(C)hosoe hiromi
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ミーディアム

「いつどこでどのミーディアムを手に入れたかなんて、いちいち覚えてないよ」
 デュオの質問に、チャックは首をひねる。
「第一、ミーディアムにオリジナルがあるって話さえ、ボクはディーンたちの仲間になってから、初めて聞いたんだ。それまではミーディアムにそんな違いがあるなって考えもしなかった。手に入れたり手放したりなんて、渡り鳥をしていれば頻繁にあるしね」
「まあそうでしょうね。その中でも月のミーディアムが、あなたの手に残ったんでしょうけど」
「それまでは、人の手から人の手へと渡ってたんだろうね」
「そう、そしてあなたが丁度いいタイミングで、月のミーディアムを手に入れた」
「いつどこで手に入れたかは、覚えてないって」
「そんなにも忘れられるものかしら」
「いつのまにか持ってたんだよ。そういやギルドからの報酬にも、ミーディアムを貰うことがあったっけ」
「ブランクミーディアムね」
「その中に紛れ込んでたとしても、おかしくないだろ?」
「ベルーニは、ブランクミーディアムを、ニンゲンへの報酬用に作っていたわ。でもだからこそ、ギルドっていうベルーニ直轄の組織で支払いに使われたのは、作りたてのブランクミーディアム。まあ、そのとき紛れ込んだっていう可能性は、ゼロじゃないんだけど」
「けど、すごいよ。一万二千年もの間人の手を巡り渡ったミーディアムが、あの瞬間ボクの手にあっったなんてさ」
「夢を壊すようで悪いんだけど、実質百年」
「え?」
「約百年前、オリジナルミーディアムの大半は、一端ベルーニの手に移ったの。当時発見されてなかった伝説のジョニー・アップルシード、アヴリルについての手がかりとしてね。その研究の一端としてブランク・ミーディアムが作られ、報酬として大量のミーディアムがニンゲンの手に渡った。流通しはじめたのは、それからよ」
「言われてみれば、その通りだ」
「オリジナルミーディアムの移動経路を遡ってみたわ。天と海は、バーソロミュー艦長が手に入れた。元ジョニー・アップルシードで穏健派のトップですものね。だけどそれを、技術を学びにきてたニンゲンのトニーに、ひょいとあげちゃったのよ。トニーにとっては、艦長から貰ったって以外は、他のミーディアムと同じものよ。でも、伝説のジョニー・アップルシードへの手がかりだと知っているベルーニにとっては、これは事件だったの。けどアヴリルの件はベルーニ内でも最高機密。いろんな確執があって、結局トニーが艦長の下を離れる一因にはなったっぽいわ」
「なるほどねえ」
「けど、気がついたらそのミーディアムはブランクになってたんですって。そのまま記念品としてしまい込み、ディーンとレベッカが旅に出るとき、まあ旅先で何かコピーする機会もあるだろうって餞別に贈ったの。で、旅に出てまもなく、ミーディアムは天と海のミーディアムになっていた。けどディーンもレベッカもミーディアムは初めてで、そういうものかと不思議に思わなかったそうよ」
「ってことは、つまりオリジナルミーディアムは相応しい人の手に渡るまで、力を失ってるってわけかい? なら、そうじゃない人があっさり手放すのも納得だね」
「それじゃただのゴミよ。ニンゲンは大事にしてこなかったでしょうし、教授も研究しようとは思わない。おまけにコピーの大元もなくなっちゃう」
「ややこしいなぁ。作った本人に聞いた方が早いんじゃないかい? アヴリルにさ」
「もちろん聞いたわ。いくらミーディアムでも、一万二千年後に現れるターゲットを、完璧に捉えることはできないんですって。常にある程度揺らぎが見込まれるから、揺らぎコミで活性化条件は二つ。ディーン本人かディーンを好きになる人。善良で世界を変えようとマジメに考え実行する非常識な人。持ち主がその条件から外れると、一時的にブランク可するそうよ」
 チャックは驚き、そして呆れ、それから面白そうに笑いはじめた。
「あははッ! なるほどねッ! そりゃあいいや! けどそれってさ、ディーンが生まれる前は、条件がものすごく成立しにくいんじゃないかい?」
「だからディーンみたいな性格や気質に対してってことでしょうね。ループしてるアヴリルにとっても、ディーンの性格や気質が重要であって、形や名前だけの別人に興味はなかったでしょうから。で、ディーンみたいな人か、ディーンみたいな人を好きになる人、良い意味で世界がひっくり返えそうって本気で考える人が手に入れたら、ミーディアムは活性化する。昔は神殿に置かれて、参拝者が試すわけ。条件にかなう人がいたらミーディアムが活性化して、これぞ神が認めた英雄ッ! って感じになるってわけね。ミーディアムも忘れ去られる前に、存在を主張できるわ」
「なるほどねぇ」
「さらに言うなら、コピー・ミーディアムは、ここらへんの性質がちょっと違うの。ニンゲンには無いに等しいほど活性化する条件がゆるくなる。ブランクに戻るのは手放した時だけ。けど、ベルーニに対しては活性条件が厳しくなる上に、手放さなくても勝手にブランクに戻っちゃう。ここまで過去のアヴリルが計算して作ったとは思えないけど、これってどういうことかわかる?」
「ミーディアムは、ニンゲンに対してのみ力を貸すってことだろ? でなきゃベルーニはニンゲンと手を結ぶ必要もなかった」
「それよりも直接的な影響があるの。Ub対策としてコピー・ミーディアムがベルーニに配布されても、手にしたベルーニが『ニンゲンのジョニー・アップルシードなんか認められるかッ! ニンゲンとベルーニが手を取り合う世界に変わるなんてまっぴらだッ!』なんて考えてると、効果を得られないのよ」
 チャックはさすがに顔をしかめる。
「そりゃあちょっと……。問題にならなかったのかい?」
「もともとニンゲン込みのファルガイアとリンクしてUbを解消する道具って触れ込みだもの。大半のベルーニにとって、あの時点でニンゲン=ディーンよ。ニンゲンは好きだけどディーンは嫌いなんてベルーニが何人いたかしら」
 チャックは顔をしかめたまま唸っていたが、やがて困った顔で口を開く。
「けどそりゃおかしいよ。その条件なら、艦長はミーディアムを使えたはずだ。トニー翁もだ。ボクはディーンは好きだけど、仲間になる前からあのミーディアムを使ってた。それまでは世界を変えようなんて考えつきもしなかった」
「艦長は、世界を変えようなんて思っていなかった。ベルーニが変わるべきだと思ってたのよ。しかも手放したのは、発病する前。トニー翁の場合は、技術を学んでいる間は世界を変えられるとも思ったでしょうけど、ニンゲンとベルーニは相容れないって失意のうちに天路歴程号を降りてるわ」
「そんなものなのかなあ」
「そしてあなたは自分を疫病神だと信じた上で、ゴーレムハンターになったらなんとかなるかも、なんて考えてたんでしょ? 神ってね、世界の一部を具現化したものですって。それを変えようとするのは、世界を変えようとしたってことじゃない」
「こじつけにしか聞こえないよ。それにボクは褒められてるのかい? それとも貶されてるのかい?」
「事実を指摘してるだけ。他の人については、アヴリル自身は自分をターゲットにするのは簡単だったはずだわ。グレッグは、ゴーレムを壊してベルーニにケンカを売るっていう時点で非常識。キャロルはARMもなしに荒野へ飛び出し教授に拾われることで、世の中にはありえそうもないことがありえるんだって考えられるようになっていた」
「ボクよりよっぽどまともだ」
「そうね。ともかく、長い年月の間にファルガイア中にオリジナル・ミーディアムが拡散散逸したとしても、ベルーニの帰還と共にベルーニがそれを集め出す。ブランク・ミーディアムが作られて、ニンゲンの間でミーディアムが珍しいものじゃなくなる。一方オリジナル・ミーディアムは、アヴリル発見と共に特別な価値を失うわ。ベルーニの手からベルーニに関わりのあるニンゲンの手に渡り、条件の合わない人の手からはすぐに離れる、やがてターゲットの手に渡る」
「なるほど。艦長からトニー爺さんを経て、ディーンとレベッカへ。教授からキャロル。バスカーからアヴリル。グレッグはどうなんだい? グレッグも、いつ剣のミーディアムを手に入れたか覚えてないって言ってたけど」
「ベルーニ側から調べたわ。剣と月は一端RYGSのダイアナの手に渡ってるの。RYGSは軍人の家系だし、ダイアナは月の女神の名前。そこらへんの絡みでそれになったんじゃないかと思うんだけど、まあ記念品扱いだったんじゃないかしら」
「グレッグもボクも、RYGSと関わりはなかったよ」
「ゴウノンの酒のお得意はベルーニ。最高級品の上物となれば、RYGSは上得意よ。直接グレッグにってわけじゃないけど、剣のミーディアムはその線でゴウノンに入ったんじゃないかしら。そしてあなたの場合、ヴォルスングかナイトバーンを間に挟めば成り立つわ。二人はダイアナから手に入れることが可能だった。けれどヴォルスングなら、ニンゲンにも受け入れられないと失意した時、ナイトバーンなら恋人を失った時、たぶんミーディアムはブランクに戻ってしまったでしょうね。ねえチャック、覚えてない? 月のミーディアムを、いつどうやって手に入れたの?」
「ごめん。覚えてない。いつのまにか持ってたんだ。けど、手に入れたのは旅の途中だよ。ハンターを目指して世界中を飛び回っていた一年の間さ」
「そう。もしかしたら、ディーンたちみたいに、旅に出たあとで活性化したのかもしれない」
 チャックはしばらく、無表情にデュオを見つめていた。が、やがて悲しそうに笑う。
「ああ、確かに村を出る以前から、ブランク・ミーディアムを一つだけ持ってたよ。けれどそれをいつどうやって手に入れたかは、覚えてない。それを調べたいなら、ヴォルスングやナイトバーンに聞いてくれ」
 デュオはそんなチャックの返答に、訳知り顔で微笑んだだけだった。

2010/06/01
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