チャックは、足の長い渡り鳥から、大きな木箱を受け取った。
箱には『CHOCOLATE』の焼印。
ちょっと早いが、季節はバレンタイン。
仲間たちの視線が突き刺さるが、チャックは気にしない。にっこり笑って足長に、礼を言う。
足長が耐え切れず悲鳴を上げる。
「俺は配達を依頼されただけだからな!」
「なにが?」
チャックは、ついっとまゆを片方上げた
宿に腰を落ち着けると、さっそくチャックは箱を開ける。
「誰からなの?」
レベッカには見当はついているものの、改めて問う。
「ルシルさ」
さらに厳重に梱包されたその中身は、レンガのごとく固く焼き締められたチョコケーキ。
飾り気はないが、保存性は高そうな渡り鳥仕様。
が、あたりを甘い香りで染め上げた。
普通のお店で買えるチョコレートとは格が違うと、ただそれだけでわかる。
ディーンなんか、ヨダレをたらさんばかりで、そのかたまりを見つめている。
「すごいわねー」
レベッカは、『もしかしてルシルさん、まだチャックに気があるんじゃ』と考える。
これが義理チョコとは思えなかったからだ。
実は、レベッカはすでに、ディーンのためのチョコレートを手に入れていた。
バレンタイン当日に渡そうと、荷物の底に隠してあるが、このチョコケーキに比べたら見劣りがする。自分の本気チョコが、義理チョコに負けるとは思いたくない。だからこれはきっと本気チョコに違いない。
が、余計なことは言わずに口を閉ざす。
代わりに口を開いたのは、意外なことにグレッグだ。
「ずいぶん重そうだな」
「え? 見ただけなのにわかるのかい?」
どうやら本当に重かったらしい。
グレッグの感想には、チャックだけでなく、レベッカも少々驚いた。
「あてを用意してから喰った方がいいぞ。濃くいれた茶が欲しくなる。強い蒸留酒にも合うな」
しかも詳しい。
注目を浴びて、グレッグが帽子の鍔を引く。
「いや、生前妻が、そういうヤツを焼いてくれたことがあったんだ」
「じゃ、お茶でも入れるかな」
ケーキを見つめていたディーンが、やっと顔をあげる。
「なあ、チャック」
「ダメッ!」
レベッカは、もしディーンが自分がプレゼントしたチョコを、一口だって味見だって、誰かに食べさせたら。と、そこまで一気に想像して、とりあえず声を張り上げる。
「ダメったらダメーッ!」
「な、なにがダメなんだよ」
「ディーン! 今チャックに、一口ちょうだいって言おうとしたでしょ!」
「な、なんでわかったんだ?」
「顔に書いてあるもん」
「え?」
ディーンが袖で、ごしごしと口元を拭う。
「チャックがもらったチョコケーキなんだから、遠慮しなさいッ!」
「いや、いいんじゃないか? こいつは大きいからな。一人じゃ食べきれんだろう」
「グレッグッ!」
グレッグもディーンの同類だったのかと、レベッカは頭がくらくらしてきた。
チャックの性格からして、まわりに煽られればきっとやらかす。
「じゃ、みんなで食べようよ。お皿かりてきてさ」
ほら、やらかした。
チャックの言葉に、レベッカは肩を落とす。
わかった。男はどいつもこいつも無神経なんだ。鈍感なんだ。ニブチンなんだと、自分に向かって言い聞かせる。バレンタインのチョコを、ただのいただき物としか思ってない。女の子の気持ちを、わかってない。
あまりのことに、キャロルだって目を丸くしてる。アヴリルだって、きっと……。
「キャロル、わたくしたちは食堂に、お茶をいただきにいきましょう」
「ええーッ!」
にこやかにキャロルをさそうアヴリルに、レベッカも目を見開く。
「え? 私たちもいただいていいのですか?」
おずおずと口にするキャロルだけが、今は仲間だ。その支援に力づけられ、レベッカは叫ぶ。
「チャック! それにディーンもグレッグもッ! そういう女の子からの気持ちのこもったプレゼントを、人にあげるもんじゃないのッ! たとえ甘いものが嫌いであっても、たとえ焦げても、全部食べるのが礼儀なんだからねッ!」
レベッカが怒れば、チャックは手紙をつまみあげて指差し、ニッと笑う。
「ボクは甘いもの大好きだよ。独り占めしたいぐらいさ。けどルシルが、『みなさんでどうぞ』ってね。独り占めしたとバレたら、ボクが怒られちゃうよ。だから遠慮はいらないさ」
「ええーッ!」
チャックから手紙をむしりとって、確かめる。
確かに書いてあった。『あんた、どーせまわりに迷惑かけてんでしょーから、たまにはお仲間におすそ分けしなさいよね。一人じめしたら許さないわよ』だったが。
「あ、写真?」
「ああ、これかい?」
手紙に同封されていたその写真には、さらに巨大で見栄えもよくデコレートされたチョコケーキが、どや顔のルシルと一緒に写っている。
「『彼』には、これを贈るらしいね」
チャックはヘラヘラ笑いながら、肩をすくめた。
おすそわけのチョコケーキは、濃くて甘くて、ほろ苦かった。