(C)hosoe hiromi
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ギルド

「ねぇチャック、悪いんだけどギルドのこと教えてくれない?」
「え? 別に悪くないけどさ。そんなに詳しくないよ」
「それでも、あたしたちよりは詳しいんだし」
 チャックが少しばかり不思議そうな顔をしたのは、それを言い出したのがディーンではなく、レベッカだったからだ。
 ディーンはその後ろで、口を真一文字に結びつつ、熱心にチャックが話し出すのを待っている。
 そんなディーンにアヴリルが、「約束ですよ」と囁いている。
 キャロルは心配そうな顔つきで、オロオロしている。
 チャックは口元をほころばせた。
 どうやらレベッカかアヴリルが、ハンターライセンスを捨てたばかりの自分を気づかって、ディーンに余計な口を出すなと約束させたのだろう。
「すまんな」
 そしてグレッグの一言で、チャックは彼が賞金首であることを思い出し、追っ手の動向を知りたいのだと、納得した。

「ハンターなら、まず追ってこないから心配いらない」
 とりあえず、結論を告げると、グレッグが帽子を押し上げ、確かめるようにチャックを視線で射る。
 だがチャックは、その視線を受けて微笑む。
 飢えた獣のようなゴーレムクラッシャーは、もういない。睨みつけているつもりだろうが、それは以前よりずっと穏やかなものになっている。
 笑われたと思ったのか少し不機嫌さを増したグレッグに、チャックは笑みを止められない。
「なぜ、そう言える?」
「このところ、ボク以外のハンターが追ってきたかい?」
「いいや」
「キミの賞金は高すぎるのさ」
「返り討ちを恐がってるわけじゃなさそうだがな」
 チャックは、口にした言葉が意味するところを詳しく説明せず、先を続ける。
「キミを凶悪な殺人狂だと思ってるハンターはいないよ。キミにかけられた賞金は、破壊活動に対してだけだ。キミはあくまでもゴーレムクラッシャーさ。妻子殺しじゃない」
「信じられんな」
 ゴウノンじゃ、彼はあくまでも殺人犯だ。
「ベルーニは、ニンゲンがニンゲンを殺しても、ニンゲンの問題で自分たちとは関係ないと思ってる。そしてギルドは、ベルーニの体制の、下位組織なんだ」
 グレッグだけでなく、レベッカやディーンも顔をしかめる。
 そしてキャロルは、ひどく悲しげに俯いてしまう。
「じゃあ、ハンターは悪いヤツを逮捕しないのかッ!」
 ディーンは、黙っていられなくなったらしい。
 だがすぐさま、レベッカが反論する。
「ちょっとディーン! グレッグは悪くないでしょ! でもチャック、それってハンターが追ってこない理由になるの?」
「あんまりならないな。ただね、ベルーニはハンターのことも、実のところ信用してないのさ。だからハンターも、直接ベルーニと関わるような事件に、首を突っ込みたくないんだ。できればゴーレムハントだけですませたいのさ」
 ディーンが何か言い出す前に、アヴリルがまるでその質問を引き取ったかのように、チャックに投げかける。
「ではハンターは、悪いひとを、つかまえないのですか?」
「普通の渡り鳥と変らないよ。ギルドの内情を知るほど、ベルーニとの関わりを避けてるだけさ。渡り鳥が賞金を受け取れなくても悪人を見過ごせないように、ハンターもギルドとは関係なく関わることはある。普通に渡り鳥してたって、食べていけるからね。それに、気分の悪い仕事は、やっぱりしたくないんだ」
「気分の悪い?」
 ディーンの疑問に、今度はレベッカもアヴリルも、口を挟まなかった。
「ああ。見習いでもしばらくハンターをやってたら、手配書の罪状が真実とは限らないって気づくからね。もちろんグレッグは、ゴーレムクラッシャーさ。それは間違いない。ベルーニもその件でのみ、賞金をかけている」
「じゃあ、ベルーニはグレッグが殺人犯じゃないって知ってるのか?」
「ベルーニは、ニンゲン殺しに賞金を出したりしないってだけだよ」
 食いつかんばかりのディーンを、アヴリルが止めた。
 けれどレベッカが我慢できなくなったらしい。
「それじゃまるで、人殺しよりゴーレム壊す方が悪いみたいじゃない」
「ベルーニにとっては、そうなんだよ。だけどグレッグの悪人ぶりを強調したいなら、罪状にニンゲン殺しを加えることに、何の問題もないはずだ。けれどそうしないのは、たぶん真犯人はわかってて、しかもベルーニなんだ。そう考えれば、グレッグの話とも合う」
「なら、ギルドにそう言ってよ! そして真犯人を捕まえてよッ!」
「ハンターは、ベルーニを逮捕する権限がない。それ以前にベルーニがニンゲンを殺しても罪に問えない。ハンターの名誉のために付け加えるなら、別件でギルドに働きかけたハンターはいたらしい。けど、いなくなったよ。ギルドは勝手に居なくなったって言うけど、その後会ったって話はない。手柄を立てて、ギルドから大金やゴーレムを手に入れて引退したはずのハンターと同様にね」
「それ、どういう意味?」
「言葉通りさ。ギルドの理想と現実は、かけ離れてるんだ」
 レベッカは、その言葉の意味を噛みしめる。
「前にも言ったろ? ベルーニはニンゲンを、道具としか思ってない。それ以上のことをしようとするニンゲンは、不用どころか破棄すべき不良品なんだろうね」
「ちょっと待てよ! けどナイトバーンは……」
 チャックはディーンをしっかり見据える。
「最初は道具としてでもベルーニに食い込んで夢をかなえようとしたと、ボクは信じたい。けれどどこかで道を外れちゃったんだろうね」
 レベッカは、少し不満そうだ。
「じゃあどうしてチャックは、ディーンをそんなハンターに誘ったのよ」
「ギルドの性質を決めるのは、結局は所属するハンターだよ。いいハンターが増えれば、ギルドも理想に近づく。そう思ってた」
 みな口を噤み、沈黙が支配する。
 そして珍しくおずおずと、ディーンが口を開く。
「チャックゴメン。オレ、試験一回だけ受けたけど、すぐにハンターになりたいっていう気がうせて、それっきりだ」
 それを聞いて、チャックはどこか嬉しそうだ。
「実のところ、まともなヤツほど、さっさとギルドから足を洗ってる」
「じゃあ、どうしてチャックはハンターを続けてたの?」
 チャックの笑みは、悲しそうだ。
「ボクはギルドの理想を夢見てきた。それがボクを変えてくれると信じてね。ゴーレムハンターギルドは……」
 チャックは淡々と、普段ナイトバーンがテレビの中で熱く繰り返しているギルドの理想を並べ立てていく。それを仲間たちは、ただ聞き入る。
 そのまじめな顔つきにチャックは気づいて笑みを消し、片方の眉をあげる。
「あ、すまない。つまらない話をしてしまったね」
「ううん。つまらない話じゃないよ。前はディーンから散々聞かされてたけど、久しぶりに聞いて、やっと何にディーンが憧れてたのか、わかった気がする」
 レベッカの言葉に、チャックは嬉しそうだ。
「まあ話を戻すけど、ハンターが追ってくる心配はしなくてもいい。ナイトバーンが行方不明で新任のギルドマスターが決まらないうちは、逮捕したって賞金は出ないだろうし、新たな賞金がかけられる心配もない。ギルドって結構渋いんだ」
「やっぱ、あたしたちにも賞金がかかっちゃうのかな」
「まあ、体制の転覆を宣言したんだから、あっちがその気になれば、いつでもね。けど今のところ、世間知らずなニンゲンの子どもが言い出したバカげた話、っていう扱いじゃないかい? それにそれで手配されたとしても、その罪でディーンやキミたちを処刑台に送って賞金を得たいと思ってるニンゲンのハンターは、いないと思いたい」
「そっか。って、チャック! キミたちって、人ごとみたいに言ってるけど、チャックももうあたしたちの仲間でしょ!」
 アヴリルが涼しげな顔をしているのと、帽子で隠れたグレッグの表情が読み取れないのはいつものこととしても、レベッカとキャロルは、いつもの調子を取り戻してホッとしたようだ。
 けれど二人は、次のチャックの言葉で目を丸くする。
「ボクこそ別口で、真っ先に賞金をかけられる可能性大だよ?」
「え?」
「ベルーニのお偉いさんに正面きって戦いを挑んだんだ。あっちから見れば、ゴーレムを壊されるより見過ごせない罪さ。あのベルーニの男が不問にしても、別の罪を着せるなんて簡単なことだよ。なにしろボクは、きちんと雇用契約を結んだ奉公人を連れて行こうとした雇用主を襲って、奉公人を略奪しようとした。これは相手がベルーニかニンゲンかっていう問題とは別さ。アハハ! ハンターが逮捕しにきたら、言い訳できないな」
 もうディーンは黙る気がなく、そしてレベッカとアヴリルも止める気をなくしたようだ。
「チャックは悪くないッ! ベルーニがルシルさんを連れて行くからだし、それにオレがチャックを煽ったからだッ! もし誰かがチャックを逮捕するっていうんなら、オレが阻止するッ!」
 チャックはまっすぐ、ディーンの眼差しを受け止める。
「煽ってくれたことには感謝してる。けれどディーンのせいじゃない。そんな事態になったら、ボクに任せて欲しい。誰かがボクを逮捕しに来るなら、そのハンターは任務に忠実なだけだしね」
「任せたら、どうするつもりだ」
 黙り込んでいたグレッグが、帽子の下から問いかけた。
「頼み込むのさ。ルシルを取り返すまで待って欲しいって」
「ちょっと! それじゃルシルさんを取り返したら逮捕されるつもり! それじゃ何にも意味ないでしょッ!」
 チャックは、声を張り上げるレベッカにむけて、肩をすくめて見せる。
「体制が変らないと、ルシルは取り返せない。体制を変えるつもりなら、あのベルーニの男とも、また戦うことになるかもしれない。そして体制を変えた後のことまでは、ボクには考えられない。少なくともベルーニの下位組織であるギルドは、無くなるんじゃないかい? ギルドが懸けてたた賞金ごと。けれどその先のことまでは、ボクにはわからない」
 そしてチャックは仲間たちを見回すと、ニッコリ笑う。
「あとなにか聞きたいことはあるかい?」
 レベッカが、お終いだと答え、話は終わった。
 そしてチャックは、それまで同様、自分からギルドのことを語ることは、ついぞなかった。

091101


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