「キャロル~。困ったことがあったら、なぁ~んでもお父さんに、相談するんだよ~」
法的にも娘として認められる前から、エルヴィスは親バカ全開だった。
そして甘えられるようになったキャロルは、いろいろお父さんに、悩みを聞いてもらうようにもなった。
けれど恋の悩みまでは、相談できない。
いや、改造実験塔でのあの反応と、その後しばらく続いた「とっても寂しいけど父として、キャロルをディーンに嫁がせるのだぁ!」熱と、それに続く「ディーンをキャロルのお婿さんにすればワシも寂しくなくて万事OK~!」熱を見るかぎり、絶対に相談できはしない。
いきなりお父さんのせいで処刑されかけ、お父さんに、女ったらしみたいな顔と言われた彼。いまだファリドゥーンと結婚したルシルのことを想っているようであるチャックのことを。
だいたいお父さんだって、独身ではないか。
キャロルが知るかぎり、異性に興味はなさそうだし、だからといってゲイでもない。結婚していたという話も、聞いたことがない。
そう考えて、ハタとキャロルは気がついた。
この、ものすごい子煩悩なお父さんは、ずっと独身だったのだろうか?
そもそもベルーニでもてる男といったら、何を差し置いても強い男である。外見的に言えばデカくてマッチョが、モテの典型だ。
ベルーニにも、腕っ節より頭の中身を好む人たちも、いないではない。けれどその対象は天才的頭脳にかぎられるし、しかも少数派。
そしてお父さんは、その全てを満たしている。
キャロルの贔屓目ではなく、さほど若くはないとはいえ、お父さんはモテモテなのだ。
たとえニンゲンの養女がいても、そのキャロルに向けて親バカぶりを爆発させていても、その恋の障害にはなりはしない。
子どもには母親も必要とかなんとか言って近づいているようだし、将を射るにはまずその馬を射よとばかりにキャロルにまで接触してくるベルーニ女性がいる。
とりあえずそんな話が実現しそうにないのは、教授の頭の中が、学問と愛娘で占められていて、他のものが入り込む余地がないからだ。
ついでに言うならキャロルだけでなく、「保護を必要とする幼さの特徴」をそなえた相手に、弱いようだ。
たとえば、身体に対する頭の比率と、顔に対する目の比率が大きな、幼い子どもや小動物やヌイグルミに。
まあ弱いといっても、それに没頭するほどではない。ヌイグルミをキャロル用という名目で買い集めている程度だ。
それにしたって、これまでずっと、女の人に興味がなくて、男の人にも興味がなくて、ついでにロリコンでもないのに子煩悩、なんてことがあるんだろうか?
自分が知らないだけで、実はグレッグさんのように、一度は結婚して、子どももいたと考えた方が、しっくりくる。
そんなことを思いついたら、それが忘れられなくなり、そうであっても、そうでなくても、エルヴィスのキャロルへの愛に変りはないとしても、お父さんのことを何も知らないことに気がついて、それがどんどん気になって、そして考えに考えぬいた末、キャロルは今自分が思い悩んでいると、気がついた。
そしてこの悩みを、お父さんに相談することにした。
「ワシはずーっと、独身であるな」
「恋をしたことは、ないのですか?」
「もちろん、あるとも。あのころは、ワシも若かった」
ますます目を細くして遠くを見るお父さんに、キャロルはなんだか嬉しくなり、お父さんの若かりし頃の、恋の話をねだる。
「年上の人だった。若くして文武両道を修め、多くの中にいても埋没することなく、彼女一人が輝きを放っているかのようであった。そしてもちろん、そのような素晴らしい女性であったから、アタックする男も多数いた。だが彼女は、その全てを華麗に叩きのめした」
ベルーニの場合、男性ほどではないが、女性の魅力も強さで測られる傾向がある。
「叩きのめしたといっても、乱暴とは程遠かった。その強さに裏づけられた優しさをそなえていた。強く高貴で凛とした、まさに荒野の一輪の花のようであった」
お父さんの頬が、ほんのりピンクに染まっている。
キャロルには、そのような素晴らしい女性に、お父さんはつりあうように思えた。
「お父さんは、その方とお付き合いしなかったのですか?」
「その頃はまだ若かった。ワシと彼女の年齢差が、ワシが年下であることが、ワシが何の地位も実績もない若造であることが、ワシの勇気を鈍らせた。
彼女はそのころ、すでに当時のジョニー・アップルシードとお似合いだという噂の人であったのだよ。そして二人は、ワシの目から見ても似合いに見えた。
そこでワシは考えた。年の差や、ジョニー・アップルシードに負けぬほどの、彼女に相応しい誰もが認める大きな実績を上げ、彼女に相応しい男になって、交際を申し込もう。
そしてついに誰もが認める手柄を立てた。ジョニー・アップルシードにさえ一目置かれるような、な。
だがその間に、彼女は他の男と結ばれた。
彼女が選んだことを納得できる申し分ない立派な軍人ではあったが、噂のジョニー・アップルシードではなかった。
そしてその時ワシは、彼女から結婚式の案内を受け取ったことすら気づかぬほど、研究に熱中していたのだ。
案内状に、その日付に気づき、ワシは愕然とした。
後に彼女の晴れ姿をムービーで見はしたが、いつまでもそれが現実だとは、信じられなんだ。それでも彼女は、誰よりも幸せそうだった」
しんみりとため息をつくお父さんを、その失恋の理由も含めて、キャロルは実にお父さんらしく、そして可愛いと思う。
「そして、その方はお幸せに?」
「うむ。子をなし、孫にも恵まれ、最後まで幸せであったと思う」
「最後まで? ではもうその方は」
「年でもあったし、夫も先に亡くし、Ubを発症した。子どもらにも先立たれた。それでも彼女は、まだ孫がいると、孫の成長を見るのが楽しみだと、いつも穏やかに笑っておった。
だが直接の死因は、浄罪の血涙であった」
「お父さん……」
「だが彼女の子孫は、この世界に生きておる。時折その孫と顔を合わせるし、まもなくひ孫も生まれるであろう。
それよりなにより、ワシがワシを情けないと思うのは、ワシはまたも研究にかまけ、彼女がかの地で療養していたことを、そして亡くなったことを、後に知ったということだ。
その直前に、ワシは研究のために、かの地を訪れていたのにだ。そうと知っていれば、訪ねることもできただろうに」
その研究とは、ベルーニ全ての命と、ニンゲンを含めた人類の運命が掛かった、Ubの研究のことだ。
「では、お父さんは、昔からずっとその方のことを一途に想ってきたのですか」
「と、言えなくもないだろうなぁ。
つい研究に熱中して忘れてしまう、まあその程度の片思いと自分に言い聞かせても、彼女以外にこうした気持ちを抱いたことは、ないからなぁ。
ワシは思うのだ。もし彼女に告白していれば、あるいは彼女の晴れ姿をこの目で見ていれば、ワシも変っていたのだろうか? と。
今でも時折、彼女からの結婚式の案内状を見つけた時のことを、夢に見るのだよ。その日付がとうに過ぎているという事実を、ワシはなかなか飲み込めなかった」
エルビスは過去を想って夢見るように滔々(とうとう)と語り、キャロルはその父の想いをロマンチックと感じた。
「ワシは、式に間に合わん夢も見た。もちろん現実は夢と違い、数ヶ月が過ぎ、駆けつけるも何もかも全て終わっていたのだが、夢の中ではガーデンパーティの後片付けが終わっておらず、青空の下、緑の芝生の上、宴の跡が残るが誰もおらぬ『RYGS』の庭を前に、ワシは呆然と……」
「え?」
「うむ。トゥエールビットも、RYGS邸も、今ほど大きくはなかったが、アットホームなよい式であったらしい」
「つまりお父さんは、研究にかまけて、彼女をほったらかしていたと」
キャロルの声が、妙に冷たくなったことに、エルヴィスは気づかなかった。
「いや今でもそうだが、あのころのワシはさらにシャイボーイでな、告白さえできなんだのだよ」
「で、それからずっと、新しい恋もしなければ、結婚も考えず、彼女の子孫を眺めて満足していた、と」
「研究に熱中してしまう性質は、ずっとかわらんかった」
その後エルヴィスは、キャロルが突如ヘソを曲げた理由がわからず、おおいにうろたえたという。