(C)hosoe hiromi
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夏休みの自由研究

短編94 「ある男」後日譚
リクエスト ヴォルカルで甘め。
ゆう様への捧げ物

「はぁ?」

 口を開けろと促されたからではなく、呆れて半開きになった口に、なんの疑問もなくスプーンを突っ込みやがる。
 突っ込まれたドロドロしたもんは、これでもかって程に甘ったりぃが、久しぶりの喰いモンだ。

 今いるみてぇな、窓のない小部屋に閉じ込められるのは、初めてじゃねえ。堅いベッドに……、床や壁に直接ってことも珍しいこっちゃねえが、縛り付けられるのも、そん時殴る蹴るの乱暴を受けるのも、何かやらかして捕まった時のデフォルトだ。
 妙なもんを口に突っ込まれたこともある。
 そういう目に遭うたびに、俺は俺の自由を奪っといて痛めつけようってな連中の、やりくちの甘さに退屈した。後で礼に、そいつらの身に、どうやるべきだったかを、教え込んでやったもんだ。

 で、今回俺をこんな目に遭わせやがったのは、今目の前でスプーンを持っている、まさにこの男。
 どう見たってメガネのインテリの優男。
 ヴォルスングという。
 こいつが、強い。
 腕っ節も強いが、その上天才らしい。
 出会い頭、俺はこいつに両手足をぶった切られた。
 容赦なしってのは、こんなヤツのことを言う。見事なもんだ。ヤツがこれから何をするか、俺は見たいと思ったが、まあそこで死ぬんだろうとも思ったわけだ。
 ところがなんだ? 俺の今の状況は。
 ヤツが気を変えて、俺に情けをかけた、なんてことは、一切ねえ。
 こいつは、誰一人残らずぶっ殺してやるってぐらいのドロドロしたもんを内に抱えながら、素知らぬ顔で、俺に手ずからドロドロしたもんを喰わせてやがる。
 まあ、こいつも最初は、そのつもりじゃなかったんだろう。俺が最初に俺の世話をしに来たヤツを、ぶちのめしちまったせいで、こうなった。
 俺が両手足ぶったぎられたばかりで、しかもベッドに拘束されてるからてんで、俺を安全にからかえると思う方が悪い。
 ちょいと拘束具引きちぎって、そのバカを残った両手足で確保して、頬肉食いちぎってやったら、他の連中までビビっちまって、こいつ以外俺の世話するヤツがいなくなった。
 こっちは、両手足の傷が開ちまったってのに、ここは本当に強硬派の士官学校か? 軍の学校ってのは、人殺しの方法を教える所じゃなかったのか? 頬に穴が開いたぐらいで、ビビるなんざ、おかしいじゃねぇか。

「来る場所を間違えたな。ここは家柄だけが取り柄の連中のための場所だ。容赦無い対応が望みであったならば、他へ行くべきであった」

 そしてヴォルスングは、とある士官学校の名を上げる。穏健派の実力者が集まる士官学校だそうだ。学校なんてもんは同じだと思ってたし、強硬派ってな方が強硬なことしてやがると思ったが、違うらしい。

「なら、てめぇもいい所の坊ちゃんか」
「父方はそうと言えよう。だが、我を親類と認める者は、一人としておらぬ。母は生まれも知れぬニンゲンであり、我は呪われし身というわけだ。
 その父方の名を名目に我を入学させたのは、Ubによる人口減により、名ばかりの者ですら数を集められぬため。入学時は野良犬扱いであったが、全て叩き伏せ、今や特待生として、お前一人を飼う程度の便宜は、提供させている」

 強いモンが偉いのは、どこでも同じらしい。が、一番強い連中が集まる士官学校にも、このヴォルスングほどのヤツはいねえってえから、俺が選んだ場所はアタリってわけだ。
 くっちゃべりながら、ヴォルスングは俺に口を開けるよううながしては、スプーンを突っ込んでくる。

「力をやろう。我に従え」
「はぁ?」
「いずれ我は、この世界の頂点に立つ。従うなら、機械の両手足と共に、殺戮の機会をくれてやる」
 今のはダジャレか? 笑う所か?
「俺で生体実験でもすんのかよ」
「そうだ。何度か試みたが、強力なパーツを生身が制御しきれん。生身を強化、ないしボディをすべて機械に置き換え、脳から直接各パーツを制御したが、精神力がついていかん。狂ったゴーレムもどきなど、我が道具足りはせん」
 ニンゲンでも使ったんかね。
「最初からそのつもりで、俺の手足をぶった切りやがったな」
「そうだ」
「嫌だと言ったら?」
「逆らわぬよう躾けよう」

 それも面白そうだと思ったが、俺が期待するような血や暴力なんぞではなく、脳でもいじられて、それこそゴーレムもどき扱いで仕舞いになりそうだ。
 そもそも俺は、こいつに逆らう気なんぞ、さらさらねえ。こいつだけでもおもしろいってのに、半分ニンゲンのこいつが頂点に立つ? 力と殺戮の機会を俺にくれる?

「ヒャハハハハハッ! こんなおもしれぇ話、蹴るつもりはねぇな!」
「ならばこれを喰え」
「いったい何だこりゃ」
「ありていに言えば下剤だ」
「はぁ?」

 その甘ったるすぎるが、同時に苦いこいつは、なんかの薬だとは思ったが、下剤ってのはなんだ下剤ってのはよ。

「体内洗浄も行う」
「浣腸か? そりゃどんな羞恥プレイだ? それとも調教ってやつか?」
「調教されるガラか。生体ごと改造すると言ったはずだ」

 確かにヴォルスングは、これから組み立てるゴーレムパーツを洗うみてぇに、俺を完璧に洗いやがった。
 中だけじゃねえ。外側も完璧に消毒され脱毛され、ぴかぴかに磨かれた。
 それから何日もかけて、ありとあらゆる薬を飲まされ、浸され、注射され、切り開かれ、取り替えられ、切り捨てられ、付け加えられた。
 ヤツが言うには、なんでも学校は夏休み、いやUbによる学校閉鎖だったか? ともかくそんなもんで、俺はヤツの夏休みの工作みたいなもんであるらしい。学校なんぞ、どこも初日に放り出されて通ったことがねえから、何が面白いのか、わからんが。
 ともかくその間、ヤツは徹底してクールだった。
 すさまじくどす黒い何かを、その涼しげな身の内いっぱいに湛えてやがる。
 怨み辛み妬み憎しみ絶望を煮詰めたみてぇな。
 だが、そんなありきたりのもんばかりじゃねえ。そんなもんなら、程度の差こそあれ、どこにだって転がってやがる。
 もちろんヴォルスングが抱えているもんは、桁違いだ。その経歴を知ってなお、そんだけのもんが抱えられるとは、信じられんほどに、闇が濃い。
 だがその闇は、甘くもある。
 こいつが俺に喰わせた、あの甘いドロドロみてぇに。そしてあのドロドロみてぇに、ろくでもないもんの固まりだ。
 言っとくが、あれは下剤なんてな、なまやさしいもんじゃなかったぜ。ケツの穴どころ毛穴も含めて穴という穴から、何かが吹き出しやがる代物だ。
 それをあいつは、スプーンに乗せ、俺に口を開けるよう促して、突っ込みやがった。

 まじめな顔で、「あーん」 てな。

08.10.27



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