(C)hosoe hiromi
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あるだけ全部!

ディーン

 あきらめなければ、何でもできるといったって、
 時計の針を戻せないことは、オレにもわかる。
 失いたくなんてないけれど、
 過去にしがみつけば、オレは今の全てを失う。
 今が過去の上にあるんなら、アヴリルがくれたこの今を、オレが丸ごと護って見せる。
 この世界、あるだけ全部!
 それがオレの、一番大切な宝物だ。




ひとつがいっぱい

レベッカ

 ひとつだけ、かなって欲しい夢がある。
 初恋が実りますように。

 ひとつだけ、かなって欲しい願いがある。
 アヴリルが幸せでありますように。

 ひとつだけ、かなえると決めたことがある。
 あたしのこの手で、みんなを笑顔にしてみせる。

 ひとつだけがいっぱいの、あたしがここに一人いる。

 ひとつずつ、あたしは胸に抱きしめる。

 願わくば、今日のアップルパイが、味も形も申し分なく焼き上がりますように。




無限大

アヴリル

 わたくしは、つむじ風の中の、ひとひらの花びらです。

 くるりくるりと時を巡り、あなたに出会い、別れます。

 あなたへの永久の気持ちを道連れに、
 定められた時の輪を、果てしなく巡りましょう。




零だった

グレッグ

 お前は消えちまいそうだとふと漏らせば、
 両手を広げて笑って見せる。

「まったくキミにこそ、復讐を終えたらいなくなってしまいそうだったのに!」
「チャックさん!」

 年下の少女に引っ張られていく背中を見ながら、
 ああそうだったと思い出す。

 オレは全てを失ったと、長い間思っていた。




零ではない

キャロル 

 母は私の手首を掴み、不機嫌そうに歩いている。
 転びそうになりながら、ただひたすらに足を動かす。
 足がもつれ声を上げれば、憎しみの籠もった眼差しを私に向ける。
 私たちの前を歩く父は、振り返ることはない。
 唐突に、わだかまる破滅に続く道であることに気づく。
 怯え、叫んでも、母は無言で掴む手に力を込める。
 逆らい足を止めようとすれば、父が振り向き拳で服従を強いる。
 二人はまるで、それを見つけた私こそが、それを作り出したとでもいうように、憎しみをたぎらせる。
『私の言葉を聞いてください。私の意志を認めてください。私は人形ではありません』
 けれど二人は目を閉じて、私の言葉に耳を塞ぐ。
 なのに私の手を離しはしない。
 だから逆らい、手を振り解き、二人に背を向け走り出す。
 追われるだろうと、怖かった。
 叱られるだろうと、怖かった。
 けれど二人は、逃げ出した私を見ようともせず、
 まるで最初から私などいなかったかのように、
 その道をただ歩いていってしまった。
 なぜ連れ戻そうとしないのか?
 いずれがいずれを捨てたのか?
『私が声を上げたからですか? 私がいい子ではないからですか?』
 戻りたいと思う気持ちをねじ伏せて、道なき荒野を走り続ける。
 望むことさえ禁じられていた、光に向かって手を伸ばす。
 たくさんの人々が、私のその手を取ってくれた。




零でさえなければ

チャック

 誰にも迷惑かけたくない。
 誰もうしないたくはない。
 ボクがいなくなればいいのだけれど、
 けれど、せめて生きたいと、生きていたいと、そう思った。
 たとえ一人、荒野を彷徨うことになろうとも。

 荒野のただ中一人眠れば、うしなった人々が夢に現われ、ボクに笑いかけてくる。




08.11.18


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