チャックが無言で立ち上がり、背を向け歩き出す。
そのまま闇の中に消えちまいそうな不安を感じたのは、オレだけではなかったようだ。
「あの、どこへ行かれるんですか? チャックさん」
「用足しさ」
「はわ」
キャロルが赤面して俯いた。わざわざ自分から問いかけたことが、恥ずかしかったのだろう。
何しろ今までは、「漏れる漏れる!」と聞かれもしないのに大騒ぎして離れるディーンと、そのついでに済ませるオレの姿しか、見たことがなかったのだから。
ディーンはいつもギリギリになってから慌てて用を足す。安全が確保でき、余裕があるときに済ませておこうなど考えたこともない、ガキそのものだ。
もちろん最中も、周囲に注意など払やしないから、オレがついていかないと、危なっかしくてならない。
そして今日も、真剣な目で煮えはじめたシチューの飯盒を睨み付けていたが、突然立ち上がる。
もう我慢できないという顔つきで。
両手で前を押さえ。
そして慌ててあたりを見回し、用足しができそうな物陰を探す。
「も、漏れる! 漏れる!」
そう口にしなかろうが、どういう状態なのかまるわかりだ。
「チャックの所へ行け」
「え? チャック? どこへ行ったんだ?」
食い物にばかり熱中して、まるで気づいていなかったらしい。
黙ってチャックが隠れた岩陰を指さしてやる。
「グレッグは、今日は連れションしないのか?」
「何のためにオレが一緒に行動してたと思ってたんだ。荒野の、特に夜の単独行動が危険だからだッ! チャックと一緒にしてこい!」
「なら何でチャックには単独行動させたんだ? チャックはいいのか?」
「オレは、てめーみてーな注意不足の注意力散漫なヤツに、単独行動するなと言ってるんだッ!」
「あれ? じゃあレベッカたちが三人一緒に行動してるのも、女の子は連れションが好きだからじゃなくて……」
「さっさと行ってこい!」
喋っている間も前を押さえてじたばたしていたが、そのままばたばたと走って行く。
闇に飲まれ消えたかのようなチャックと違い、ディーンの存在は、暗い荒野の中でもあからさまだ。。
アヴリルは落ち着きはらって微笑んでいるが、レベッカは、ディーンのデリカシーのなさについて、ぶつぶつ言いながらシチューの出来を確かめているし、キャロルはひきつった照れ笑いを浮かべている。
「チャック、どこだ?」
「ここだよディーン。どうしたんだい?」
チャックの声は、案外近くから聞こえてきた。気配がねぇから、もっと離れたものだとばかり思っていたが、そうでもなかったらしい。
キャロルがホッとしたことに気がついた。
こいつもオレのように、チャックがそのまま闇の中で消えちまったような、理不尽な不安を感じていたのかもしれん。
ディーンの存在によって、もはや闇ではなくなったただの暗がりから、二人の声だけが聞こえてくる。
「オレのことてんで子どもだと思ってんだよ」
レベッカが額に指をあててため息をつく。
「ズボンを下ろしての用足しの最中に……、
……ディーン。今後ボクが用をたすときは、見張りを頼んでいいかい?」
「もちろんだ!」
チャックには、後で聞こえていたぞと教えた方がいいだろうと、その時は思った。
「オレ、連れションって、グレッグが……。
……黒くてデカくて固そうで」
年下とはいえ、3人の女たちと向かい会い、その視線に晒されたまま、オレは固まった。胃がコレでもかと冷え、背筋が凍り、頭のてっぺんから火を噴きそうなほど顔が熱くなる。
「はわわ。グレッグさん真っ赤です」
「グレッグの、何が黒くて……」
「だめー! それ以上言っちゃだめッ!」
慌てて帽子で顔を隠す。ディーンのヤツ、何言いやがる!
「こういうモノは、チラ見するものさ」
チャックもチャックだ。そんなフォローがあるか!
その後も、ひとしきり連れション談義が聞こえてくる。くだらねえ話してねぇで、さっさと戻って来い!
「はわッ!」
突然のキャロルの叫びに、帽子の隙間から見れば、彼女も真っ赤になってうつむいていた。
「キャロルには、何の話をしているのかわかったのですか?」
「あの、その、私の口からはなんとも……」
「ナゾナゾのようですね。グレッグの黒くて大きくて固いもの……。あ、わたくしにもわかりました。チャックのものは、黒くはありませんが、やはり大きくて固いものですね。あっていますか?」
「アヴリルだめー!」
レベッカは半泣きだが、今のオレに助けてやる余裕はない。
「ディーンのものは、大きくはありませんが必要に応じて長くなる……。チャックのものも、長くなりますが一瞬です。ディーンとチャックは、とても大事にしていて、毎晩お手入れしています。けれどグレッグは、そうでもありません」
「ひーん!」
「グレッグのものは二つに分離し、ディーンは最初から二つ」
「へ?」
「ナゾナゾの答えはARM、で正解でしょうか?」
「え? そ、そうよ! ブラックシェイプとパイルバンカー、それからツインフェンリルの話よね! ねグレッグ! そうよねッ!」
現実から目を背けたくはねぇ。馴れ合いも好まん。
だが、この時ばかりは「ああ」以外の返答はできなかった。
「あの、ARMだとすると話の繋がりが……」
「間違いなくARMなのッ!」
「は、はい!」
納得しきれなかったキャロルを、レベッカが無理矢理納得させて終わらせると、嫌な沈黙があたりを覆う。
そこにやっと、バカ二人が戻ってくる。
まるでわかってねぇディーンと、そして……。
ニッと笑い指を振る元ゴーレムハンターを、後でノしてやろうと、心に決めた。