(C)hosoe hiromi
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ミッシーズミアの魔獣

てりゅ様からのお題「ファルガイア学園コスのお互いを見た感想」

「魔獣は狡猾で、渡り鳥の前には姿を見せようとしないんです」

 たとえ危険と隣り合わせに暮らさなければならなくなったとしても、逃げ場などないミッシーズミアの子どもたちのために、当然のこととして魔獣退治を引き受けた。
 だが魔獣は、ディーンたちの前には頑なに姿を現わそうとはせず、隙をつくように、別の場所に爪痕を残していく。このままでは、いつ子どもたちが直接的被害を受けてもおかしくはない。

「抵抗の手段がない者の前にしか現れないなんて、卑怯だぞ! 出てこい魔獣! 臆病者! お前のかーちゃんでーべーそッ!」
 いくらディーンが叫んでも、手分けして隠れ家がありそうな場所を一つづつつぶしていっても、ダメだった。

「ディーンの言う通りかもしれないな」
 グレッグの言葉に、ディーン自身がきょとんとする。
「魔獣は、でべそなのか?」
「卑怯で臆病者なんでしょ」
 と、レベッカがため息をつく。
「グレッグさんがおっしゃりたいのは、魔獣が何をもって渡り鳥とそうでない人を区別しているか、ということではありませんか? 抵抗の手段があるかないか、つまりARMを持っているかいないかです」
 確かにARMは、渡り鳥の必需品だ。
 そこで装備をミーディアムだけにしてみたのだが、やはり魔獣は現れない。逆に、ものは試しとミーディアム抜きでARMだけにしてみたのだが、それもやはりダメだった。
「じゃあ次は、ショベルとツルハシ行こうぜ!」
「ちょっとディーン! 無茶言わないでよ」
 やけに嬉しそうなディーンを、レベッカがしかりつける。
 それに待ったをかけたのは、チャックだった。
「いや、いい考えじゃないかな? ここは、ライラベル建設のために掘り尽くされて放棄されるまでは、採掘場だったんだ。ショベルやツルハシを持っていれば、魔獣は鉱夫だと思って姿を現わすかもしれない」
「チャック! ナイスアイデアだ!」
「ディーン。キミのアイデアだろ?」
 そんなわけでショベルやらツルハシやらを担いで魔獣を探索したが、ダメだった。

「考えてみましたが、ここで働いていた鉱夫のみなさんも、魔獣と戦っていたはずです。もっと渡り鳥でもなく、戦いとは無縁な恰好をする必要があるのではないでしょうか」
「けどアヴリル、決まった渡り鳥の恰好なんて、まるでないんじゃない? 現にあたしたちだって、てんでばらばらだし」
「確かにレベッカの言う通りです。渡り鳥の見かけは様々です。ですから完璧に、渡り鳥でも、他の戦いに関わる人々でもない見かけを作る必要があるのではないかと」
「たとえば?」
 それに即答したのは、チャックだった。
「メイド服だね!」
「オレは下ろさせてもらう」
 グレッグのその一言も、即答だった。
「グレッグ! ミッシーズミアを見捨てるつもりか!」
「ディーン。オレはメイド服では戦えん。それ以上でもそれ以下でもねえ」
 チャックが大げさに両手を広げ、天を仰ぐ。
「ボクは、男は執事かウエイターの恰好のつもりでいたんだけどな。すごいものを想像してしまったよ」
 帽子を引き下ろすグレッグにかわり、キャロルが反論する。
「私もメイド姿は、やめておいた方がいいと思います」
「え? キャロルならきっと似合うよ」
「オレもそう思う! 絶対かわいいって!」
 チャックとディーンに口々に言われ、キャロルは頬を染める。
 そこにレベッカが、期待の笑顔で割り込んでくる。
「ねえねえディーン、あたしは?」
「え? レベッカがどうしたんだ?」
「もう、ニブイんだからッ! あたしにメイド服は似合うと思う? って聞いてるのッ!」
「うーん、まあ、似合うんじゃないかな?」
「なによ。煮え切らないわね」
 横からチャックが口を挟む。
「レベッカには、活動的な感じの方が似合うんじゃないかな。たとえメイド服でも、ミニスカなんかいいと思うよ」
「そう? って、ミニスカのメイド服なんて、どこにあるのよ!」
「わたくしはどうでしょう」
「アヴリルなら、何だって似合うさ」
「ちょっとディーン! なんであたしに対しては、おざなりなわけ!」
「えーッ? オレ別にレベッカにもアヴリルにも、同じこと言ってるじゃん」
「微妙に違うわよ!」
「ディーンにその手の質問は無駄だ。やめておけ」
 グレッグに言われ、レベッカも渋々切り上げる。
 が、チャックはやめなかった。
「ボクは、アヴリルには髪を結い上げ着物に割烹着なんていうのが似合うと思うけどな」
「そりゃあ悪くねぇな」
 ついグレッグも、乗ってしまう。
「あうあう、それは戦いにくそうです」
 困り顔のアヴリルに、今度はレベッカが割り込んだ。
「もうみんな! 何のために作戦練ってるのか、思い出してよね!」
「最初に脱線したの、レベッカじゃないか」
「ディーン! 何か言った!」
「だからレベッカが、メイド服が似合うかどうか……」
 ついにキャロルが、待ちきれなくなったらしい。
「とにかく、メイド服は魔獣をおびき出す役に立たないのではないかと思うのです! 執事さんの恰好もです。現に渡り鳥の中には、戦う執事さんもいらっしゃいますし、ファリドゥーンさんの家には、戦うメイドロボもいました。魔獣はメイド姿は知らないかもしれませんが、あの渡り鳥の執事さんでしたら、ここへも出入りしていますから、ダメである公算が高いのです」
「へー。あの執事さんも、ここへ来てるんだ」
「はい、そうなんですレベッカさん。ライラベルに本社のあるマックスウェル金融は、ベルーニの手前、表だってはいませんが、ミッシーズミアの子どもたちの、大口支援者でもあるのです」
 話の脱線はとりあえず止まったが、再び手詰まりになってしまう。
 それほど渡り鳥の見かけは、多種多様だ。
「あとはベルーニ軍の防護服ぐらいですが、軍人の恰好をしても、渡り鳥を避けている魔獣をおびき出せるとは……。そうです! 学生服がありました!」
「学生服?」
 キャロルがパッと顔を輝かせ、仲間たちに力説する。
「はい、教授から聞いたことがあります! ベルーニには、学校という教育システムがあり、子どもの間は学生となって、基礎教育を受けるのです。その学生の証が、学生服です!」
「バスカーの恰好か?」
「いいえ、バスカーのみなさんは、すでに学校を卒業しておいでです。学生は基本的に未成年者で、子どもと見なされます。もし魔獣が、ある程度大人か子どもかを基準にしているのなら、学生のふりをすれば、おびき出せるかもしれません。ベルーニは私たちより一回り体格が大きいですから、ベルーニの学生のふりをすれば、魔獣には、ベルーニの子どもの集団に見えるはずです!」
「魔獣がベルーニの学生ってのを、知っていればだがな」
 グレッグの反論を、キャロルはあっさり却下する。
「知らなければ知らないでいいんです。少なくとも学生服の集団は、渡り鳥には見えません!」
「オレも学生服とやらを着るのか?」
「大丈夫ですよグレッグさん! ベルーニの学生の最年長者は、成人を少しばかり越えるのです。もとよりニンゲンより体格が大きいのですから、グレッグさんサイズの学生服も、きっとあります!」
 きっぱり言い切られて、グレッグは口をつぐむ。
「けど、どうやってその学生服を手に入れるの? あたしたちが学生になるわけ? それとも教授にお願いする?」
「いえ、レベッカさん。入学したいのは山々ですが、ニンゲンの私たちが入学するためには、まずニンゲンとベルーニの間の壁が取り払われなければなりません。それに正直、たとえ最終的に教授に甘えるにしても、出来るところまでやってからにしたい、というのが私の本心です」
「じゃあ、どうするんだ? キャロルはもう、その方法を考えてるんだろ?」
「はい、その通りです、ディーンさん! 先日ブラックマーケットで扱っているのを確認済です! 私、少々学生というものに憧れていまして、それで学生服を売っていることに気づいたんです」

 

 知らない人は知らないが、知っている人は知っている、ギルドのハンターたちが命がけで集めた稀少な品を横流しする闇の店。ブラックマーケット。
 売り物の出所もまともではないが、その対価も尋常ではない。
 客は己の精気を支払いに充てなければならないのだ。
「ねぇ、レベルアップルとかはわかるんだけど、どうやってハンターが、学生服を手に入れてくるんだい?」
 元ハンターだけあって、チャックはその点が気になったようだ。
 赤目の受付嬢は、鼻で笑う。
「ここにあるのは、ハンターが持ち込んだ物ばかりではない、というだけのことよ。蛇の道は蛇。需要があれば供給される。それが世の理というものじゃ」
「へぇ。需要があるんだ」
「お主らが買っておるではないか」
「ごもっとも」
「御託を並べておらずと、さっさと選べ」
 精気という多大な犠牲を払い、さっそくギルド会館の手洗いで着替えることにした。
 キャロルは、大喜びだ。
「キャロル。すっごく似合ってるわよ」
「はい。どこからどう見ても、本物の学生ですよ」
 レベッカとアヴリルに褒められて、嬉しそうだ。
「レベッカさんもアヴリルさんも、とてもお似合いです」
「えへへ。ロングもあったけど、ミニスカートのにしちゃったんだ。ロングはスケバンっていう戦闘向けのだって言われたんだけど、こっちの方が動きやすいし、似合うかなって。
 でも、アヴリルのはずいぶんあたしたちとは違うわよね。それも学生服なの? すごく知的な感じはするけど」
「これは、学生を教える教師の服です。学生には引率の教師が不可欠ですから、魔獣も納得するでしょう。それに引率の先生がいなければ、ライラベルを出る前に、生徒は補導されてしまいかねません」
「そういうもん?」
「はい。レベッカも、健康的な女子高生っぽくて、とってもかわいらしいですよ」
「へー。あたし、ジョシコーセーっぽいんだ」
 アヴリルは、このところ昔の記憶を思い出すのか、ときおりレベッカやキャロルが知らないことを、口走る。
「あ、ディーン!」
 化粧室を出たところで、着替えたディーンとチャックと鉢合わせする。
「はわ~」
「あら」
「何て言うかディーン。イメージ変らないわね」
「まあ、オレはいつでもオレだからな」
 レベッカの前で、ディーンは指先で鼻を擦って自慢げだ。
 その隣で、チャックが両手を広げて肩をすくめる。
「ボクはディーンに、マフラーをやめて、ボタンをきちんと留めろって言ってるんだけどね」
「堅苦しいのは、オレのガラじゃない」
「魔獣をだます間だけ、我慢できないのかい?」
「オレ、学生に見えないか?」
「着崩してはいても、とても学生っぽいと思います。学生といっても、いろんな人がいますから、ある程度バラエティがあるのも、本物っぽいかと」
「キャロルがそう言うなら、ボクもうるさく言わないよ」
 ディーンは満足そうに、もう一度鼻を擦る。
「けどさ、チャックだってなんで白いやつにするんだ? 黒い方が普通の学生服なんだろ? それに黒い方が、だんぜん汚れが目立たないじゃないか」
「おかしいかい? ボクは似合うと思ったんだけどな」
 レベッカとキャロルが声を合わせる。
「っていうか、ワザとらしいぐらい似合ってるわよ、チャック」
「まるで、チャックさんのためにデザインされたかのようです」
「そうかい?」
 嬉しそうなチャックに、キャロルは両手を握りしめ、興奮しながら力説する。
「はい! 今のチャックさんなら、魔獣を騙せるだけでなく、ベルーニの学校に潜入することだって、できると思います!」
「へえ。潜入したら何ができるのかな?」
「勉強したり、試験を受けたりです!」
「……ハンター試験だけで充分だよ。かんべんして欲しいな」
「えー。もったいないですよ」
 一方レベッカは、ディーンの前でくるりと回って見せる。
「ディーン。これどう?」
「どうって言われても、オレわかんないよ。本物の学生なんて、見たことがないし」
「もう! 似合ってるか似合ってないかよ」
「似合ってる! 似合ってるからそう怒るなよ! で、なんでアヴリルだけ雰囲気違うんだ?」
「アヴリルは、生徒じゃなくて先生なんだって」
「似合いませんか?」
「アヴリルも似合ってるぜ!」
「私はどうでしょう?」
「キャロルも似合ってる!」
 どうやらディーンのファッションに関するボギャブラリーは、ひどく貧弱なようで、似合っているを連発している。
 三人に囲まれて評価を求められるディーンの姿を見て、チャックが苦笑する。
「いつもながらモテモテだね、ディーン」
「これってモテるって言うのか? みんな、似合ってるかどうか聞きたければ、チャックに聞けよ。オレよりは詳しそうだから」
「わかってないね、キミは」
 互いの衣装を一通り評価し終わると、まだやってこない仲間のことへと、話題が移る。
「ディーン、チャック。グレッグはどうしたの?」
「オレ、様子見てくる」
 言い終わる前に、ディーンは手洗いに駆け込んでいく。
 そして間もなくもしないうちに、グレッグの手をぐいぐい引っ張って、戻ってきた。
「別にいーじゃん。似合ってるって」
 グレッグは、抵抗するも恥ずかしいが、逆らうのも大人げないとばかりに、微妙な引っ張られ方でやって来た。
「あ、うん。確かに似合ってるよ」
 チャックの評価も、微妙だった。
「はい。似合ってますよ、グレッグ」
 アヴリルの評価も、微妙だった。
「えーっと、これは予想外ですが、似合ってます」
 キャロルの評価も、微妙だった。
「魔獣を退治するまでの間だから。でも悪くないわよ」
 レベッカは、なるべくこっそりと、ため息をつく。
「ああ、そうだな。さっさと卑怯で狡猾な魔獣を退治しちまおう。子どもが苦しむ姿は、見たくねぇからな……」
 グレッグは、まるで自分に言い聞かせているようだった。
「えーッ! 精気吸われて着替えた後は、相手の強さが予測できる魔獣と戦って、新しい服に慣れつつ、精気を回復させようって、グレッグが言ったんじゃんか!」
「まあ、な」
「もうディーンのバカ。少しはグレッグの気持ちも考えてあげなさいよ!」
「えー! レベッカだって、それに賛成してたのになんでだよ」
 唐突に、アヴリルがパンパンと手を二つ叩く。
「さあみなさん。おしゃべりはやめましょうね。社会科見学に出発しますよ。忘れ物がないように、よそ見をしないで、ついてきてくださいね。ゴミを残してはいけませんよ」
「はわ~。アヴリルさん、本物の先生みたいです!」
 キャロルに褒められ、アヴリルはますます調子を上げる。
「級長のキャロルさん。みんなを背の順に、二列に並べてください。では、ミッシーズミアに出発しま~す」
 グレッグを除く『生徒たち』は「はーい」と声を合わせると、ぞろぞろと歩いて、ギルド会館を出ていった。
「本物のバカじゃの」
 その背中が見えなくなると、赤目の受付嬢はカウンターの下から一冊のノートを取り出した。
「まったく世の中変ったものじゃ」
 そしてよく手入れされ、染められたとがった爪で、ハンター向けのミッション一覧ミッシーズミアの魔獣の項を開く。
「まだまだ変わりそうじゃの」
 そしてその項に、ミッション消失を示す横線を書き込んだ。

08.09.26




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