母上も気が強い方であったなら、自ら命を絶たなかっただろう。
思ったままを口にしたヴォルスングが、ルシルに叱られている。
XERDの家名を持つ父と、荒野に芽吹いた希望と呼ばれた己。
けれど母には、夫と子しかいなかった。
母は嘆いていた。
自分さえいなければ、夫は暗殺などされなかった。
自分さえいなければ、子はハーフとして産まれずにすんだ。
自分を責めて、責めつづけ、そして自らの命を絶って、自らの存在を否定した。
護れなかったことが、悔しかった。
母をうしなったことが、悲しかった。
RYGSに引き取られても、なじめなかった。
そしてなおハーフであるというだけで追われ、一人荒野に飛び出した。
それでもまだ希望を捨てず、こんな苦しみを背負う者がいない世界を作りたいと、前を向いた。
ファリドゥーンもチャックも気が弱く、母のように自身を責める。
それが少し気がかりだった。
けれどまもなく母になるルシルは、そうしたこととは無縁に思えた。
「あたしだって弱いですよ。愛しているのに、愛されているのに、なのに突き放されてしまった時の気持ちは、わかります」
チャックがルシルを捨てて、村を逃げ出した話を聞かされた。
「それで愛することも愛されることも恐くなって、もう誰も愛せない、愛されたくもないって、思ったことだってあるんです」
「生きてチャックは帰ってきたではないか」
「だから友だちでいられるんです。けど、それ以上の感情は、もう持てません」
我から逃げまいとして、ファリドゥーンはルシルに背を向けた。
それをチャックが食い止めた。
「あたしを賭けて戦ったっていうから、雁首そろえて説教して」
「ファリドゥーンは、なぜチャックが勝ってなお身を引いたのか、なぜ怒られたのか、いま一つわからなかったようだな」
「あたしとチャックの特別な関係が終わったのは、ファリドゥーン様と出会う前のことだとは、どうにも納得できないらしくて」
やはり強いなと、そう思う。
「ヴォルスング様も、怒っていいと思いますよ」
「我は、我を取りまくこの世界に、過ぎた怒りを向けた」
「お母さんに、どうして自分を残して死んだんだって、怒っていいんです」
「母に?」
「ずっと、『いい子』してらしたんじゃないんですか?」
その通りだった。
けれど母は自ら嘆いていた。
どうして責められよう。
けれど母が嘆くたびに、自らの存在を否定されたように感じていた。
求め合った父と母の愛を。
そして生まれたこの自らを。
父と母を愛した自らを。
だからこそ、ただ在るというだけで責められる苦しみを、この世界全てから取り除こうと、自ら希望たらんとした。
ハーフである我が身が間違いだとは、思いたくなかった。
ならばそれを排斥する世界こそが、間違っている。
父と、母と、その子を希望と呼ぶ者たちの期待に応えようと。
荒野に一人咲き、そして世界に向けて呼びかけた。
誰も応えてくれはしなかった。
希望を求め、父の仲間であったはずの穏健派に、父は殺された。
母は自分を見捨てて死を選んだ。
RYGSでさえ、ニンゲンの母にその敷居をまたがせはしなかった。
荒野で上げた叫びに応えてくれたのは、過去の怨念だけだった。
希望をこの身に映し見た者たちの声は聞こえず、それゆえ絶望し、世界に告げた。
ならば絶望をもって、その望みをかなえよう。
それからのことを、怨念のせいにできはしない。
怨念の声に耳を傾けたのは、己なのだ。
荒野の旅は、多くの人々に支えられていた。
小さな村で出会った彼女は、その友たちと慕ってくれていた。
掲げた希望を認めてもらえぬと嘆くばかりで、他の声に耳を傾けようとはしなかったのは、己自身だ。
もし足下に、目を向けていたならば、掲げる希望に眼差しを向け、その光を映した者たちに、気づけただろう。
だが世界を変える力にはならぬと、役に立たぬと、その声に耳を塞いだ。
「チャックとは、今でも友だちです。けれど、苦労させるから一緒にいられないと逃げました。ファリドゥーンは、あたしを護り通したいから側にいてくれと言ったんです」
チャックに言うべき言葉を言い損ね、想いはすれ違っていった。
それをファリドゥーンに告げた時、ファリドゥーンは応えてくれた。
「我ももっと早く口にすればよかったのだな。
我自身の望みを。我が儘を」
我のために、生きてくれるな。
我のために、死んでくれるな。
我が望むは、ただ……。