世界についての妄想
クレイドル不要論
クレイドルの生命維持装置で眠っているベルーニたちを、全部殺ちゃえっていうのは、ヴォルスングオリジナルのアイデアではない、のではないか? という話。
きっかけは、浄罪の血涙の後のヴォルに対するファリドゥーンのセリフ。
ファ「しかしッ! いくら穏健派の者たちとは言え、無抵抗な同胞の命をそう簡単に扱うのは許される事ではありませんッ!」
犠牲になったのは、穏健派ばかりらしい。
クレイドルのうち穏健派の施設のみが犠牲になったか、
クレイドルを利用するのは穏健派だけだったか、
穏健派がクレイドルを独占していたか。
穏健派がクレイドルを独占し、強硬派には使わせないよ、というのも変な話だ。以前はそうだったかもしれないが、今は強硬派の天下なのだから。
それに強硬派と穏健派が、暮らしからして別行動ではないことは、ファリドゥーンとダイアナを見ていればわかる。
強硬派のファリドゥーンが、穏健派の祖母ダイアナに、クレイドルでの検査と療養を勧めている。またそのRYGS家に、やはり強硬派のペルセフォネが、訪ねて来ている。
今は活動している穏健派は、艦長とその一派であり、どうやら主勢力となった強硬派からは犯罪者扱いのようだが、本来右翼か左翼か中立か、ぐらいの違いではないかと思う。
艦長が宇宙を制しているために、クレイドルへの行き来が阻まれている、というのも考えづらい。そういうことをする人ではないだろうし、だいたいエルヴィスがクレイドルに入り込んでいるし。
ともかく穏健派が、クレイドルを独占し、強硬派を排除しているというのは、考えがたい。
穏健派が主流だった間に、クレイドルは一杯になってしまった可能性なら、あると思う。
それこそRYGS家のダイアナは、穏健派においても偉い人で、しかも孫息子が強硬派の偉いさん。特別枠ぐらいあってもおかしくないだろう。
枠がなくてもダイアナの場合は、まだ生命維持装置に入るという話ではなく、療養と検査だし。
だとすれば、生命維持装置による延命のチャンスもなくなったから、人々が強硬派に流れた、という可能性もある。
もちろんその場合、まさにファリドゥーンとダイアナの関係のように、クレイドルに近親者がいる強硬派も、多数存在することになる。
それでも、クレイドルの存在は、疲弊するベルーニにとって、日々負担を増してたのではないだろうか?
あと数年でベルーニが全滅するというのだから、すでに発症者は何割の大台に達していると思う。
ライラベルやトゥエールビットは、ベルーニの街だ。だが、道行くベルーニは、防護服に身を包んだ軍人ばかり。
もちろん普通のベルーニも、防護服に身を包んでしまえば、見分けなどつかないが、話しかけたら普通の人だったということはない。
軍人じゃないベルーニは、偽セシリアと、バスカーと、情報局と、それからカルティケヤと、数えるばかり。
生産活動はもとより、ミラパルスには、常勤でニンゲンを見張っているベルーニがいない。ポンポコ山にはいるが、これは名目だけであっても、ニンゲンの持ち山だ。
ミラパルスのショップ店員によると、ベルーニに認められて店を任せられているっぽいが、ライラベルやトゥエールビットでは、普通にニンゲンが店を構えている。
ダイアナの権力が支配するトゥエールビットだけならともかく、ライラベルはそれこそベルーニのお膝元であるはずだ。
クレイドルで眠る者たち以外にも、発症者はかなりいるはずだ。
そしてその何倍かは、発症者の看護に人手を取られる。
それこそ、穏健派とはいえ、ニンゲンは立ち入りならぬRYGS邸に、ニンゲンのメイドが採用されるほどに。
そして単純労働や、年貢をむしりとればいい農業ならばともかく、一定水準以上の技術を求めるなら、そうそうニンゲンも使い捨てにできなくなる。
つまりルシルのようなメイド兼看護人の代わりは、そうそう見つけられないということだ。
ベルーニが大量にいて、様々な技術をまかなえている間なら、ニンゲンの技術など、当てにする必要はまるでなかった。
いやそうでなくても、ARMを与える程度には、ベルーニはニンゲンを(見くびってもいたが)保護していた。
ともかくベルーニは追い詰められ、もはやエネルギー資源的にか、人材資源的にか、生命維持装置の増設もままならず、Ub治療の目処も立たず。
けれどすでに眠る穏健派のベルーニたちが、エネルギー資源や人的資源を、食いつぶしている。
あと数年でベルーニが滅びれば、所詮眠るベルーニたちの命運も尽きる。
新たな発症者は、そのクレイドルさえ利用できない。
少なくとも、全ベルーニが定期的に健康診断を受けて、Ub発症とその進行に従ってクレイドルを利用できる状況にあるのなら、ファリドゥーンの両親や、ペルセフォネの姉も、Ubで命を落とすことは、なかったはずだ。
公式設定資料集によれば、クレイドルの事故で大量死事件がすでに起きている。クレイドルも安心して未来に運命を託すことができる場所では、もはやない。
クレイドル大量死事件が、強硬派のテロと取られていたら、強硬派が天下を取ることも、できなかっただろう。
たぶん、ベルーニにはテロなどではなかったとわかる明白な理由で、その事故は起きたのだ。
たとえばUb対策研究中に生み出された凶暴な魔獣の暴走といったもののせいで。
そしてその研究者たちは、穏健派の研究者たちでもあったのではなかろうか?
中立のバスカーのほかに、穏健派、強硬派がそれぞれ研究者を抱えていたと考えるのは、難しくはないはずだ。
現に教授は、バスカーとの繋がりがあるようだが、強硬派の立場のまま研究を続けている。
だが穏健派側研究員は、Ub対策に狩り集められ、そしてこの事故に真っ先に巻き込まれた。
そして艦長は、それを抑え切れなかった。
あんだけ強い人が、魔獣を退治しきれなかった。
それは同時多発で、艦長の身は一つしかないとはいえ、こうなると穏健派に対する失望に繋がっていく。
強硬派だって、そこを遠慮なく突く。
そして続ける。
もはや我々には、クレイドルを維持する余力はない。クレイドルでの延命は、現実的ではない。
魔獣が発生してからこっち、眠りにつく者たちを、見舞うことも、簡単にできる話ではなくなった。
何年か前に眠りについた者と、今目の前で苦しんでいる発症者。いつ自分が、家族が、発症するかおびえる日々。今目の前にいる家族や自分とは、もはや無縁のクレイドル。
Ub研究の人材さえ失った穏健派。
一方強硬派は、バスカーにも顔が聞くエルヴィスを押さえもした。
さらにアヴリルを発見し、目覚めさせもした。
とすれば、ベルーニたちが強硬派に流れるのも、当然という気がしないではない。
もちろん、強硬派であれ、今眠っている人を殺せ、とは言えなかっただろう。
わざわざ殺す理由もなかった。
治療法のない人々を目覚めさせても、殺すのと変わりないし、余命が少ないとはいえ、介護を必要とする大量の人々の面倒を見る人手もない。
とにかく今生きて活動しているベルーニを優先して、いかなる手段をもってもUbから逃れる方法を追及する。
たぶんこれが、強硬派だ。
ニンゲンに対する態度なんて、正直一般のベルーニにとって、どうでもいい。のうのうと生きているニンゲンが、憎ったらしくはあるけれど、それよりともかく我が身、我が家族。
むしろヴォルスングの方が、ベルーニとニンゲンの壁は神聖だとか言って、拘っている。
けれど一般の、普通のベルーニにとっては、もはや溺れかけて、一枚の浮き板を争っている状態だ。
ベルーニの運命があと数年という情報が、公にされていなくとも、ベルーニはそれを肌で感じているはずだ。
そりゃあ自分だけなら、他に譲ろうというヤツもいるだろう。だがニンゲンは、ベルーニの護るべき妻でも子でもない。
教授だって、キャロルがいない状態では、ベルーニを優先するのは、当然のことだ。
穏健派というのは、建前派なんだと思う。
筋が通ったのは艦長とその一派ぐらいで、それでも一歩間違えば、現政権に対するテロ活動。
ニンゲンをあまりイジメちゃかわいそう、とか言いつつ、じゃあ言ってる本人がニンゲンと友だちになれるのか? 友だちになろうとしたのか? というと、大いに疑問で。
ヴォル両親への風当たりも強く、ヴォル父暗殺の首謀者も公式設定資料集によると穏健派だったわけで。
ニンゲンのための奉公制度を作ったお優しいダイアナ様ですら、ずーっとRYGS家の敷地はニンゲンはいるべからずだったわけで。
艦長たちとトニーじいちゃんのケースにしろ、ベルーニ穏健派が考える平等というのは、ニンゲンを無理やりベルーニ化することだったんじゃないかな。
基礎体力も体格も平均寿命も文化も違うニンゲンを、ベルーニ基準で採点して、程度が低い、引き上げてやろうと。
一方強硬派は現実派。
しかもかなり穏健派は分が悪い。
強硬派に言わせれば、クレイドルを維持できず、研究も続けられず、しかも強硬派が目覚めさせたアヴリルを奪おうとして行方不明したのは、全て穏健派。
ただ希望を捨てていないだけの艦長と、TFシステムを稼動させたらニンゲンは滅びるけどベルーニは生き延びることができるというヴォルスング。
艦長は、科学者としてのアヴリルがニンゲンを滅ぼさずにUbを解消する方法を見つけることに賭けたかったんだろうけど、あっさり行方不明にさせただけ。
TFシステムの可動は妨害したけど、Ub解決の手段はまるで見当もついていなくて、頼みのアヴリルも行方不明にしてしまって。
強硬派に、「クレイドルの人々の生命エネルギーにまで手を出さなければいけなくなったのは、穏健派がアヴリルを誘拐したせいだ」と言われても、しかたない状況じゃなかろうか?
それが正しいことかどうかはさておいて、いや艦長としては正しくないことだと信じているからこその行動だったはずだけど、普通の、今生きて活動しているベルーニたちに、それがどこまで通用したか。
クレイドルの人々を治療する目処もないのだから、未来の可能性のために、その生命エネルギーを生きている者たちのために使って何が悪い?
もちろんこれは、人類を滅亡させたいヴォルスングの、この時点の建前だけど、藁おも掴む状況のベルーニにとって、それはショックで悲しい出来事には違いないだろう。
それでも全てを失うよりはと考えはしなかっただろうか?
しかもそれを率先しているのは、その計画が成功したら、命を失うだろうハーフの若者だ。
ヴォルスングは、自分の命を犠牲にしても、ベルーニの延命のために手を汚してくれている。
これじゃあファリドゥーン、いくらダイアナを殺されても、逆らえません。
現実問題として、クレイドルはベルーニにとって役に立たず、負担なだけだった。
現実主義なのが強硬派だとすれば、それはファリドゥーンもわかっていたはず。
頭では。
けれど血涙の浄罪までは、その準備はただの穏健派への脅しとしか、考えていなかったっぽい。
まあ、そこがファリドゥーンの、甘いところなんだけど、本当に撃つとは、思っていなかった。
それでダイアナが死ぬことになるとは、思っていなかった。
けれどわかっていたはずだ。少なくとも計画が成就すれば、ヴォルスングは命を落とすのだと。
その計画に、いくらヴォルスングの望みとはいえ、加担した。
ダイアナ自身は穏健派として有名だったと思うんだけど、これまでのいろいろな出来事(ヴォル父暗殺、ヴォル暗殺未遂、ファリ両親が治療を受けずに亡くなったこと、孫息子が強硬派についたこと)で、事実上はほぼ強硬派だったんじゃないんだろうか?
それでもファリの肉親の情っていうのがあり、建前としてはダイアナは穏健派で、だからダイアナを、穏健派としてロクス・ソルスに療養に送り出し。
で、そのタイミングでヴォルスングがやらかした。
発症して死を待つベルーニが、他にもいっぱいいるのに、地位や権力や立場を利用して、祖母を生き延びさせようとしたのも同然で。
それはまったくの、ダイアナの意思ですらない、ファリドゥーンのわがままで。
命を捨ててもベルーニを救おうとしているヴォルスングへの裏切りで。
知ってたんだよ。ファリは。浄罪の血涙の準備をしていることを。
知ってたけど、いろいろと都合のいいように思い込んでいた。
そして現実をつきつけられた。
ベルーニ世間的にも、「何て事をしでかしたんだ!」という声もあっただろうが、「ついにやらかしたか!」という声の方が、大きかったんじゃないだろうか?
何をしでかすかわからないハーフのヴォルスングだからこそ、越えてはいけない一線を越えて、ベルーニを救ってくれるのではないか? と。
強硬派とはいえ、ニンゲンを犠牲にすることに罪悪感を持つ者がいたとしても、先にベルーニが犠牲を出したというのは、歪んではいるけど免罪符になる……ような気がしないでもない。
ファリドゥーンは、自分の大事な人がいなくなるとは言うけれど、ヴォルが自滅する計画に、わかって手を貸していた。
今更ダイアナのことで、恨み言など言えはしない。
ルシルを死なせたくないなど、言えはしない。
「あたしを護ってください。あなたがあたしを護りきる事ができたのなら、それが何よりの証拠になりますでしょう?」
そう言われても、それに何やら感動しても、護ろうとしなかった。
やはり大切な人を失ったのは、そしてさらに失うのは、自分のせいなのだと。
ルシルも、そしてヴォルスングも。
そりゃあ朽ち果てたくもなる。
で、この後チャックに怒られて、ヴォルスングの全部ぶっ殺す宣言があって、事態は変わるわけだけど。
それをどう捉えるかはベルーニそれぞれだろうけど。
問題はその比率で。
えーっとですね……。
いきなりの全部ぶっ殺す宣言までの、彼の強硬派的善意を信じるベルーニも、多少はいるのではないか? と。
だってぶっ殺す宣言いきなりだし。
怨念のせいでした。より信じやすいんじゃないか? と。
ヴォル政権以前から、クレイドル無用論があったなら、それもありなんじゃないか?
と、そんなことを考えた。
当面口には出せないし、世間の風潮が強いと、次第にやっぱりヴォルが悪いになっていくかもしれないけど。
追伸
チャックは、ファリにヴォルのこと頼まれたのに、スルーしてすまん。
でもさ、チャックはヴォルのこと、何にも知らないんだよ?
ミーディアムに記録されていた過去の光景も見ていない。
昔ハニースディにやってきたあの追い出された渡り鳥がジョニー・アップルシードとか言ってたっていう話も、聞いてない。
ジョニー・アップルシードは誰かって言う話は、すぐに艦長っていう話になっちゃったし。