父さんは、とても大きな人だった。
強くて優しくて立派な人だった。
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そんな父さんも、ずっと小さな母さんの前で、身をかがめて叱られていた。
母さんは、太陽みたいに明るく強い人だった。
そして父さんを愛していた。
父さんも母さんも、僕を愛してくれていた。
小さなころは、父さんの友だちが、よく家にやってきた。
母さんは、笑顔でみんなを出迎えた。
僕もみんなに、挨拶した。
けれどお客さんはだんだん来なくなり、そして誰も来なくなった。
母さんは気が塞いでいることが、多くなった。
それはたぶんお客さんが来なくなったことや、父さんが家を空けるようになったことと関係あって、
けれど母さんは、僕の前では笑顔でいようと、明るく振る舞おうと、頑張っていた。
子どもの僕の目にさえ、無理してることが見えていた。
時折帰る父さんも、どこかやつれはじめていた。
けれど僕は父さんに、母さんのことを話し、家にいて欲しいと訴えた。
父さんは、もう少し待ってくれ。それまで母さんを護ってくれと、僕に言った。
もうすぐきっと、家族で笑い合えるようになる。僕はその日を待ち望んだ。
けれど父さんは、帰ってこなかった。
遠い場所で事故にあい、命を落としたのだと、母さんは話してくれた。
父さんの遺体は戻らず、母さんと僕でひっそりと、父さんの遺品を土に埋めた。
母さんが、無理して笑わくなった。
僕は自分に、母さんはもう無理をしなくていいって、言い聞かせた。
その代わり僕が母さんに、いつも笑いかけていればいい。
けれど母さんは、僕を見ることさえ、忘れてしまったようだった。
大きくて、強く優しく、とても立派な人がいた。
僕より一つ年上で、友だちになりたいなって思いながら僕は見ていた。
そんな僕に、彼は手を差し出した。
彼は僕が半分ニンゲンであることを、気にするそぶりはまったくなかった。
僕たちはこうして、友だちになった。
僕を見ることさえ忘れていた母さんが、僕の肩を押さえ、目をのぞき込んで囁いた。
「一緒に父さんの所へ行きましょう」
驚いて、怖くなって、母さんを突き飛ばして逃げ出した。
戻った時、母さんは一人で命を絶っていた。
一人になった僕の所に、友だちがきてくれた。
尊敬し、憧れていた友だちが、僕の前に頭を垂れた。
僕はその時、友だちと一緒に、もう一度父さんを失ったことに気がついた。
そして僕は、友でも父でもなくなった彼に見守られ、僕の微笑みを母さんと一緒に土に埋めた。
いつしか僕は、友だちだった彼よりも、少し大きくなっていた。