移動中、チャックは風景に幾ばくかの不自然さを感じて足を止め、そのまま数日地面を掘り返し、当たりを見つけた。
想像していた以上の大当たり。小型とはいえ、ほぼ丸一体の完全なゴーレムだ。
いや、丸一体の完全とは、ほど遠い。
腕は一本欠けていてるし、指のような細かなパーツは吹っ飛んでいる。
足も両方ひんまがり、頭はひしゃげ、目に相当する部分は溶け出している。
本来朽ちることのない古代の申し子であるにもかかわらず、表面は一様にくすんでいる。
もちろん完全に沈黙している。
それでも『彼』は、これまでチャックが見つけた中で、もっとも原型を保たゴーレムだった。
そして見つけて貰ったと、喜んでいる。
ゴーレムとしての生命を終えても、そのパーツ一つ一つが、たとえネジ一本になったとしても心を持つ。
それは、ゴーレム好きのニンゲンの間で語られている、おとぎ話のようなものだ。
だが、小さなパーツ一つに対してさえ感情移入する者は、少なくない。
特に現場で直接携わっている者たちは、パーツの気持ちを感じ取ると、口をそろえて主張する。
パーツは、誰かに見つけられ、関わることを喜ぶのだ。
なぜそのゴーレムが、そのパーツが、そこに埋もれることになったのか、個別の事情はわからない。
ただこのゴーレムの状態を見れば、おおまかな事情は想像できる。
状態のいいまとまった数のパーツやゴーレムがある採掘場は、たぶんゴーレムの工場や整備場や、あるいは基地だったのだろう。
噂に聞く、完全稼働状態のゴーレム多数が護りを勤める遺跡は、主を失った重要拠点だったのかもしれない。
荒野でぽつねんと埋もれているゴーレムは、壊れている。
戦いに敗れ、治らないほどの怪我をしたのだ。強い力で叩きのめされ、岩をも溶かす高温で焼かれたのだ。
けれどチャックには、ゴーレムをそのような状態に追い込む力を、想像することができなかった。
ボクは大きな街にいた。とても大きな街に。
たくさんのヒトがいた。とてもたくさんのヒト。
大きな争いがあったんだ。とても大きな争い。
ニュースでやってた。遠くの出来事。
だけど突然、ボクたちの上に、大きな力が降ってきた。
ボクは壊れて、埋もれたんだ。
ボクと一緒にいたヒトたちを、あれきり見ていない。
けど、きっと誰かが迎えに来てくれると思ってた。
チャックはそれを、自分の心が生み出したフィクションだと考える。
大きな街も、大勢の人も存在したのかもしれない。
ゴーレムを壊すような、激しい争いもあったのかもしれない。
けれどゴーレムが、そのパーツが、具体的に自分に話しかけるなど、あるはずがない。
「まいったな」
誰に言うでもなしに想いを口にし、土にまみれた手袋で、わしゃわしゃと頭を掻く。
髪の方は、もとよりここ数日の発掘作業で、土まみれだ。
そして、まいったのは、思った以上にこのゴーレムが、パーツと呼べないほど形を保っていることだ。
チャックの感情を受けて、ゴーレムが戸惑っている気がして、軽く深呼吸して心を閉ざそうとする。
割り切って、ゴーレムに心があるという妄想から、離れようとする。
ゴーレムは、所有者の意志を受けて動く。それは事実であっても、意志を受けるための独自の心を備えているというのは、ロマンチックなフィクションに過ぎない。
たとえ事実だとしても、ここまで壊れたゴーレムに、心が残っているとは考えにくい。
チャックは自分に、そう言い聞かせる。
いや、チャックはそう思いたかった。
心があるなら、心を持ったまま、このゴーレムは気が遠くなるような年月、埋もれていたことになる。
(ボクは、このゴーレムに自分を映して見てるだけだ。馬鹿げてる。彼は壊れた道具にすぎない。)
そう考えようとしてもうまくいかず、結局あきらめてゴーレムに語りかける。
「バラさせてもらうよ」
ゴーレムはさらに戸惑う。
「キミは身動きできないだろ? ボクもキミを担げやしない。だからパーツを、少しづつギルドに運ぶことにするよ。ギルドっていうのはね、キミみたいな子を探すハンターの集まりさ。そして見つけては、運び込むんだ。他のハンターにも教えるから、キミは近々一かけ残さずギルドに運び込まれるはずさ。すぐにみんなが迎えにくるよ。ギルドに集められたパーツは、再利用されるんだ。新しいキミは、いろんな物になるだろうね。ARMの一部になって誰かと一緒に旅をしたり、列車の一部になって世界中を巡ったり、もっと小型の乗り物になるかもしれない。あるいは都会のベルーニのテレビ局で番組作りを手伝ったり、ニンゲンの町にあるテレビの一部になってみんなに見つめられたり。もちろん、またゴーレムになるって可能性が一番高い。そんなに待つ必要はないはずさ。だから」
話を終える前から、ゴーレムは、いやゴーレムを構成するパーツたちが、喜びにざわめいた、・・・・・・気がした。
「だから、まずバラさせてもらうよ。慎重に、丁重にやる。覚悟はいいかい?」
そう口にすることで、ここまで形を保ったゴーレムをバラす覚悟を、チャックは自分に促したのだ。
その時、完全に機能停止しているはずのそのゴーレムが、チャックの前で身震いした。
「うわっ!」
ゴーレムはまるで立ち上がろうとするかのように伸び上がり、そして崩れ落ちる。
飛び退いたチャックの目の前で、ゴーレムがその原型を止めぬほどに、みるまに崩壊していく。
騒ぎが収まると、チャックは見事なゴーレムパーツの小山の前に立っていた。
パーツが一つ、小山からチャックめがけて転がり落ちてきて、足下でぴたりと止まる。
嬉しそうにチャックは笑い、パーツを拾って礼を言う。
「ご協力、ありがとう」
約束通り、パーツをギルドに届けつつ、他のハンターにも教えて回収を依頼した。
金を取れるほどの情報だが、それはしない。
礼に奢ると言われても、今夜はデートの先約があるからと辞退した。
ちょっと目を離せば、荒野はパーツの上に土の毛布を掛けて隠してしまう。
しかもチャックは、ただで情報をばらまいている。
ハンターたちは、こぞって出かけては、それぞれパーツをいくつか回収した。
実のところ、こんな幸運のお裾分けは、ハンターの間では特別すぎる話ではない。
一度に運べないゴーレムは、パーツにして運ぶしかないからだ。
普通は自分で価値ある部分を確保してから、金を取って残り物の情報を売る。
そうしないチャックがお人好しなだけだし、だからといって遠慮するのもバカげている。
それに、丸のゴーレムを発見してギルドに届けた奴が消えるという噂は、ハンターの間で広まりつつあった。
チャックがそこへ足を運ぶたびに小山は小さくなっていた。
あそこは全部回収されたという情報が出回ると、あらためて出向き、丁重に再探索して土に埋もれたパーツを一つ見つけ、これが最後の一つだと確信を持つに至る。
もはやそこに残っているのは、この所やってきたハンターたちが残した、キャンプの名残だけだ。
ハンターたちは、価値あるパーツから回収し、最後には小さなネジ一つ残さずかき集めていったのだ。
にも関わらず、チャックが手にした最後のパーツは、ゴーレムの心臓とも言われる中枢部だったそうである。