夜の見張りのそのパートは、チャックとあたしの二人だった。
あたりに他のメンバーがいないのを見て、あたしは抱えていた小さな疑問を、チャックに問う。
「チャックはルシルさんのこと、怒ってないの?」
ルシルが街で、微笑みながらベルーニの男と連れ立って歩くのを、見てきたばかり。
恋をあきらめたチャックの姿が、あたしの望ましくない未来の姿に、重なった。
失恋したばかりのチャックには悪いとは思ったけれど、恋の相談など、仲間内には、他にできる相手がいない。
そういえば、ディーンはいきなりチャックを信用して、一方的にトモダチにした。自分は自分で、チャックを騙して利用した。グレッグも、胸の内に秘めていた過去を、チャックに問われて初めて明かした。そしてキャロルは、言わず物がな。あの臆病な少女が、かけらも怖がらず彼を叱る。
まるで遠慮なしにつきあえる、幼馴染の親友のように。
ホントに幼馴染であるディーンにさえ、問えないことを、問いかけられる。
あたしの問いに、チャックは怒りもせず、嫌がりもせず、ただ穏やかに微笑んだ。まるであたしが、なぜそんな質問をしてくるのかまで、知っているみたいに。
「どうしてボクが、ルシルのことを怒るんだい?」
「だって、村を出たのも、ゴーレムハンターを目指したのも、ルシルさんのためだったんでしょ?」
ディーンも同じことをしようとしてた。きっとチャックも、ディーンと同じように、ハンターに憧れてたとは思うけど、ディーンのそれに、あたしのためは、カケラもない。
「ボクのためさ。ボクが彼女から、逃げたんだ」
「それもホントは、ルシルさんの、ためなんでしょ?
それにチャックは、ゴーレムハンターになって戻ったじゃない」
もしディーンが、一人で出て行って、ゴーレムハンターになったなら、やっぱり村へ、戻ってきてくれたとは、思うけど。
「その間、無事を知らせる便りさえ出さなかった」
きっとディーンも、一人で飛び出していったなら、無事の便りを出すことなんて、コロリと忘れてたと思う。筆不精だし。
小さく深呼吸。そして、
「……相思相愛だったんでしょ?」
チャックの瞳が、悲しそうに揺れたけど、その微笑を絶やそうとはしなかった。
「互いに互いの気持ちは、わかってた。
村の中でも、そういうことになっていた。
けれどボクは、一度もルシルに、好きだって言わなかった。
ルシルは何度も、言ってくれた。
ルシルがボクに、気持ちをはっきり示してほしがっていることも、わかってた。
なのにボクは、待って欲しいとも言わず、相談もせず、村を出た。
ただアデューって、村を出たのさ。
ボクはもう戻ってこないから、他の人を探してくれって、そう言うこともできずに、何もかも曖昧なままで。
あはは……。愛想つかされて、当然さだよ」
キャロルにチャックのことを訊ねられ、軽薄な彼のことを、少し話した。気取ってアデューって指を振るとかって。
そしてキャロルに教えられ、別れの言葉の意味を知った。
「だから、チャックは焼きもちを焼かないの?」
「逃げ出したのはボクなのにかい?」
「ルシルさんを連れてった、あのベルーニの男さえいなければって、思わなかった?」
「いてくれて、本当によかったと思ってるよ」
「悔しくなかった? 腹が立たなかった?」
「悔しかったよ。あいつが立派すぎて。腹が立ったよ。自分が情けなさ過ぎてね」
「でも、チャックは強くなったよね。あの男から、ルシルさんを取り替えそうとは思わない?」
もしベルーニに連れて行かれたのがあたしだったら、あたしはディーンに、取り戻しに来て欲しい。そしてそんなことになったなら、ディーンはきっと、そうしてくれる。
「もしルシルが、無理やりあいつの所で働かされているならば、あいつがヒドイヤツならば。望まぬ男に言い寄られてるなら、ボクは必ずこの手で取り戻す。
けれどルシルは、今の仕事にやりがいを感じてる。そしてあいつは立派なヤツで、ルシルは彼に微笑んでいる。そしてあいつも、ルシルに応えてくれている」
チャックは、ルシルさんのことを、本当に大事に思ってる。あたしだって、ディーンのことが大事だし、大好き。だけど、だからこそ……。
「あたしは、大好きな人があたしじゃない人を大好きになったら、あたしじゃない人を選んだら、あたしチャックみたいに考えられるのかな? よかったって、思えるのかな。すごく醜いこと、考えちゃう気がする」
「レベッカ。キミはボクじゃない。
それにボクは、キミが思ってるほど善人でもない。
内側は、醜いものさ。
こうして口先だけで取り繕う術を、知ってるだけだよ。
ボクはね、いつもいつも言い訳していた。
ボクは疫病神だから。ボクはハンターになんて、なれっこないから。ルシルがベルーニの所に奉公に出たら、村に戻ることなんかないから。その方が、ボクと一緒にいるよりも、ボクを村で待つよりも、ずっとずっといいはずだから……。
だからルシルに、好きだって言わなかった。
言っても、互いに苦しむだけだと思ってたから。
そして今でも、ベルーニの男を見つめている彼女に、同じ理由で言えないでいるのさ。
あいつなんかほっといて、ボクと結婚してくれ。必ず幸せにする! って、ボクは言えない。
きっとルシルを、困らせてしまうだけだから。彼女の気持ちは、もうボクの方を向いちゃいないんだから。
そう自分に言い聞かせてる。
卑怯なんだよ。成り行きに任せ、丸投げしてる。
そうやって、もう一度徹底的に、ルシルに振られるのが嫌なのさ。ボクが苦しみたくないだけなのさ」
そんな風に微笑みながら、そんな風に自分を卑下して。けれどあたしも、チャックと同じだ。はっきりディーンに告げて、振られることを、恐れてる。
まるであたしの気持ちを、見透かされているようで。
「けれどレベッカ。キミはボクじゃない」
チャックは優しく、そう繰り返し、
「あわてなくていい。あせらなくていい」
最後にこう言って、話を終えた。
「ディーンも、ルシルじゃないからね」
あたしも顔を火照らせたまま、真一文字に口を閉ざした。