(C)hosoe hiromi
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手紙

 このファルガイアでも、南東地方は、自然に恵まれている。
 大きな湖があり、緑も濃いため、小さな農村が点在し、荒野と呼ぶのがはばかられるほどだ。
 自然だけでなく、湖畔には美しい遺跡が佇み、山には古代の遺物が眠っている。
 だがこの地方は、ベルーニの文明の恩恵と搾取のバランスを欠き、寂れる一方となっていた。

 そこに、一人の渡り鳥がやってきた。
 立派なARMを携え、青い髪を赤いバンダナでまとめている。
 もちろん、この世界においては、一人前であればARMの携帯は当然のことだが、見る者が見れば、一般に配布されているちゃちなものではないと、わかるだろう。
 事実、見かけはぎりぎり少年だが、渡り鳥たちは彼が実力あるベテランだと知っている。
 一人旅だが、最近その勢力を増しつつある魔獣も、彼にとっては脅威ではないのだろう。
 彼は、とある隠れ里から、この地方の最奥にある小さな村への手紙を、あずかってきた。
 依頼人の話によると、村はありふれた小さく貧しい農村で、新しい物事を嫌う警戒心の強い住人たちが、細々と暮らしているそうだ。
 そこへ手紙を届け、もし受取人が望むなら隠れ里へ連れて来て欲しい。それが彼が受けた依頼だった。

 赤いバンダナの渡り鳥は、村に入る前から、異変に気づいた。
 寂れているのは、このあたりでは当然としても、度が過ぎる。
 村と荒野を隔てるバリケードは、もとよりちゃちなものであったようだが、崩壊してしまっている。
 それを乗り越えれば、畑は雑草に覆われている。
 それだけなら、この地方でよく見られる、放棄された村にすぎない。
 だが、雑草の合間合間が、不規則に掘り返されている。
 そして、彼の姿に気がついて村の奥へと走っていく小さな影。

 まもなく、村の住民たちが手に手に武器を持って現れた。
 武器といっても、農具のたぐいだ。
 防具のつもりなのか、大きな鍋を腹にくくりつけたり、小鍋を頭にかぶっている者もいる。
 一番大柄で、割とまともな武器防具を身につけたヤツが、一歩前へ出た。
 赤いバンダナの渡り鳥は、彼らの姿と、敵意を隠しもしないその眼差しに、唇を硬く結ぶ。
「お前はARMを持っているな」
 そうだ、とバンダナの渡り鳥は返答する。
「この村には、ARMを持った者は入れねえ決まりになっている。今すぐ出ていかなけりゃ、ぶっ殺す」
 確かに、バンダナの渡り鳥を除き、ARMを持っている者は、ここには一人もいなかった。
 だからこそ圧倒的な戦力の差がある。争いになっても、赤いバンダナの渡り鳥が負けることはないだろう。
 だが渡り鳥は、静かに手紙を預かってきたと、彼らに告げる。
「ここには手紙を受け取るヤツはいねえ。字が読める連中は、みんなおっ死んじまったからよ」
 村人たちは、代表の言葉がさも面白い冗談だとばかりに、ゲラゲラと笑う。
 その声を聞き、敵意を背中に受けながら、赤いバンダナの渡り鳥は村を離れた。

 数日後、依頼主の所へと戻った渡り鳥は、目にした事を報告した。
「そうですか。村はすでに滅び、ゴブに占領されてしまっていましたか」
 南東地方では、もはや珍しくもなかった。
 畑の収穫物は年貢として取り上げられ、足らぬ分を労働力で納める。
 出稼ぎで補おうとする。
 働き手のいなくなった村は、魔獣の襲撃を防げなくなる。
 それゆえ村を逃げ出して、隠れ里を開拓し、残った者を呼び寄せようとする者もいる。
 だが今回は、間に合わなかったようだ。
 はたして、人が滅びた村にゴブが住み着いたのか、あるいは人を滅ぼしてゴブが住み着いたのか。
 ゴブたちは、まもなく村に残ったわずかな資源を食い尽くすだろう。
 だがそれまでは、その村にいる。
 たとえ渡り鳥が、その力をゴブに示し、何匹か倒すことができたとしても、大半は逃げ出して他の村を襲うだけの話だ。
 渡り鳥が依頼主に手紙を返そうと差し出すと、依頼主は悲しそうにほほえみながら、それを拒む。
「それは居所不明の相手への手紙として、引き続き引き受けていただけませんか? そうしてくだされば、私は受取人が村を離れ、このファルガイアのどこかで生きているかもしれないと、希望を持つことができますから」
 バンダナの渡り鳥は、改めてその依頼を引き受けた。

2010/09/01
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