(C)hosoe hiromi
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キャロルの誕生日

 旅の途中、よくある事だが、ディーンはお腹が減ったらしい。
「レベッカぁ、オレの誕生日に、またアップルパイ作ってくれよ」
「まったくディーンってば、あたしのアップルパイなら、別に誕生日じゃなくったって、食べてるじゃない」
「旅に出てから全然じゃん。だから特別でかいやつッ! 今度はみんなで食べようぜッ!」
「だから、旅の途中でアップルパイ作るのは無理なんだってばッ! でもそうね、何か他の・・・・・・」
「あうあう」
「そっか、アヴリルは記憶喪失だから、誕生日わかんないんだ」
「すごいです。レベッカはどうして、わたくしのかんがえていたことが、わかるのですか?」
「だって、顔に書いてあるもん」
「あうあう」
「やだぁ、鏡見ても、書いてないって」
「冗談です」
「え!?」
「うふふ」
 あちこち走り回っていたディーンが、ぐるっと一周して戻ってきた。
「アヴリルは、オレたちと出会った日を誕生日にしようぜ!」
「あ、それいいかも! って、それってずいぶん先じゃない」
「それまでに思い出すかもしれないだろ?」
「それもそっか。それに、あたしたちが出会って旅に出た日なら、アヴリルが誕生日を思い出しても、ずーっと記念の日になるし」
「じゃ、決まりだなッ! 記念日はごちそうにしようぜッ!」
「もうディーンったら」
 誰かの誕生日や何かの記念日は、気持ちちょっとだけであったとしてもメニューが増える。そしてそんな特別な日は、こうしてどんどん増えていく。
 レベッカも、ちょっと困った顔をしてみせながら、そんな日が増えていくのは、嬉しいことらしい。
「ねえ、グレッグの誕生日はいつ?」
「大人の誕生日なんか、子供が気にすんじゃねえ」
「えー、いいじゃん。グレッグ、教えろよ~」
レベッカが振った話に、さっそくディーンも食いついてくる。
 ディーンに腕を取られてぶんぶん振り回されて、グレッグは照れているようだ。
「グレッグから聞き出すのはディーンにまかせといて、キャロルは誕生日はいつ?」
 レベッカはしっかり記録するつもりらしい。いつもの日記帳を開いてペンを手に、にっこりキャロルに笑いかける。
「え? あ、はいです、えっと、その」
(どうしましょう。私は自分の誕生日を知らないのですが、私には何の記念日も、いえ、思いつきました!) 「はい、私の誕生日は(教授に出会った日)ですッ!」
「もうすぐじゃない! その日にはお祝いしようねッ! アップルパイは無理だけど、焼きリンゴ作ろうっか。キャロルは焼きリンゴ好き?」
 グレッグを引きずったまま、ディーンがやってきてまた口を挟んでくる。
「オレは好きだぜッ! レベッカが作る焼きリンゴッ!」
「もうディーンってば、さすがに焼きリンゴは誰が作っても同じだって」
「そんなことない。オレも作ってみたけど、まずかった」
「どこをどうすれば、焼きリンゴ失敗するのよ」
「わたくしも、キャロルにやきリンゴをつくってあげたいです。レベッカ、わたくしにも作り方を、おしえてください」
「よし、リンゴはオレが調達しておこう」
 あれよあれよの展開に、あっけにとられていたキャロルだが、やがて満面の笑みを、賑やかな仲間たちに返していた。

2010/08/01
チャック加入前らしい
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