手分けして、食事と寝床を支度する。
荒野の旅にも、ずいぶん慣れた。
グレッグはテントを張ってるし、キャロルはその近くで薪拾い。
ディーンはアヴリルとお喋りしてる。
だからあたしは、チャックを誘って水汲みに行った。
チャックと並んで歩きながら、こんなことを考える。
チャックはディーンより背が高い。
チャックは、ほっといても勝手にどうでもいいこと喋ってる。
ディーンなら、いつもゴーレムの話ばっかり。
チャックもディーンとはゴーレムの話をするけど、あたしにはしない。
そしてあたしは、ディーンに向かって叫びっぱなし。
だってディーンは、何か見つけては、勝手に走り出しちゃうから。
チャックは、あたしの歩幅に合わせて歩いてくれてる。
そしてあたしは、黙り込む。
「我慢ばっかりしてると、ボクみたいになっちゃうよ?」
「え?」
何の話してたのか、全然聞いていなかった。
だから、どうしてそう言われたのかも、わかんなかった。
チャックは、悲しいぐらいに優しく笑ってる。
「べ、別にあたし、何も我慢してないし」
それきりチャックは口を閉ざすから、間が持てなくて、思いついたことを聞く。
「ちゃ、チャックは、何を我慢してたの」
「あはは、ゴメン。ボクは我慢しきれなくって、いつも逃げ出してたからね。キミほど我慢強くはなかったよ」
あてずっぽうで、チャックの想い人の名を口にする。
「ルシルさんのために努力してハンターになったんでしょ?」
「それも逃げさ」
チャックは肩をすくめて悲しげに笑う。
たぶんチャックがお喋りなのは、今日ルシルさんの笑顔を見たからだ。
彼女が貴族の男に向けたその笑顔が何を意味するのか、あたしにも痛いほどわかったから。
「キミは強いよ。でも、我慢しすぎてないかい?」
キャンプが見えてくる。
ディーンとアヴリルは、まだ楽しそうにお喋りしてる。
あたしは二人から、目をそらす。
「いっといでよ」
「え?」
「フィフティフィフティだ」
それだけ言って、チャックはあたしのバケツを取り上げて、たき火を起こしてるキャロルの所へ運んで行く。
「ちょっとチャック!」
「あたって砕けろさ!」
チャックは立ち止まって振り返ると、眉を片方ひょいと上げた。
グレッグとキャロルがあたしたちに気づき、怪訝な顔をしてる。
ディーンとアヴリルも、お喋りをやめて、不思議そうにあたしを見てる。
話が見えない。わけわかんない。
みんなに聞こえるところで、そんなこと言わないでよ!
「ダメでも砕けるとは限らない」
チャックに言われ、わからず自棄になって叫び返す。
「砕けたらどうすんのよッ!」
「そしたら泣けるうちに泣けるだけ泣くのさ」
それだけはできないって、あたし、思った。
ディーンに涙は見せないって、あたし自分に誓ってるから。
「でないとボクみたいになるよ」
だいじな人と、別れるってこと?
後で後悔するってこと?
でもそれだと話の順番がおかしいよ。意味わかんない。
「レベッカ! 何かあったのか?」
ディーンが走ってくる。
そしてもちろんアヴリルも。
あたしは痛くなり始めた頭に指先をつきつけて、ため息をついてから、ディーンとアヴリルに笑って見せながら、全部チャックに押しつけることにした。
「チャック、平気そうなフリしてるけど、ルシルさんのこと相当きてるみたい」
「そうなのか? でも彼女、オレたちを屋敷に入れたお咎めも受けなくて、めでたしめでたしだろ?」
あたしはもう一つ、充分承知してる幼馴染みのニブさに対して、大きなため息を追加する。
「チャックは、泣きたいのに泣けないのではありませんか?」
アヴリルの言ってることも、唐突でわからない。
それはディーンも同じみたいで。
だってチャック、ポンポコ山で親友を見つけた時に、泣いて喜ぶ楽しみは後に取っておくって言った通り、村に戻ってから親友を抱きしめて、誰の目も気にせずワンワン泣いてた。
あたしは、涙を見るとじっとしてられないディーンが割り込もうとするのを、一生懸命止めていた。
「チャックは、泣くのを我慢してるのか?」
ディーンがそう言ったことに、あたしは驚いた。
さっきのあたしとチャックの話し、聞こえてるはずなかったから。
ディーンとアヴリルの方が、互いにわかりあってる幼なじみみたいに話が通じているなって思ったとたん、あたしの胸がちくちく痛み出して、泣きたくなってきた。
けどあたしは、なんとか笑顔を作って二人に向ける。
「あたしに聞くより、直接チャックに聞いてみたらいいんじゃない?」
「そうだよなッ!」
言い終わる前に走り出したディーンは、キャロルを手伝いはじめたチャックの所にたどり着く前にグレッグに捕まって、支度を手伝えと怒られはじめた。
「レベッカ。わたくしに、アップルパイの作り方を、教えてくれませんか?」
「え?」
「レベッカの作るアップルパイは、とってもおもしろい形をしていて、びっくりするほどおいしいと、ディーンがたくさん話してくれました」
「えっと、もしかしてさっき、ずっとその話をしてたの?」
「はい、ごめんなさい。あまりにもすてきなお話しだったので、ついキャンプのしたくを忘れて、話しこんでしまいました」
「そうだったんだ」
「レベッカ、わたくしもアップルパイを、作ってみたいのです」
「もちろんいいわよ! って言いたいとこだけど……」
「ダメですか?」
「キャンプじゃ材料も道具もないから、だからいつか、カポブロンコに帰った時に、一緒につくろッ!」
「おいしいアップルパイの作り方、教えてくださいね。約束ですよ」
「もちろんよ!」
「おもしろい形のつくりかたもです」
「そ、それはちょっと」
いつのまにか、あたしはアヴリルと、話し込んでた。
「お前ら! キャロル一人に飯の支度をさせる気かッ!」
「グレッグさん! 私一人でもできますから!」
けど、キャロルがちょっと寂しそうな顔をしてたのに気がついたから、ゴメンって謝って、三人で一緒に支度して。
支度しながらアップルパイの話をしてたら、キャロルにも教えて欲しいとねだられて、いつも教えてもらってばっかりのキャロルにそう言われるのは、くすぐったくって嬉しくて。
そこにグレッグがやってきて、またお喋りしてるって怒られるのかと思ったら、グレッグまでリンゴの話しをしはじめた。
食べ物の話を、ディーンが嗅ぎつけないはずなくて、チャックと一緒にやってきて、やっぱり食べい食べたいって騒ぎ出しすし、どうやらチャックもディーンから吹き込まれてたみたいで、ぜひ食べてみたいって言われるし。
そんなわけで、あたしは落ち込んでたことなんかすっかり忘れて、日記にアップルパイの話を書いて、その日を終えた。
「レベッカ、わたくしにも、アップルパイの作り方を、教えてくださいますか? レベッカ? どうしたのです?」
あたしの日記を読んだアヴリルがそう言った時、日記に書かなかったあの日のことを思いだし、あたしはアヴリルを、無言でぎゅっと抱きしめた。