氷の微笑みをたたえ、アヴリルはチャックを見据えている。
「わたくしが、チャックを殺します」
チャックは、何か聞き間違えたのかと思ったようだ。
不思議そうに、アヴリルを見返している。
「え? っていうかアヴリル、なんで?」
ポンポコ山から、ハニースデイに帰還した。
次の目的地も、出発も明朝と決まっている。
だがチャックは、決意早々己の力の限界を突きつけられ、仲間たちに己が振りまく災厄が及ぶ前に身を引き離そうと、夜更けにこっそり一人で旅立とうとしていた所だった。
目的地など定めず、このまま誰と関わることもなく、荒野を彷徨い続けようと。
……美辞麗句で飾っても意味がない。
加入早々自信をなくして夜逃げしようとしていたら、アヴリルに先回りされていた。
氷の微笑みをたたえたアヴリルが、もう一度繰り返す。
「約束しますよ。
チャックがわたくしの大切な人に災厄をもたらすならば、
その前にわたくしが、必ずチャックを殺します」
「あはは……」
チャックは頬を引きつらせ、笑い声を搾り出す。
けれどアヴリルは、まるで動じず、しっかりとチャックを見据え繰り返す。
「約束します。必ずその前に殺します。
チャックは、わたくしの約束が、信じられませんか」
チャックは笑みを貼り付けたまま、ゆっくりと首を横に振る。
「ですからチャックは、それまでわたくしたちと一緒にいても、いいのですよ。
わたくしが、許します」
チャックは、それを望んでいた。
心の奥底から切望していた。
仲間たちと共にあることを。
そして許しを。
「けれど、それじゃキミが……」
アヴリルは氷の微笑みをふっと融かす。
「わたくしは、知られるようなヘマはいたしません。
チャックのように、気が弱くもありません。
大切な人のためならば、わたくしは何でもできるのです。
ですがチャックも、わたくしが手を下さずともよいよう、最大限の努力をしてくれますね?
チャックはディーンのお友だちなのですから、いなくなれば、ディーンが悲しみます。
約束してくれますか?」
チャックの内からも、凍り付いていた何かが溶け出し、口元にこぼれだす。
それは涙がこぼれそうな、けれど安堵の笑みだった。
アヴリルであれば、そう、ミラパルスでベルーニを追い払ったこの彼女であれば、その約束がどんなに重くつらいものであったとしても、必ずや果たしてくれるだろう。
誰に知られることもなく。
チャックはそのまま、小さくうなずき、約束を受け入れる。
「でも、どうして?」
チャックには、わからなかった。
なぜアヴリルが、自分が出ていこうとしたことを、知っていたのか?
このタイミングでここに現れることができたのか?
そしてチャックにさえわからなかった、求めていたその約束を与えてくれたのか?
アヴリルはそれに答える代りに、その白い指先をチャックの胸元につきつける。
「約束を、守りなさい。
ですがこの約束のことは、忘れなさい」
アヴリルがまとった雪明りのような冷たい光が指先から流れ出して、チャックを包む。
その間チャックは、まるで美しい幻に見とれているかのように、身動き一つしなかった。
「あれ? ボク?」
きょとんとしていたチャックは、目の前で微笑んでいるアヴリルを、自分がまじまじと見つめていることに、唐突に気づく。
「あ、ゴメン!」
「なにがですか?」
わけがわからず、チャックはうろたえている。
「チャックも、暗い場所が苦手なのですね」
「え? ……どうして?」
「わたくしも、暗くて寒い場所は苦手ですから、なんとなくわかるのです。
眠れず、少し歩こうと外へ出たところ、チャックがいたので、わたくしも一緒にと考えました」
そしてアヴリルは、天を仰ぐ。
チャックもつられるように、その視線を追う。
「月がきれいです。眠るのがもったいないぐらいに」
「そうだね」
二人はしばらく月を見上げていたが、やがて連れ立って仲間たちの所へと戻っていった。