年貢が増えたのは、チャックのお父さんが亡くなった年。
チャックのお母さんが亡くなった後は、悲しむ余裕もなくなった。
それでもケントが村を出る頃はまだ、村を出ても帰って来られるって思ってた。
その頃、あたしたちが知らないうちに、古くなった櫛の歯が抜けるように、あたりの村が消え始めてた。
あたしたちの村も、じわじわと死かけてた。
山でも町でも、働きに出た人が帰ってくることはなくなった。代わりに戻るべき村を失った渡り鳥たちが、村に姿を見せ始めた。
生き延びたいのなら、歩けるうちに村を出るしかないって、わかってた。
村に残った人たちも、働いて払えと年貢のかたに連れ去られた。
労働者狩りのベルーニさえ、チャックは使い物にならないと捨て置いた。
空き部屋だらけの集合住宅。
チャックにはあたしが必要だし、チャックがいればあたしは頑張れるって、思ってた。
あたしは食堂の仕事にかこつけて、チャックの部屋の近くに引っ越した。
それぞれの部屋には台所がない。だからみんな食堂に来る。
村の人たちも、そして渡り鳥たちも。
具合が悪くて部屋を出られない人たちには、あたしが食事を配達する。
あたしは、笑顔だけは絶やさないようにしようと決めた。
食べる物はいつも足りなかつたけど、笑顔だけはタダだから。
けれどたいして長続きせず、誰かを叱り飛ばすことになる。
おおむねチャックを叱りつけ、チャックはヘラヘラ笑い出す。
そんなチャックが、あたしを置いて村を出ていくなんて、思わなかった。
便りを待ちはしたけれど、ついに一度も便りはなかった。
置いて行かれたその日から、そうなるだろうと思ってた。
荒野できっと死んだんだ。
ケントもきっと死んだんだ。
他の大勢と同じように。
こんな風に失うのなら、あたしはもう誰も愛せない。
たった一通の手紙が、山へ行った父さんの死を教えてくれた。
村を出た時には諦めてたから、チャックのお父さんが亡くなったと聞いた時みたいなショックはなかった。
チャックのお母さんが亡くなった時みたいに、悲しくもなかった。
あたしたちはもうみんな、誰かがいなくなることに、すっかり慣れっこになっていた。
誰かを失っても悲しまないですむように、誰も愛さなくなっていた。
まもなく年貢の季節だけれど、払える充ては、まるでない。
母さんは家に閉じこもり、父さんが稼いだ最後のお金を、お酒に変えて飲むことで、現実から目を反らしている。
疫病神のチャック・プレストン。
あんたがいなくなったって、この村は悪くなるばかり。
村を救った渡り鳥たちにふるまった焼きそばの残りに湯を差して煮込む。
村を出るあたしへの、せめてものはなむけに、少しでも食べていくようにと、作ってくれた。
大丈夫。雇い主は買ったばかりの労働力を、すぐに飢え死にさせることはないだろう。
あたしはそれを、母さんに差し入れた。
けれど母さんは、手をつけようとしなかった。
うす暗い部屋で、まるでそれがあたしだとでもいうように、瞬きもせずあたしを売った代金を見つめてる。
食堂のおばさんには、母さんにはもう酒を売らないよう、頼んでおいた。
何も言わない母さんに背を向けて、部屋を出る。
「母さん。あたし、行くから」
「帰ってくるんじゃないよ」
久しぶりに聞いた、母さんの声だった。
「帰ってくるな。余所がどんなにひどくったって、ここよりひどい場所はありゃしないんだから」
あたしはそれに答えずに、母さんの部屋を後にした。
ここにいる間なら、もしかしたらチャックが帰ってくるかもしれないと、ケントが帰ってくるかもしれないと、そう想うことができていた。
誰も帰ってこないのだから、あたしも帰れはしないだろう。
帰ることができるとしても、この村とあたし、どっちが長く持つだろう。
あたしの雇い主はいい人のようではあったけれど、そこに期待できるほど、あたしの強さは残ってない。
あの日から、あたしはもう誰も愛さないと決めていた。