(C)hosoe hiromi
◆WA5 >  ◆短編一覧


珊瑚の首飾り

昼下がり。
ライラベルの通りを、チャックとキャロルが連れだって歩いていた。
ただ、それだけ。いつも通り。
けれど今日は、声かけらんなかった。

いいなって、ちょっと思った。
ディーンはデートしてくんないし、気の利いたプレゼントもくんないし、たまに食事に行けばいつもヤキソバだし。

……何考えてるんだろ。
あの日、ディーンはARMをくれたのに。
ディーンがどれほどARMを欲しがってたのか、あたしが一番よく知ってたのに。
ディーンはどれほどあたしがARMを欲しがってたのか知ってて、あたしに譲ってくれたのに。
……一生分のプレゼント、あたしはもうもらっちゃったのに。



「レベッカー!」

まさにそのディーンが、広場のど真ん中をつっきって、大声で叫びながら走ってくる!
もちろん、まわりの目なんか気にしてない。というか注目されてること、気づいてもいない。
ちょっとそんなに騒がないでよ! あたしが恥ずかしいじゃない!
って言う前に、いきなり袋を突き出された。

「これ、ハウムード土産ッ!」
「あ、ありがと」
「開けてみろよ」
「ここで?」

そのままニッコニッコしながら私を見てる。
茶色の素っ気ない紙袋からザラザラザラって出てきたのは、小さな紅色珊瑚を繋いだ首飾り。
これ、……長い。それに、お土産屋のプラスチックのまがいものや、クズ珊瑚じゃないわよね。すごくってわけじゃないけど、結構いいものっぽい。
袋と中身があってない。

「……これ、あたしに?」
「当然じゃん!」

びっくりして、思わず叫んだ。

「どうしたのッ! 急にッ! 何かあったのッ!」
「えーっと、そういうの嫌いか?」
「嫌いじゃない! けど、今までお土産なんて、くれたことないじゃない」
「だって昔はいつも一緒だったし、別々に行動するようになってからは、レベッカも世界中を飛び回ってるし」
「誕生日プレゼントだって、くれたことないでしょ! あたしは毎年、アップルパイをプレゼントしてるのに」
「え? あれ誕生日ケーキだと思ってた」
「誕生日ケーキのプレゼントなのッ!」
「そうだったんだ。そ、それにさ、やっぱレベッカはそういうの嫌いだって思ってたから」
「『やっぱ』って何よッ! 『やっぱ』って。女の子がアクセサリー貰って、嬉しくないわけないでしょ! 何が好きだと思ってたわけ!」
「ARM。しかもシークエンスピチカート限定だろ? すっごい大事にしてるじゃん」

きっぱり言い切られた。
どうしてディーンがそう考えたのかわかるけど、どうして私にとってこのARMが宝物なのか、ディーンはもしかしたら、微妙なところがわかってない。

「ARMも好きだけど、こういうのも好きなのッ!」
「よかったッ! レベッカは、アクセサリー嫌いなんだと思ってたぜ!」

だったらなんで、これをお土産にくれたわけ? と聞きたかったけど、聞けなかった。
あたし女の子らしいアクセサリーって、ディーンの前で身につけたことなかったかも。
それにこのやたら長い珊瑚の首飾り、どうやってコーデネイトしたらいいんだろう。
たぶんそれ、ディーンも何も考えないで、プレゼントしてくれている。

「かけてみろよ」

うー。強引だし。今の服には絶対に似合わないし。
それでも首にかけてみる。浮いてる。首飾りが思いっきり浮いてる。
鏡に映して見なくたって、そのぐらいはわかる。

「似合うぜレベッカッ!」

ディーン、やっぱりわかってない。

「……やっぱ好きじゃないのか? 無理しなくていいぜ」

さすがに顔に出たらしい。

「気に入らないなら、それはアヴリルかキャロルに……」

アグリルの白い肌になら、この首飾りは栄えるだろう。
キャロルなら、二重巻きにすれば、可愛くまとまるだろう。
けど、あたしはどうしたらいいの?
けど、それってつまり、アヴリルやキャロルには、お土産がないってこと?
少なくとも、同じものを用意して、みんなにあげてるわけじゃないってこと?

「き、気に入ったわよ! すっごく嬉しいわよ!」
「うわっ! じゃなんでそんなに怒ってんだよ!」
「今あたしが来てる服が、この首飾りに全然似合ってないからよッ!」

服だけじゃない。あたし自身が、悲しいぐらいに、この首飾りに似合ってない。

「じゃ、じゃぁさッ! 今から行こうぜ!」
「どこへ?」
「服買いに」
「え?」
「だからその首飾りに似合う服、オレがレベッカにプレゼントする」
「えぇーッ!」

今までお土産一つくれなかったのに、服だなんて、いきなりすぎる。

「だから怒りながら泣かないでくれよ」
「え?」

驚いて眦をぬぐった指先が、濡れていた。

「バカッ! これは嬉し涙なんだからッ!」
「えー? 怒ってるんじゃないのか?」
「怒ってるわよ。でも嬉しいのッ!」
「わかりにくいよ」

ディーン、困ってる。そうかもしんない。昔ディーンからARMを貰ってから、怒ってでも甘えないよう背伸びしてた。
ずっとそんなわかりにくいあたしが、ディーンの隣にいた。

「行こうぜ!」

ディーンがあたしの手を取って走り出す。

「ちょっとディーン! どうして急に、お土産買ってこようって気になったのよ!」
「それ見たとたん、レベッカの三つ編み思い出したんだ! あ」

突然ディーンが立ち止まる。

「なあレベッカ。それに似合う服って、どこで売ってるんだ?」

今度はあたしが、ディーンの手を引っ張って、あたしのペースで歩き出す。

「ディーン」
「なんだ?」
「首飾りにだけ似合ったってダメなんだから。あたしと首飾りの両方に似合わないと」
「わかった!」
「それから……・。ありがと! ディーン!」

ディーンは昔とまったく変らず、指先で鼻を擦って自慢げに笑った。

2009/08/29
◆短編一覧