個人的趣味と推測と独断と偏見によるエッセイ集
ゾラと呼ばれる地球のこと
ザブングルを元に想像した設定であって、こうした公式設定があるわけでは、ありません。
ゾラと呼ばれるようになった地球は、現在の地球とはまったく違っている。
天にかかる月は、その軌道を内側に変え、澄んだ(雲の少ない)空に大きく輝いているが、その月が揺り動かす青い海は、もはや消えた。
大洋は干上がり、わずかにマッド・シーと呼ばれる、その名の通りの泥の海(ドロドロしているわけではないが、真っ茶色だ。)が、その名残をとどめている。
水はどこへいったのか? 消えたわけではない。両極を中心に、広く分厚く凍りつき、命を育むことを、やめている。
氷の支配を免れた地域は、しかし雨は少なく、乾燥し、砂漠と荒野ばかりが、続いている。
「宇宙に浮かぶ蒼い宝石」の姿は、もはやない。めまぐるしく変化する白いベールも、ほとんど消えた。
茶色を白ではさんだ、味気ない星……。
かつての地球の面影は、そこにはなかった。
そして人類は、地球をゾラと呼ぶようになった。
それでも人類は、故郷を見捨てられなかった。
宇宙での、(軌道上)での暮らしが、限界に来ていたということもある。
だが、ゾラは人類を、拒絶した。
それは、ゾラをゾラたらしめた、この星の人類への復讐だったのかもしれない。
いや、星が復讐など考えるはずもない。星は星として、ただそこにあるだけだ。
人類にとって地球は狭い場所となり、広い宇宙へと進出しはじめた。そして、宇宙にその住みかを得ようとした。
はるか小惑星帯まで出かけ、手つかずの資源を、地球のそばまでひっぱってきた。
が、それは人類の手を離れ、「月」に衝突したのだ。
衝撃によって月から大量の岩盤が剥がれ、地球に降り注ぎ、月の軌道が変わってしまった。
さらに舞い上がった微細な月の塵は、地球に舞い降りて大気の水分をひきつけ雲をつくった。
低緯度から立ち上った蒸気は高緯度に流れ雪となり、そして雪解けはこなかった。
あっというまに両極と高緯度は雪と氷に閉ざされ、その重みが地殻を破壊した。
これが、大異変である。
その間、人類は生き残りを掛けて戦った。地上でも、宇宙でも。
まだ、黎明期だった宇宙開発が、地球のバックアップを失うことは、致命的だった。
その時期、地球に帰ることもかなわず、あるいは帰ろうとして、宇宙の人口の9割が失われたのだ。
しかし地球上よりはましだった。
両極から日々迫る氷、空を覆う厚い雲、作物は枯れ、家畜は死んでゆく。
新たな火山活動、地震、津波によって寸断される、ライフライン。
そして、国家から、個人まで、生き残りをかけて暴徒と化した。
ミサイル、化学兵器、そして細菌兵器が、わずかでも自分の食いぶちを増やしたいという要求のために、使用された。
分厚い雲がすべて雪と氷となって、地上に落ち、一時的な地殻変動も納まったとき、宇宙にいた人類の生き残りの子孫たちは、地球が昔の姿をとどめていないことを、悟ったのだ。
それでも人類は、いや、人類の大半は、地上に降りることを望んだ。
宇宙は人類にとって、再び広すぎる場所に、なってしまっていたのだ。
そしてゾラに降り立ち、その場所を「不死の谷」と命名した。
(註:「死の谷」と間違えている人がいるが、死の谷は、IGがPポイントに向かう途中通り抜けた、陰気な谷のこと。)
しかし、宇宙から降り立った人類の子孫たちは、機密服を脱ぐことができなかった。
地上にはさまざまな雑菌があふれていたし、強い日差しの下で突然変異し、人類にとって未知なるものに、なっていた。そして無菌状態の宇宙で世代交代した人類の免疫は、はなはだしく低下していたからだ。
彼らは、自分たちがゾラの子ではないことを、思い知ったのである。
しかし人類は、あきらめなかった。
すぐさまゾラを地球に戻す方法と、人類をゾラに適応させる方法、その両方を研究しはじめ、そしてそれを自らの使命と定めた。
やがて……、ゾラを人類が見知った地球に戻すには、万単位の年月がかかることがわかってきた。
地殻が、まだ安定していないのだ。急なテラフォーミングにより、高緯度の氷が消え去れば、ゾラは身震いし、再び大異変を起こすだろう。
そこで、人類をゾラに適応させる方法に、力を入れることにした。
個人の抵抗力を、一時的に薬で強化するなら簡単だ。しかし、彼らが望みとしたのは、その特性を子孫に伝えることだった。
自分たちの直系を、このゾラに適応させ、人類を生き延びさせるためには、人を遺伝子レベルで改造しなければならない。
それは簡単なことではなかった。遺伝子をいじった後の人類が、はたして人類と呼べるのか?
そして人類は、「人類」であることをやめた。
自分たちを人類の遺伝子プールとみなし、自らを母体に人類を産み出す決意をしたのだ。
そして、地球をゾラと呼んだように、自分たちをイノセントと呼ぶようになった。
イノセントは、さっそく自分たちの生活を、地上に移した。
基地をつくり、少しづつそれを広げていった。
宇宙時代の黎明期、真空中の作業のために開発された作業機械は、このイノセントにとって有害な大気の中の作業もこなし、そしてイノセントの少ない労働力を補うため、新たな開発や改良を加えられつつ多数生産され、以後のヒューマノイドや、ウォーカーマシンの礎となった。
そしてまず、ゾラにわずかに残った……、あるいは宇宙時代人類が宇宙に上げたさまざまな生物、バクテリア、植物、動物といったものを、ゾラの大地で慎重に増やしはじめた。
そして、わずかながらも森を作り上げることに成功し、遺伝子改造したほ乳類が、ゾラで増殖しはじめると、イノセントは人類の改造に着手した。
そして、ついにそれは、完成した。トランスフォームした種、それはゾラの細菌に耐性を持つだけでなく、(それよりはずっと些細な問題である)強い紫外線を含んだゾラの日差しにも、適応していた。
新人類は、イノセントの手で育てられ、やがて森に住み着き、畑を作り、自ら生活を始めた。
実験は、成功したかのように、見えた。
しかし、致命的な欠陥が明らかになった。
子供が生まれないのだ。
僅かに生まれた子も、全て男の子だった。
イノセントは彼らを見捨て、次の実験にとりかかった。
失敗作の子孫はトラン・トランと呼ばれ、今やわずか1部落が残るばかりである。
二番目の種族は、確かに細菌への耐性は、持っていた。じかし、日差しへの耐性は、イノセント以下だったのである。
マッド・シーに点在する、自然洞窟の中で生きることを前提に開発されたその種は、もとよりイノセントの中でもそのコンセプトが疑問視されていたが、ついにその種を日差しから守るマッド・シーが300~500年以内に消失する(水位が上がり、透明度が増し、多数ある自然洞窟が、水没する)可能性が高いことがわかり、再び放棄された。
ハナワン族はマッド・シーで健在だが、その生活環境は人口増に耐えられなくなりつつある。
そのころ、イノセントはすでに核融合によるエネルギーと、ヒューマノイドによる労働力を、手に入れていた。
狭い基地のすし詰めになって暮らす時代はとうに過去のものとなり、世界中に点在する巨大な透明ドームの中に、家を建て、庭をつくり、のんびりと暮らすことができるようになっていた。
しかし、人口は増えなかった。
まず、新人類の改造のために、そのパワーが削がれたことがある。新人類を産むという行為は、母体にとって非常な危険を伴なうのだ。
それに、生物は生命の危険を感じると、本能的に子孫を残そうとするが、安楽な暮らしがイノセントからその危機感を奪ってしまった。いくら頭でわかっていても、いや理性でイノセントの未来がつきかけていることを知っているからこそ、子孫を望まなくなってしまった。
無尽蔵といってもいいエネルギーがあり、そのエネルギーによって動くヒューマノイドが、全ての生産やサービスを担い、イノセントは豊かな老後の生活にどっぷりとつかり、気力を失いつつあったのだ。
ハナワンについで作られた三番めの種族は、細菌への耐性もあったし、日差しにも耐えられた。
そして、子孫も増やしはじめた。
イノセントはその種族を後継者と見なし、シビリアンと名づけた。
だが、やがてそれまでとはまったく異なる問題が、明らかになった。
攻撃的すぎるように見えたし、後先というものが考えられず、協調性がなかった。
それは最初、個体の素質ではないかと期待を込めて考えられていたが、やがて種全体の傾向であることが、わかった。
集団行動は、このゾラのような貧しい土地では、必要となる人類の素質のひとつであったし、またイノセントがかろうじて復活させたばかりの緑地に入り込み、それをむさぼって、破壊してしまうことにも、手をやいた。
だが、望みがないわけではなかった。教育と取捨選択により、この種を望むべき方向に、変化させられるのではないかと、思われたのだ。
そこでイノセントは、この三番めの人類に対し、特定のプログラムを立て、実行しはじめた。
一つは、金の流れによる集団化である。
生産ということにかけては、シビリアンはトラントランやハナワン以下であったため、全てをイノセントに頼っていた。
イノセントは、それを有料にしたのだ。
シビリアンに金(後に、ブルーストンも加えられた)を集めさせ、その金と生活物資を交換することにしたのだ。
そして、金やブルーストンが無いところにしか、森はできないと、教えたのである。
すぐにシビリアンの多くは、自分で金を集めるよりも、人が集めた金を奪った方が、てっとり早いことに、気がついた。
また、自分が金を持っていれば、他人がそれを狙うだろうことにも、気がついた。
そしてイノセントが教えるまでもなく、シビリアンは「より大きな集団の方が、戦いに勝つ」ことに、気がついた。
金を持ったシビリアンは、その金を使って他のシビリアンを雇うようになった。つまり、金でつながった疑似的な集団が、できはじめたのである。
さらにイノセントは、シビリアンに掘削機や武器を交易のラインナップに加え、より儲け、儲けを安全と次の儲けのために使う者が、さらに儲けられるようにし、それにより貧富の差が固定化しないように、常に争いごとが起きるように、裏工作した。
イノセントは、より組織を作り、動かすことがうまく、目端のきく者、そうした者に「運び屋手形」を発行し、イノセントと取り引きをする特権を与えつつ、監視した。
こうして、運び屋、ロックマン、ブレーカーといった職業が、発生し、金の流れによりイノセントは、容易に彼らを監視、コントロールすることが、できるようになったのである。
そしてシビリアンに、完成の兆しが、見えはじめた。
しかし、イノセントはさらに疲弊しつつあった。
体質は、ますます虚弱になり、イノセントの象徴たるトップ・リーダー、アーサー・ランクは、先天性のアルビノで、健康とは言いがたかった。
他のイノセントたちも、未来への夢を失い、ただ今を平和に生きることを望む者が、過半数を占めるように、なっていた。
シビリアンに対するプログラムもルーチンワークとなり、現状を変える要素には、感情的な反感を抱くようになったのだ。
……ザブングルに登場するイノセントたち。それは、イノセントたちの中でも、特に気力を保っている人々である。
この番組の、最大の悪人であるカシム・キングも、なんの役にもたたないシビリアンを、滅ぼすつもりはなかった。
なぜなら、シビリアンを失えば、イノセントの存在理由がなくなってしまうことを、知っていたからだ。
カシムは、アーサー・ランクに対する情報を制限し、アーサーをイノセントがあるべき理想の状態に保った。アーサーもまた、イノセントにとっての心のより所となっていたことを、知っていた。
カシム・キング。彼は、自ら滅び行くイノセントの運命に抵抗した男だった。
ビラム・キィ。彼は、エリート意識の強い男であり、現状の中で出世することを、望んでいた。
Dr.マネ。彼女は研究の中に、生きがいを見いだしていた。
ビエル。彼は、実験を続ければ、シビリアンの完成の次に待っているのがイノセントの滅びであることを知りつつ、イノセントの使命を捨てられなかった。使命に魅せられたといってもいいだろうが、それは彼の魂に安らぎを与えることはなかった。
ドワス。イノセントの滅びに抵抗し、行動した。イノセントの中で、もっとも生命力(あるいは若さや、精神の健康さ)にあふれた人物だった。
そして、アーサー・ランク。彼は、イノセントがシビリアンと共に歩むことを、イノセントたちに説いたが、シビリアンのために自らの命を捨てることによって、イノセントを未来を象徴した。
そして、世界は変わってゆく。イノセントがいない世界へ。
シビリアンが、自活しなければならない、より過酷な世界へ……。