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(C)hosoe hiromi

アヴリルの家出

2 月夜の登山

「わたくしのことを、以前のわたくしと区別するために、リリティアと呼ぶ人たちがいます。冷酷な、氷の女王と。
 けれどチャックは、以前のわたくしを、疫病神と比較するのですね」
 チャックはひどく困惑する。
「ゴメン。本当にゴメンよ。ボクはどっちのキミも、疫病神扱いする気はないんだ。ホントにゴメン」
「チャックは、疫病神ではない自分に戻れるとしたら、それを望みますか?」
「だから、ゴメンって。比較にもならないよ」
「疫病神でなくなったら、疫病神であるときの重荷から、逃れられますか?」
「アヴリル……」
 アヴリルに真っ直ぐ見つめられて、チャックは言葉を一時失った。
 そしてゆっくりと、答えを探す。
「たぶん、ダメなんじゃないかな。一生ついて回ると思うよ。疫病神でなくなったって、疫病神のボクも、ボクなんだし」
「もとよりその災厄は、チャックのせいではないのにですか?」
「ボクのせいじゃなくてもさ。けど……、疫病神でなくなったら、もう少し前向きになれる」
「前向きに?」
「そう。前向きに。疫病神でなくなっても、疫病神であったことからは、逃れられない。過去も変えられない。けど、未来は違うだろ?
 それはボクにとって、怪我が治ったらだとか、ARMを手に入れたら、ゴーレムハンターになれたら、っていうのに近いのかもしれない」
「けれどチャックの努力によって、疫病神でなくなることは、ないのですね」
「下手に疫病神でなくなったら、誰かに押しつけるんじゃないかと怖くてさ。けれどこの手で、大事な人を護ると決めたよ」
 常にうまくいくわけではないのだけれど。沸き上がるその想いが、チャックの笑みを悲しみに染める。

 二人の間に、沈黙が落ちる。
 チャックは頭上の満月を、じっと見上げる。
「眠れないなら、山登りに行こう」
「え? この真夜中にですか?」
「天気もいいし、月も明るい。今から行けば、夜明け前に山頂に到着できる。そしたら面白いものを見ることができるんだ」
「面白い?」
「今調査中の、遺跡の全貌さ。光の加減で、夜明け時が一番見やすいんだ」
 にこやかに立ち上がるチャックにつられるように、アヴリルも立ち上がっていた。


 それは、ただ「山」とだけ呼ばれていた。
 この荒野の中央に、ぽつんと取り残されたかのようにそそり立つ、なんの特徴もない山だ。
「名前がないんだよ。この周囲には村もないし、ここを訪れる人もいない。渡り鳥たちのルートからも、離れているからね」
 山の麓までモノホイールで移動し、そこから徒歩で急斜面を登る。

 登る者もいないから道もない。が、何度か教授とチャックが登るうちに、それなりのルートはできている。
 それでも足下が危なく、何度かチャックは、アヴリルに手を貸した。
「アヴリル。キミはなぜ、あの六種のミーディアムを作ったんだろう?」
「未来において、その六種があると、知っていたからです」
「なぜそこに、セレスドゥが選ばれたんだろう? キミの時代の伝説には、他にもいろいろな守護獣がいたんだろ?」
「なぜそれを?」
 闇の中で先を歩くチャックの肩だけが、ちいさくすぼめられた。
「今残ってる遺跡、全部キミの時代のものなんだ。そして話題の中心はキミだよ。それより前の物も、後の物もない。といっても前後百年ぐらいの幅はあるみたいなんだけど」
「私より前の時代の遺物は、私の時代の文明に飲まれてしまいましたから」
「この星に残ったボクたちの祖先は、あっというまに後に残るようなものを作る文明を、失ってしまったんだね」
「自ら捨てたのでしょう。それが当時の穏健派の主張でした。しかしわたくしの時代より古い遺跡も、遺跡の中に保存されている遺跡として、見つけることができるかもしれませんよ」
「その話、教授が聞いたら大喜びするよ。教授は、……ボクもだけど、キミの話を聞きたがってる。考古学者にとって、キミの持っている知識が、どれほど魅力的か、考えたことあるかい?」
「そうだったのですか? 教授は何も言ってきませんから、知りませんでした」
「教授もUb対策で忙しかったし、キミがこの時代に慣れる方が大事だろ? キミはあらゆる分野から期待されてる。ロストテクノロジーを司る女神として。けれどその知識を受け取る余裕さえ、今のボクたちにはないけどね」
「期待には応えられませんよ。わたくしの時代の文明は、わたくし一人が担っていたわけでは、ありませんから」
「キミみたいな人が、たくさんいたのかい?」
「母数が大きかったのです。百万に一人の天才も、百億の中では、一万の中の一人にすぎません。そしてそれを支える者たちは、さらに大きな集団を作ります。その集団こそが、技術を支え文明を作り上げるのです」
「百億か。ボクには想像できない数字だよ」
「それ以上です。都市が地表を覆っていました。海上にも、ライラベルほどの都市が、多数建設されました。そして宇宙にも……」
 ヒュゥと、チャックは口笛を鳴らす。
「ですからわたくしの時代ならば、教授やヴォルスングのような広く浅い知識を持った者は、それぞれの分野の頂点には立ち得なかったでしょう」
「あれで浅いのかい!」
「ええ、わたくしの時代の基準からすれば、そうなります。ですが逆に、わたくしの時代のある分野の頂点を極める者がこの時代に現れたとしても、何もできないでしょう。
 考古学者であれば、同時にUb対策など手がけられはしませんでした」
「キミは?」
「わたくしは、支配のエキスパートです。それゆえリリティアと呼ばれました。
 支配のためには、幅広い分野を理解することが必要でしたが、全ての分野ではなく、そして各分野の頂点に及ぶものではありませんでした。
 今とは比べものにならない量の情報があり、頂点から底辺まで、それを扱う膨大な数の人がいたのです」
 傾き始めた月の光は、山肌に降り注ぎ、二人の髪や肌を背景から浮かび上がらせ、足下をも照らし出してくれている。
「確かにわたくしの時代には、多数の守護獣の伝説が残っていましたし、一通り御伽話として知ってはいますが、わたくしとは無縁のものでした」

◆続き