(C)hosoe hiromi
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殺人鬼

 ニンゲンを憎み、カルティケヤに憧れていたベルーニの狂人がいた。
 その狂気は救いがたく、小さな施設に閉じ込められていた。
 だが狂人は、彼を世話するベルーニを殺害し、施設を逃げ出した。
 すぐにギルドと軍双方から追っ手が出たが、頼みのGPSは、埋め込まれた腕ごと切り落とされていた。
 狂人は以前からグレッグにこだわり、ゴウノンを目指した節があったので、グレッグの元にも特に警戒するよう連絡があった。
 落とした腕の根本をきつく縛り上げ、気力だけ狂人は荒野を渡ってきた。
 そしてグレッグは、狂人がリンゴの郷にたどり着く前に打ち倒した。
 致命傷にはならない一撃だったが、狂人は毒性物質をまき散らす爆弾を抱えていた。一度それに触れれば肌は焼け、僅かでも吸い込めば息が詰まる。そんな毒だ。爆発すれば、ゴウノンは壊滅する。
 だから郷へ入れるわけにはいかなかった。
 その爆弾を抱えていたからこそ、狂人は荒野で倒れた魔獣よろしく、何も残さず消し飛んだ。
 荒野にまき散らされた毒も、支援にやってきたハンターが浄化した。
 事件は終わり、平和は保たれたのだ。
 だが、グレッグのまぶたには、目を見開き、歯をむき出して満足げに笑い、けれど泣いているような狂人の顔つきが、焼き付いていた。
 狂人が最後に口にした「死神ほど情け深くはない」という言葉が、気になった。
 後始末のため、ライラベルへ向かう。
 そこでナイトバーンから、男がUbで家族を失って狂ったと聞かされた。

「Ubは、ファルガイアの何かが毒になり、身体が受け付けなくなることから始まる。たとえばリンゴが食えなくなる。食い物に限らん。触れただけで肌がやける。次第に毒になるものが増えていく。ロクスソルスのプラントで生産された物だけしか受け付けなくなる。水や空気さえ毒になる前に、ファルガイアを離れるしかないが、そうなる前にボロボロのなって死ぬ。そこまでに三日か半年か、あるいは何年もかかるか、誰にもわからん。RYGSのダイアナはゆっくりだったが、ファリドゥーンの両親は揃ってあっという間というわけだ」
 Ubから解放された今もまだ、それがもたらした狂気から逃れられないでいるベルーニは、少なくないという。
「いくらリンゴがあったとしても、飢えて乾く病人に一かけたりとも喰わせてやれん。痛む手を取って慰めながら、死を看取ってやることしかできんのだ。そうやって多くのベルーニが大事な人を幾人も失い、狂っていった」
「あんたも、か?」
「俺は、口先だけの慰めの言葉をかけることしかできなかった。なにしろ俺はニンゲン。ファルガイアの一部だからな」
 ナイトバーンはそう言って、自嘲した。

091226
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