(C)hosoe hiromi
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悪い夢

 いつもディーンは、寝付きがいいし、ぐっすり眠る。なまじのことじゃ起きやしない。
 夜の見張りの当番で、盛んにオシャベリしてた次の瞬間、見事に居眠りしていたり。

 けれどその夜は、寝る前から元気がなかった。なかなか眠つけないでいるようだったし、うとうとしても目を覚まし、そしてついに起き出して、見張りをしていたボクの背中に、覆い被さるようにへばりついた。

「チャック、オレ……」

 隣にグレッグもいるのに、ボクにっていうのが、ちょっと珍しい。

「これ飲みなよ」

 ボクは、背中にディーンを貼り付けたまま、暖めておいた砂糖たっぷりのミルクを、カップにそそぐ。
 今夜はこんなことがありそうな気がして、ホットミルクを作っておいた。
 安物の粉ミルクは、ひどく溶けにくく粉っぽい。けれど旅の間は持ち運びできる貴重な栄養源だし、手間と暇をかけて完全に溶かし、バターと砂糖を加えれば、ちょっと贅沢っぽい飲み物になる。
 今夜はそれが、必要そうだった。

 日中、死んで間もない渡り鳥の遺体を見つけた。
 人知れず荒野で命を落とせば、そのあたりの生き物たちの餌になる。よほど発見が早くない限り、何一つ残らない。哀れな犯罪の犠牲者も、処刑された犯罪者も、人里から放り出しさえすれば、荒野がきれいに片付ける。荷物も携帯食料の匂いをかぎつけた小動物に荒らされて、ちりぢりになる。
 渡り鳥たちもハンターも、何割かが荒野に消える。命が落としたその理由が、魔獣との戦いだったのか、飢えや乾きや病気のせいなのかも、わからなくなる。
 残るのは、ARMと厳重に梱包された荷物ぐらいだ。
 そしてボクたちは、旅の途中しばしばそれを拾い、荒野の恵みとしてありがたく懐に入れる。
 ディーンとレベッカと、そしてたぶんアヴリルも、少しばかり虫や小動物にかじられかけはいるものの、原型を残した遺体そのものや、今までなにげに拾ってたアイテムの出自に、ショックを受けたようだった。
 まあ、グレッグもキャロルもボクも、それぞれに感じること想うことはあるけれど、それなりに慣れている。
 いや、これに慣れないかぎり、渡り鳥は続けられない。
 遺体を埋め、石を積み、花を手向けると、ディーンたちも落ち込んでいるなりにも、落ち着いたように見えた。
 それでもまあ、その夜は起きてくるかなと思って用意した。
 最初に来るのがディーンだとは思っていなかったけれど、とにかくホットミルクの出番のようだ。
 珍しく、ボクとグレッグが一緒に見張りをしていたから、ディーンはテントに一人きりで、女の子たちは三人一緒だから、そのせいもあるかもしれない。
 ディーンは、しばらくボクの背中から離れようとしなかったけれど、やがてミルクの香りに誘われるようにカップを手に取り、ボクたちに並んでたき火をかこむと、一息にホットミルクを飲み干した。

「うめー! おかわりッ!」

 ディーンは笑顔を取り戻し、口のまわりに白い縁取りをつけたまま、カップをグイと突き出した。

「ダメだ。こいつは一人一杯分しかねぇ」

 ボクはグレッグに逆らうように、ちょっとディーンを甘やかす。

「ボクの分を飲めばいい」
「なんで? チャックだって飲むつもりで、人数分作ったんだろ?」
「ボクは後で珈琲にするよ。眠気覚ましにもなるしね」
「ディーン、オレの分をやる」

 あはは。ディーンを指導したい気持ちと、甘やかしたい気持ちの間で、グレッグが揺れている。

「やった! 二人分いただイテッ!」

 ディーンが全部言う前に、グレッグの拳固が落ちていた。
 結局ディーンは二杯目のミルクにありついた。今度はカップを両手でかかえ、時間を掛けてちびちびと飲んでいる。そして飲み終わっても、なかなか立とうとしない。

「落ち着いたなら、さっさと寝に行け」

 ディーンはもじもじしながら、彼に似合わぬ不安そうな視線で、ちらちらとボクを見る。

「まだ嫌な夢見そうなんだ」

 そして問われもしないのに、見た夢を話し出す。

「キャロルが一人で荒野を歩いててさ、けど水も食べ物もARMもなくて、倒れちゃうんだ。助けたいのに、オレがキャロルで、オレはそこにはいないんだよ」

 やっぱり、ディーンは昼間のことを引きずっている。
 ボクはディーンを夢から引き離そうと、現実を言葉にして紡ぎ出す。

「キャロルはそんな目に遭ったんだってね。けど、ベルーニの髭のおっさんが助けたんだろ? そして今は、高性能ARMも持っている」

 ボクにとっては迷惑以外の何者でもなかった髭のおっさんだけど、キャロルの恩人と思えば、それはチャラにしてもいいかなって、思わないでもない。

「そうだよなッ! それからグレッグも夢に出てきた。ゴーレムの左腕を持った男を倒すんだけど、その後で自分をARMで撃ち抜いて……。グレッグッ! 絶対そんなことしないよなッ!」

 ディーンに怒られて、グレッグがひどく申し訳なさそうに、「しない」とディーンに約束すると、ディーンはその返答に満足げな笑みを取り戻す。けれどまたすぐに不安そうな顔つきになる。

「あとオレ、ゴーレムの採掘場にいたんだ。すげーゴーレムがたくさん埋まってて、他に誰もいなくて、堀り放題でさ、掘り出して動け! って命令すると、オレの言うことを聞くんだよ」
「そいつはお前にとって、いい夢なんじゃないのか?」

 グレッグはそう言ったけれど、オチが読めてボクは苦笑する。

「うん。そこまではすごく楽しい夢だった。でも、近くの鉱山町に戻ったら、チャックがもう処刑されちゃってたんだ」
「けれどボクは、キミたちのおかげで、こうしてピンピンしてる」
「オニメンゴッ!」

 いきなりディーンに拝まれた。

「オレ採掘場で、チャックのこと忘れてゴーレム掘りそうになったッ! レベッカに止められなかったら、もしかしたらオレッ! そしたらオレのせいで、チャックはッ!」

 ディーンがボクにへばりついてきたのは、たぶん彼が見た夢の中で、ボクの場合だけ自分のせいという要素が入っていたからだろう。

「あはは。キミらしいな。それにそういうことなら、レベッカもボクの直接的な命の恩人だね。それに、キミがどこの馬の骨ともわからないボクを信用してくれて、奔走してくれたからこそ、ボクは生きて今ここにいるんだよ? ハンターライセンスを無くしたと言い張る怪しい自称ハンターでしかなかったボクを」
「そんなの、一目見ればわかるじゃないかッ! チャックはカッコいいハンターだッ!」
「サンキュ! ディーン」

 夢をはき出してすっきりしたのか、まもなくディーンはテントに戻り、ぐっすり眠ったようだった。
 その後レベッカたちも三人そろってやってきて、ホットミルクを飲むと、三人そろって戻っていった。
 そしてボクは、グレッグと珈琲とミルクを分け合い、久しぶりにゆっくりカフェオレを楽しんだ。

090210



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