「お兄ちゃん!」
町外れ。通りは続くが、この先家はない。突き当たりにあるのは墓地だけだ。
行ってもさして、得られるものはないだろう。
その時、甲高い子どもの声に呼び止められた。
もとより重い足が、そこで止まった。
声の主に、チャックは穏やかな笑みを見せる。
「ボクの父さんを探してるの?」
微笑んだまま、無言でうなずく。
十かそれを過ぎた年頃の、快活そうな男の子だ。
駆け寄ってきて、ニコニコと見上げている。
ただ、頭の半分がえぐれたように欠けている。
「父さんの友だち?」
(ごめん。ボク、ゴーレムハンターなんだ。キミの父さんを追っている。)
心の中でつぶやけば、男の子は残った片方の目を大きく見開いて両手を握りしめ訴えかける。
「父さんは、ボクと母さんを悪いヤツから助けようとしたんだ! ボクだって父さんと母さんを!」
(そうだね。きっと、そうだったんだろうね。)
微笑んだままそう返せば、男の子はホッとして笑みを取り戻す。
「父さんはいないよ。おじいちゃんや町の人とケンカして、町を出てったんだ。でも、父さんは悪くない!」
(さみしいくないかい?)
「大丈夫! 母さんと一緒だから! 父さんが帰ってくるまで、ボクが母さんを守るんだ!」
(キミは偉いね。)
男の子はチャックに近づき、覗き込むように顔を見上げる。
「どうして泣いてるの? どこか痛いの?」
(いや、大丈夫だよ。泣いてない。キミこそ痛くないかい?)
「え?」
(ごめん。何もしてあげられなくて。)
チャックの手が、まるで男の子の柔らかな髪をかき上げるように、彼の頭の欠けた場所を幾度も往き来する。男の子は、くすぐったそうに、そして嬉しそうに笑っている。
チャックが手を引いた時、男の子の頭は欠けていたことなどなかったかのように、本来の形を取り戻していた。
「ありがとうお兄ちゃん。母さんが心配するから内緒だけど、ホントはちょっと寂しかった。お父さんがいなくなってから、誰に話しかけても無視されちゃうんだ」
(大丈夫。みんな、キミのことを嫌ったわけじゃないよ。)
「うん! 父さんが帰ってきたら、みんなも誤解だってわかってくれるよね!」
そのグレッグ・ラッセルバーグを逮捕し、ギルドに引き渡すのが、チャックの当面の目標だ。
そしてギルドに引き渡された賞金首が、戻って来ることはない。
グレッグを捕まえて、正式なハンターになって、そして故郷へ……。
(じゃあ、ボクはもう行くよ。キミもお母さんの所へ帰った方がいい。きっと心配してるから。)
「待って!」
小さな手が、墓地に向かう道に背を向けようとしたチャックの手を取る。
「お兄ちゃんも、会いたい人と会えないの?」
(いや、ボクは……。)
「お兄ちゃんも、きっとまた会えるよ!」
(ありがとう。)
手を振りながら墓地に向かって走り出したとたん、男の子の姿は消えた。
そして自分に言い聞かせる。
白昼夢だ。疲れてるんだ。
グレッグ・ラッセルバーグは良き父良き夫であったが、ふいに正気を失って妻子を殺し、荒野へ飛び出して、ゴーレムや採掘場に対する破壊活動を続けてる。
そんな狂気と凶行などなかったと思いたいのは、自分の願望にすぎない。
チャックは、グレッグ縁の人の墓を訪ねる予定をそこで切り上げ、墓地に背を向け重い足を引きずりながら引き返していった。