夢の中であっても、アヴリルとの別れは切なかった。
ただこの夢では、いなくなるのは自分だ。アヴリルではない。
アヴリルと、そして仲間たちを置いて、自分はどうしても行かなければならないのだ。
「ミーディアムは、その所有者の想い出を蓄える性質がある。つまり、オリジナルミーディアムには、この一万二千年間の所有者の想い出が、蓄えられているわけだ」
最初ディーンが教授からそう聞いた時、ディーンは「へー」としか、思わなかった。
「一万二千年前のアヴリル嬢に、会ってみたくはないかね?」
教授の長話をまとめると、だいたいこうなる。
非常に手間がかかる上、オリジナルミーディアムの太古の記憶を垣間見れるのは、その持ち主として設定された者だけである。それは意識の上に夢のように直接描き出されるが、正当な持ち主が知らぬ事柄については、知っている一番近いものに置き換わる。
よってディーンが夢見た太古の都市は、どこまでも広がるライラベルのような場所であった。
たぶんアヴリルであれば、実際の都市を見るのだろう。もちろんアヴリルは、過去を思い起こすのに、ミーディアムの夢に頼る必要はない。
話を戻し、都市はライラベルよりもずっと大きく広かったにも関わらず、だからこそひどく息苦しかった。天井などなかったのに、ビルの隙間から見える空は、頭の上にのしかかってくるように重かった。夜となっても大気は地表の光をうつして星を隠していた。
めまぐるしく変る異常気象は、人々を建物の中に追い込んでいた。外を歩く者たちが、汚染された空気から身を護るためにまとうものが、ディーンの目にはベルーニの防護服として映っていた。
終わることなきゴーレムの暴走そのものの、穏健派と強硬派の戦い。
勢力争いと裏切りは人々の互いに信頼しあう心を引き裂き、ただ契約と罰則だけが、かろうじて文明を保つ役目を果たしていた。
大勢が、絶え間なく家を、家族を、命を失った。
ディーンは、強硬派の一人として、その時代にいた。
強硬派たちは宇宙船に乗り込んで、ファルガイアを離れる計画を立てている。計画の立案者は、アヴリルだ。
そしてディーンは、船団を率いて宇宙に旅立つ者として、アヴリルからジョニー・アップルシードの名を継いだばかりだ。いやディーンではない。当時を生きた二代目のジョニー・アップルシード。それが天のミーディアムの、最初の持ち主。
だが、アヴリルは深い冷凍睡眠により、鍵としてこの星に残り、未来へと一人旅立つ。アヴリルを目の仇とする穏健派たちは、冷凍睡眠により無力化した彼女を見つけて滅ぼそうと、すでに動いている。
システムが完全に起動してしまえば、穏健派はもはや彼女に手を出せないだろう。
だが、それまでが危険だ。
だから、それまでの安全を確保するため、仲間たちもまた残ることになっている。
ディーンが心苦しいのは、その仲間たちが役目を果たした時にはすでに、船団はこの星を離れ、仲間たちを回収する手段がない、ということだ。
それでもディーンは、JAとして出発しなければならなかった。
たとえそれが広大な宇宙が持つ可能性への無謀な賭けにすぎなくとも、賭けに出なければ滅ぶしかないのだ。
その期日が、近づいていた。
その数日前、アヴリルは仲間たちに一つづつミーディアムを手渡した。
それぞれの身を護るための、お守りだと。
「ディーン。宇宙へ旅立つあなたには、天のミーディアムを」
このときアヴリルは、本当は二代目JAの名前を呼んだはずだ。
けれどディーンは、アヴリルは自分を、ディーン・スタークを見て、自分に呼びかけているような気がして、ならなかった。
「そして地の底で眠るわたくしは、山のミーディアムを。遙かな未来、天と地が再び結ばれることを願います」
山のミーディアムは、後のバスカーが持っていた。たぶん、アヴリルと一緒に発見されたのだろう。
こうして海、剣、運、月のミーディアムが仲間たちに手渡された。仲間たちはレベッカ、グレッグ、キャロル、チャックとして、夢の中に登場していた。
ディーンは、自分の中にある自分の物ではない気持ちに気づく。
アヴリルへの大きな敬愛。だがそれは、どこかしら拒絶されていた。そう、あのTFシステムの暴走事件から、アヴリルは変ってしまった。二代目JAは、なぜそうなったのかわからず、とまどっていた。
けれどディーンは知っている。その日からアヴリルは、次元の乱気流によってループしているアヴリルになったのだ。まだこの世界には存在しないディーンを知っているアヴリルに。
そう、今目の前にいるのは自分を、ディーン・スタークを知っているアヴリルだ。
もう一人、レベッカとして登場する仲間についても、JA二代目は別れがたいという特別な感情を抱いているようだった。
ただし、もちろん今夢に登場しているレベッカは、そう見えるだけで、レベッカとは関係ない。
ついにファルガイアを離れる日がやってくる。
天路歴程号の同型艦が、見渡す限りの宇宙空間を覆っている。
ディーンがいる場所は、天路歴程号やロクスソルスのあちこちをかき集めたように見えた。
穏健派の一部は、強硬派が出て行くことを喜んだ。だが、強硬派がファルガイアの富を根こそぎ持ち出すのが許せぬと、あるいはファルガイアを見捨てることが許せぬと、計画を妨害しようと戦いを挑んでくる。
しみじみと別れを惜しむ暇などまるでなく、すでにアヴリルは、レベッカとグレッグに護られながら、秘中の秘である冷凍睡眠施設へ向かっている。
「アデュー!」
陽気な別れの言葉を残し、月軌道上の宇宙船から、最後まで一緒に出発の準備を手伝っていたチャックが、ファルガイアへと降りていく。彼はアヴリルたちとは合流せず、時間稼ぎの囮となるべく陽動することになっている。
モニタごしにチャックを見送っていると、教授が管制室へと転がり込んできて、ディーンは夢が終わったのかと驚いた。
だがこの教授もまた、太古の人物の一人が教授として目に映ったものであるらしい。
教授はモニターを指さしながら、ディーンに向かって懇願する。
「あの船を止めてくれ!」
アヴリルにミーディアムを貰ったものの、この何もない宇宙へ希望を掴むために共に旅立つはずだったキャロルが、チャックの連絡船に密航し、一緒に行ってしまったという。
だが、もう手遅れだ。
宇宙船団に戻る手段は、完璧に断ってきた。
ファリドゥーン、ペルセフォネ、教授。これから仲間として、そして部下として従える筆頭たちとカメラの前に立つ。そして永遠に等しき長旅の始まりを、宣言した。
艦長席に座ったディーンは、渡された天のミーディアムをじっと見ていた。
ファルガイアから離れるに従って、急速に力を失っていくミーディアム。
再びこのミーディアムが、集うことはあるのだろうか?
やがてディーンは、ミーディアムを小さな黒い筺に収め隠した。
もしこの船団が、再びファルガイアに戻ることがあったなら、その時自らその所在を明かすだろう。
ディーンが座っていた天路歴程号の艦長席は、その黒い筺を見たとたん、ロクスソルスの玉座へと姿を変えた。
ミーディアムの記憶はそこで終わり、ディーンは目覚める。
「本当に、あんなことがあったのかな? オレたちそっくりのヤツがいて……」
「あったのは確かだが、似てはおらんな」
「わかるのか?」
「アヴリル殿は、その場におったのだよ? わからんわけがあるまい。しかし、天のミーディアムがベルーニと共に旅をしたことは、これでほぼ確実となった。持ち出されたのは月ではないかと予想していたのだがね」
「んなこた、最初からわかってただろーが」
いきなり割り込んできたのは、様子を見に来た艦長だ。
「確かにファルガイア到着直前、それがマザーの玉座の下からひょっこり出てきた。ちっても俺には種類も使い方も、いや使えるもんだとも解らなかったがな」
「なんだとッ!」
艦長は、小指を耳につっこんで、教授の大声を受け流す。
「しかたあるめーよ。当時は何かもわからんゴミにすぎなかったんだぞ? 捨てとこうとポケットに入れたままファルガイアに降りた後、ニンゲンが欲しがるんでくれてやったら、魔力がどうの魔法がどうのと感激してくれてな、それをもたらしたオレたちのことを、魔族だなんだと言ってたじゃねーか」
「聞いておらん! またアンタかッ!」
言い争いを始めた教授と艦長を無視し、ディーンは部屋を飛び出した。
そして目につく端から夢の中で別れた仲間たちに抱きついて、みんなをひどく驚かせた。