意味ありげに微笑んで、続きを促す。
そしてキャロルは、深呼吸してから言い切った。
「そして産みの母とは、はっきり縁を切ってきます」