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(C)hosoe hiromi

アヴリルの家出

5 ディーンの失恋

 広大で、荒々しく、澄み切って、乾いている。
 その地平を、形の良い白い指先でアヴリルは指す。
「この地平を越えて、人々はひしめき合い、生活していました。分単位で争いが起き、事故が起き、大勢が命を失い、より大勢が健康を損ない、財産を失い……。
 ただ人が生きて在るというだけで、あまりにも多すぎるがために、この星は疲弊し、破滅が近づいていました。
 ですがそれでも人々は笑い合い、幸せを願い、未来を夢に見て、現実を切り開こうとしていました。
 強硬派も、穏健派も、それだけでなく無数のポリシーをもった集団が、それぞれの信念に従い、生きていました。
 たとえリリティアと呼ばれようと、わたくしはわたくしの信念に従い、人々と世界を救う道を、探していました。
 わたくしはその全ての人々を、その疲弊した世界を、愛していたのです。
 なのに、強硬派も穏健派も一万の年月を越えて生き延びたことを目の当たりにしても、わたくしはわたくしの時代を、思い出さずにはいられないのです。いくつもの危機に追い詰められていた、わたくしの時代を」
 荒野を、鳥が飛んでいる。
「鳥たちは、環境保護ドームを失えば、滅ぶと言われていました。けれど生き延び、自在に空を飛んでいるのですね」
「……キミは、ホームシックなんじゃないかな?」
 振り向いたアヴリルは、ゆっくりと落ち着いた笑みを広げる。
「チャックはハニースデイに帰りたくなりませんでしたか?」
「離れたばかりのころは、確かにね。けれど想い出すのは、もっと昔のことばかりなんだ。父さんも母さんも友だちもいる。
 帰っても、もうみんないないっていう現実をつきつけられるだけさ。そう自分に言い聞かせたよ。そして戻ったら、想っただけでも、残っているルシルや村に迷惑をかけてしまうんじゃないかって怖くてさ、一生懸命想い出さないようにしてた」
「今は、違うのですか」
「家と呼べる場所がないからね。誰もいない家に帰っても、帰った気がしないし。むしろ荒野やライラベルの方が落ち着くよ」
「誰もいない家、ですか。そうですね。わたくしがホームシックであることを認めることで、少し楽になれそうです。もうわたくしが帰る場所はないのですから、あきらめることができそうです」  チャックはアヴリルに、手を差し出す。
「帰ろう。とりあえず、キャンプへさ」
「そうですね、とりあえず、キャンプへ」
 二人は手を取り合って、山頂を立ち去った。


 遠目にも、キャンプに戻った教授の姿が見てとれた。そして巨体に並ぶ青い頭。
 モノホイールを止める前から立ち上がり、止めたとたんに駆け寄ってくる。
「チャック! アヴリルをどこまで連れ出してたんだよッ!」
「ディーン!」
 アヴリルの呼びかけも無視して問答無用で殴りかかってくるディーンの拳をチャックは受け、そのまま地面に押し倒される。
 さらに馬乗りになって殴りつけてこようとするディーンの額に、チャックは自分のハンターライセンスをグイと押しつけ、くそまじめな声で宣言した。
「これはハンターとしてのボクからの警告だよ。すぐさまアヴリル・ヴァン・フルール嬢へのストーカー行為をやめるんだ」
「チャックッ! ふざけんなッ! オレは本気で怒ってるんだぞッ!」
 そしてその怒りを証明するかのように、ハンターライセンスをむしり取って捨てると、再度拳を固め、押し倒したままのチャックを殴ろうと振り上げる。
「やめなさいディーン!」
 アヴリルの気迫のこもった鋭い叱責に、ディーンは拳を止め、不承不承立ち上がり、チャックを解放する。
「アヴリルは、オレの大事な人だッ! 急にいなくなったら心配するし、探して追いかけるのも当然じゃないかッ!」
 チャックも立ち上がり、まっすぐディーンを見据える。
「彼女はそれを、望んでいない」
 ディーンは反論せず、けれどチャックを睨み付ける。まるでアヴリルから、目をそらすかのように。
「キミも本当は、わかってるんだろ? キミは彼女に、別の人を求めている」
「別人なんかじゃないッ! アヴリルは、アヴリルだ。リリティアにもならなかった」
「ディーン。キミが知っているアヴリルを突然失ったことと、リリティアと呼ばれていた彼女が冷酷だという思い込みが、キミの目を曇らせている。
 キミが知っているアヴリルが、彼女の中に一時的に現れた別人格のようなものだよ。まったくの別人でもないけどね」
「チャックの言ってること、わかんないよッ! オレたちと一緒に旅をしたアヴリルは、オレたちのためにいなくなったのにッ! チャックだって、最初はものすごくアヴリルのために泣いてくれたじゃないかッ! 護れなかったって、自分のせいだって、謝ってくれたじゃないかッ!」
「今の彼女もまた、ボクたちの仲間であり友だちさ。彼女はいなくなったりしてない。なのにキミは、彼女を失ったと信じ込みすぎている。アヴリルとリリティアを、分けて考えすぎてるんだ。
 ディーン。彼女と、少し距離を置くんだ。キミは彼女に近づきすぎて、盲目になっている」
「オレが言ってることと、チャックが言ってることは、どう違うんだよ。アヴリルは、アヴリルなんだろッ!」
 チャックは表情をやわらげ、優しげな視線でディーンを包む。
「こう言えばわかるかい?
 アヴリルは、キミに対する恋という魔法にかかってたのさ。けれどその魔法は、解けてしまったんだよ。
 以前のアヴリルと今のアヴリルの違いは、そこだけさ。
 なのにキミは、以前のアヴリルを求め、拘束しようとしてるんだ。
 ディーン。本当にアヴリルが大事なら、割り切れなかろうが引くべき時だよ。キミのあきらめない姿勢は素晴らしいけど、その気持ちを背負わされる相手の気持ちも、考えた方がいい」
 助けを求めるかのように、ディーンはアヴリルに視線を投げかける。
 けれどアヴリルは、氷の微笑みでもって、それに応えると、ディーンは肩を落とし、うつむいた。
「オレ、つらい」
 するとチャックは、大げさに肩をすくめ、両手を広げる。
「失恋っていうのは、そういうものさ。
 さあ、朝食にしよう。食べて忘れるでも、喉を通らないなら通らないでも、かまわないけどね。
 教授。朝はすませましたか?」
「いや、まだだよ」
 まるで何事もなかったかのように、チャックは朝食の準備にとりかかる。
 ディーンは背を向けてその場に座り込んでいたが、やがてベーコンが焼ける香りがあたりに満ちると、おずおずと焚き火の前にやってきた。
 そして、チャックに差し出されるまま、何も言わずに三人前をたいらげると、その場にアヴリルを残し、チャックを伴って、みんなが彼を待っている場所へと、帰って行った。

08.07.10~11
 難産で試行錯誤してほったらかし。その後機が熟したのか、こんな感じに。
 自己流ループ後アヴリル解釈。というか捏造設定込みで。
 ただ以前ほど「ループアヴリルよりED後アヴリルの方がかわいそうじゃん!」という気持ちは収まってる。同一人物だし。
 ディーンについては、いっぺんぐらい「ちゃんと」挫折しとけという感じ。
 え? アヴリルとディーンの話のはずなのに、チャックまみれ? それはいつものこと。


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