(C)hosoe hiromi
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荒野

グレッグ

 目の前で妻子が逝く間、オレは何もできなかった。
 それは確かにオレの罪だ。
 だが、オレじゃねぇ。
 オレは二人を殺しちゃいねぇ。
 オレを妻子殺しと呼ぶな。
 その罪名で、オレを罰するな。
 それで片付けちまったら、二人を殺したヤツはどうなる?
 誰がヤツに罰を与える?
 ヤツがしたことを。
 ヤツの罪を。
 誰かヤツに償わせる?
 誰もヤツを追わないなら、オレが追わなきゃならねぇ。
 誰もヤツを罰しないなら、オレが罰しなきゃならねぇんだ。
 目の前で二人を逝かせちまったのは、オレの罪だ。オレはオレを許せやしねぇ。
 だがその前に、ヤツに償わせなけりゃならねぇんだ!
 オレは、オレを捕らえようとした保安官を殴り倒し、ヤツが残したARMを手に、ゴウノンから荒野へと飛び出した。
 振り上げられた拳と、燃えるような罵声と、銃弾を背中に浴びながら。
 オレの背中の傷から流れた血なんぞ、ものの数じゃありゃしねぇ。
 二人への贖いに、二人が流した血と同じだけのヤツの血を。そしてヤツの魂を。
 ヤツの姿を求め、オレは荒野を渡り続けた。




キャロル


 一日も休むことなく、暴力と暴言が私に浴びせかけられました。
 私はただ部屋の隅で体を丸めていることしか、できませんでした。
 頭を抱えながら謝罪の言葉を繰り返すことしか、できませんでした。
 全て私が悪いのですと、
 いい子になりますと、
 数え切れないほど約束しました。
 けれど、ある日気づいたのです。
 私は虐められるために、ここにいるのだと。
 死ぬまで、虐められるのだと、
 殺されると思った時、怖くなりました。
 死ぬのだと思った時、何も怖くなくなりました。
 だから、背を向けて逃げたのです。
 逃げたことの罪をなじられはしないかと、
 罰を与えられはしないかと、
 今にも背中を鞭打たれるのではないかと、
 今にも追って来はしないかと、
 恐ろしくて振り向くこともできず、
 足が縺れ荒野に倒れ込み、
 立ち上がることもできなくなるまで、
 ただひたすらに、逃げました。




チャック


 落石が父さんを押し潰した時、ボクは何もできなかった。
 父さんがちょうどそこにいたのは、ボクがそこにいたからで、
 世界は崩れ落ち、闇に閉ざされる。
 闇の中、ボクの背を石が打つ。
 勝手に村を出てはいけないという、掟を破ったボクを、
 入ってはいけない場所に、入ったボクを、
 何もできないボクの背を、
 卑怯者、臆病者と、石が打つ。
 父さんを迎えに行くことを思いつき、そのぐらいわけないと無邪気に自分を信じ、後で怒られたってかまやしないと、村を出た。
 期待と喜びに胸を躍らせ、荒野を渡った。
 ああ、悪いのはボクなんです。
 父さんじゃありません。
 だからボクを罰してください。
 お願いです。
 罰を受けるべきは、ボクであって父さんじゃありません。
 けれどボクは生き延びて、大切な人を喪い続けた。
 あの日石が背中に刻んだ罪の印を背負い、ボクは荒野を彷徨い続ける。

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ヴォルスング

 幼き日々のことを、覚えている。
 父がいて、母がいて、とても大きな人がいた。
 そして希望たれと、望まれた。
 父に、母に、全ての人々に幸せをもたらす希望たれと。
 大きな人に期待されることが誇らしかった。
 その期待に応えるためならば、いかなることにも励もうと。
 だが父は殺され、母は自害し、大きな人は姿を消した。
 この身が未だ希望とならぬからなのか?
 ただ在ることが罪とされ、
 ただ在ることさえ否定され、街を追われた。
 友に背押され荒野に逃れた。
 ただ一人、希望たらんと荒野を渡る。
 だがたどり着いた地で、希望を与えんとしたその人々に、ただ在ることが罪とされ、石持て追われ、再び荒野へ逃がれ出た。
 両親から継ぎしこの我が身、ただそれだけで罪というのか?
 希望など、求めぬというのか?
 ならば、その期待に応えよう。
 我が罪に相応しい災いと絶望を、
 この世界に在る全ての者に、分け隔てなく与えよう。
 荒れ果てた野を、全ての者に。

08.10.02

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