「レベッカッ! ひさしぶりにいってみようぜッ! トリガー!」
「ロンドッ!」
なぜかその日、トリガーロンドは不発に終わった。
トリガーロンドだけじゃない。
そのあと、あたしのシークエンスピチカートは、ウンともスンとも言わなくなった。
いつも通り手入れしても、いつもより丁寧に手入れをしても、別におかしな所は見つけられず、あたしは泣きたくなってきた。
「レベッカ、どうだ?」
ディーンがやってきて覗き込むから、あたしは慌てて笑顔を浮かべる。
「まだわかんない。どこがおかしいのかも、ぜんぜん」
ディーンは、あたしとシークエンスピチカートを、まじめな顔で見比べる。
ドキッっとしてたら、手を差し出された。
「見せてみろよ」
けれどディーンが手入れしてみても、シークエンスピチカートは、黙ったまま。
「シークエンスピチカートのことで、レベッカにわからないことが、オレにわかるわけないよなぁ。だがあきらめなければ、人はなんだってッ!」
さらにディーンは頑張ったけど、やっぱりダメで。
「ディーン。気持ちだけで嬉しいよ。ホント」
「そんなこと言ってられないだろ。ARMないと困るし、それにレベッカの宝物じゃないか」
ディーンは、腕を組んでうーんと唸って、それから叫んだ。
「そうだ! グレッグに頼もうぜ!」
言い終わる前に走り出し、有無を言わせず両手でグレッグを引っ張ってきた。
グレッグも、ずいぶん長い時間シークエンスピチカートをいじくりまわしたけれど、結局降参。
「酒造りの事なら詳しいが、実の所ARMについては修理ができるほど詳しいわけじゃない。ブラックシェイプも故障したことがないんでな」
グレッグの言う通り、ARMが故障することなんて、滅多にない。
実際、シークエンスピチカートが動かなくなるのは初めてだし、誰かから故障したって話しを聞いたこともない。だから、故障するなんて、考えたこともなかった。
「どうしたんですか?」
「そうだ! キャロルならARMに詳しいだろ! 見てくれよ!」
「私は古代の機械について教授から手ほどきは受けましたが、ARMに詳しいわけでは……。確かにARMも古代の機械ですけど」
様子を見に来たキャロルは困りながらも、シークエンスピチカートを丁寧に分解して、組み立てなおした。
「どこもおかしなところは、ありませんが」
返してもらったシークエンスピチカートに弾を込め銃爪を引いても、カチリと音がするだけで終わる。
「お役に立てず、すみませんです」
「い、いいのよキャロル!」
あたしは肩を落として謝るキャロルをなぐさめる。
「あ、あの、チャックさんの方が詳しいかもしれません」
顔を上げたキャロルの提案に、よっしゃ! とディーンが力強く同意する。
「そうだよな! ARMと言えばギルドなんだしッ! チャックはハンターになったんだし」
そしてまた走ってって、チャックを連れてくる。
「かしてみて」
シークエンスピチカートを渡すと、まずチャックは弾を込め、荒野に向かって銃爪を引く。
タンッ! と軽い音がして、土煙が上がる。
「え?」
けれどチャックに返してもらったシークエンスピチカートは、あたしの手の中で黙り込む。
涙がじわっとあふれ出しそうになるのを、手を握りしめて一生懸命我慢する。
ディーンに涙は、見せられない。
あたしはあの日、ディーンの前では泣かないと決めたんだから。
「レベッカ。体調悪い?」
「え!」
いきなりチャックがそんなこと言うから、おもいっきりうろたえる。
「だって元気ないし、目も潤んでる」
「そうなのかレベッカッ!」
あたしだけでなくディーンも驚いた。
しかもディーンは、あたしの顔を覗き込んでくる。
チャックは、なぜそんな当然なことに気づかないんだいとばかりに、大げさに両手を広げる。
だいたい元気がないのは、シークエンスピチカートが故障したからで、目が潤んでるのは、泣きそうだからで……。
「オマケに頬まで赤いじゃないか。熱があるんじゃないのかい?」
それはチャックが、そんなこと言うから、ディーンがあたしの顔を一生懸命覗き込もうとするからで……。
その上ディーンは、あたしのおでこに手をあてて、本当だッ熱があるって騒ぎ出した。
え? って思いつつ、ごまかす代わりにチャックを怒鳴りつける。
「って、チャックッ! どうして今そういう話になるわけ!」
「ARMは精神力で撃つものだからね。病気なんかで気分がすごく落ち込んだりして気力がなくなると、ARMの威力が落ちたり、一時的に撃てなくなることがあるんだよ」
「あ、そうなんだ」
「そうなのか」
あたしとディーンの声がハモる。
「あ、いや、常識……、なんだけどね。一応」
グレッグもキャロルも、シークエンスピチカートに気を取られて、体調のことに気づけなくてゴメンって、言ってくれた。
ディーンはあたしの病気が悪くなったらどうしようって大騒ぎ。
けど、熱だって一瞬軽く出ただけみたいだし、特に病気ってわけでもなくて、だから過労だろうってことになった。
けど、あたしには全然自覚がなかった。
一晩ゆっくり休んで、翌朝には元気いっぱいで、みんなの前でもう大丈夫って笑いながら、シークエンスピチカートの銃爪を引いた。
けど、……ダメだった。
熱もないし、目も潤んでない。あたしが病気ってことはない。
あたしはあらためて、思い切り落ち込んだ。
「レベッカ。ためしにディーンのツインフェンリルを、うってみてくれませんか?」
アヴリルの言葉に、あたしはわけがわからないまま、ディーンからツインフェンリルを片方だけ借りた。
そして銃爪を引く。
銃声と共に、土煙が上がる。
「あれ? じゃあ、やっぱりシークエンスピチカートが故障してるってこと? けど、あたしじゃなければ、シークエンスピチカートは撃てるのよね」
わけがわからなくなったのは、あたしだけじゃなかった。
みんな、首をひねってる。
ううん。アヴリルだけは、何か知っているみたいに微笑んでる。
「そうだレベッカッ! ツインフェンリル片方使えよ!」
ディーンの言葉に、あたしはびっくりした。
「そ、そんなこと出来るわけないでしょッ!」
「どうしてだよ。レベッカは、ツインフェンリルなら撃てるじゃないか。ツインフェンリルは二挺あるんだから、一挺づつだッ!」
あたしは、おもいっきりディーンに向かって叫んでた。
「だってこれは、ディーンがアヴリルから貰った、大事なARMじゃないッ! あたしが貰うわけには、いかないんだからッ!」
「え? アヴリル、気にするか?」
アヴリルが返事する前に、あたしは叫び続ける。
「気にするに決まってるじゃないッ! そうじゃなくても、プレゼントっていうのは気持ちがこもってるのよッ! それを人にあげちゃうっていうのは、その気持ちを無視することなんだからッ!」
「レベッカにならいいよ、なあ? アヴリル」
立場が逆だったら、きっとあたしは嫌だって思う。
けど確かにアヴリルは、あたしみたい思わないだろう。
だから、あたしはそんなあたしが嫌。
「わたくしは、もちろん、イヤですよ」
アヴリルは、ニコニコ微笑みながら、そう言った。
「えーッ! どうしてだッ!」
あたしが叫ぶ前に、ディーンが叫ぶ。
「シークエンスピチカートが、本当にこわれてしまったのなら、わたくしはよろこんで、ディーンのていあんにさんせいします。けれど、そうではありません。シークエンスピチカートは、レベッカの大切なARMなのですから」
そしてアヴリルは、びっくりしているあたしを、ふんわりと両手で包み込んだ。
「ごめんなさいね、レベッカ」
「う、ううん。アヴリルの言う通りだもの」
けれどなんだか、そのごめんなさいは、アヴリルがさっき言ったことについてのごめんなさいじゃない気がした。
「じゃあ、どうしたらいいんだ?」
ディーンが困り果てている。
そしてあたしも、困り果てた。
「こんなときは、しょしんにかえれ、です」
アヴリルは、嬉しそうに提案した。
「初心にかえれ?」
「はい。レベッカがシークエンスピチカートを使えなくなったのは、トリガーロンドに失敗してからです。ディーンは、ツインフェンリルを手にいれるまで、ARMはもっていませんでした。なのにさいしょから、二人のトリガーロンドはとっても息があってました。どうやってれんしゅうしたのですか?」
「そりゃあオレは、オモチャのARMで……」
ディーンはいきなり、あたしの手を引っ張る。
「レベッカ! 初心に返って練習しようぜッ!」
「で、でもディーン、シークエンスピチカートは……」
「撃てなくてもいいじゃん! オモチャでも練習になってたんだしさ!」
言い出したディーンに、あたしは逆らえない。
ぐいぐい手をひっぱられ、みんなからちょっと離れ、ツインフェンリルと、弾の出ないシークエンスピチカートで、トリガーロンドの練習をはじめた。
みんな、見てる。
弾、出ない。
「ドンマイ!」
ディーンが、はげましてくれる。ディーン、オモチャのARMしかなくても、ずっとあたしと一緒に練習してくれた。きっといつかARMを手に入れたら、一緒にこの技を使うんだって。
目一杯決まるまで撃ったつもりで練習して、村じゃ飽きもせず毎日練習して、だから最初からうまくできた。
けど、ひさしぶりに……。
そう、ひさしぶりに。
失敗したトリガーロンド、すごくひさしぶりだった。
ディーンに「ひさしぶりに」って言われて、ああ確かに仲間も増えて、ディーンはあたしと力を合わせるとは限らなくなったなって、そんな余計なこと考えた。
で、また余計なこと考えて、タイミング合わせに失敗した。
弾、出なくてよかった。出てたらディーンに、当ってたかもしんない。
「大丈夫かレベッカ。ちょっと休もうか」
「ううん! なんかわかった気がする。ディーン、もうちょっと練習つきあってくれる?」
「おうッ!」
大きく深呼吸して、あの頃のことを思い出して。
「トリガーッ!」
「ロンドッ!」
撃てたッ! まだ満足いくフォームじゃないけど、確かにシークエンスピチカートは、あたしの手の中で生き返った。
「やったなレベッカッ!」
「ディーン、もう一回ッ!」
結局その日はくたくたになるまでトリガーロンドの練習をして、次の日からは、まるでそんなこと無かったみたいに、今まで通り旅を続けた。
ディーンの隣には、あたし以外の誰かがいたりする。
あたしの隣にも、ディーン以外の誰かがいたりする。
けれど、もう大丈夫。ううん、大丈夫じゃないかもしんない。
けどその時はまた、一緒に練習すればいい。
だから、やっぱり大丈夫。
「がんばるわよーッ!」
「おうッ!」
あたしが突然そう叫ぶと、ディーンは打ち合わせてもいないのに、合わせてくれる。
グレッグもキャロルもチャックも、ちょっと驚いて、そしてアヴリルは、嬉しそうに微笑んでいた。