(C)hosoe hiromi
◆WA5 >  ◆短編一覧



連れション(Ver.グレッグ)

 チャックが無言で立ち上がり、背を向け歩き出す。
 そのまま闇の中に消えちまいそうな不安を感じたのは、オレだけではなかったようだ。

「あの、どこへ行かれるんですか? チャックさん」
「用足しさ」
「はわ」

 キャロルが赤面して俯いた。わざわざ自分から問いかけたことが、恥ずかしかったのだろう。
 何しろ今までは、「漏れる漏れる!」と聞かれもしないのに大騒ぎして離れるディーンと、そのついでに済ませるオレの姿しか、見たことがなかったのだから。
 ディーンはいつもギリギリになってから慌てて用を足す。安全が確保でき、余裕があるときに済ませておこうなど考えたこともない、ガキそのものだ。
 もちろん最中も、周囲に注意など払やしないから、オレがついていかないと、危なっかしくてならない。
 そして今日も、真剣な目で煮えはじめたシチューの飯盒を睨み付けていたが、突然立ち上がる。
 もう我慢できないという顔つきで。
 両手で前を押さえ。
 そして慌ててあたりを見回し、用足しができそうな物陰を探す。

「も、漏れる! 漏れる!」

 そう口にしなかろうが、どういう状態なのかまるわかりだ。

「チャックの所へ行け」
「え? チャック? どこへ行ったんだ?」

 食い物にばかり熱中して、まるで気づいていなかったらしい。
 黙ってチャックが隠れた岩陰を指さしてやる。

「グレッグは、今日は連れションしないのか?」
「何のためにオレが一緒に行動してたと思ってたんだ。荒野の、特に夜の単独行動が危険だからだッ! チャックと一緒にしてこい!」
「なら何でチャックには単独行動させたんだ? チャックはいいのか?」
「オレは、てめーみてーな注意不足の注意力散漫なヤツに、単独行動するなと言ってるんだッ!」
「あれ? じゃあレベッカたちが三人一緒に行動してるのも、女の子は連れションが好きだからじゃなくて……」
「さっさと行ってこい!」

 喋っている間も前を押さえてじたばたしていたが、そのままばたばたと走って行く。
 闇に飲まれ消えたかのようなチャックと違い、ディーンの存在は、暗い荒野の中でもあからさまだ。。
 アヴリルは落ち着きはらって微笑んでいるが、レベッカは、ディーンのデリカシーのなさについて、ぶつぶつ言いながらシチューの出来を確かめているし、キャロルはひきつった照れ笑いを浮かべている。

「チャック、どこだ?」
「ここだよディーン。どうしたんだい?」

 チャックの声は、案外近くから聞こえてきた。気配がねぇから、もっと離れたものだとばかり思っていたが、そうでもなかったらしい。
 キャロルがホッとしたことに気がついた。
 こいつもオレのように、チャックがそのまま闇の中で消えちまったような、理不尽な不安を感じていたのかもしれん。
 ディーンの存在によって、もはや闇ではなくなったただの暗がりから、二人の声だけが聞こえてくる。

「オレのことてんで子どもだと思ってんだよ」

 レベッカが額に指をあててため息をつく。

「ズボンを下ろしての用足しの最中に……、
 ……ディーン。今後ボクが用をたすときは、見張りを頼んでいいかい?」
「もちろんだ!」

 チャックには、後で聞こえていたぞと教えた方がいいだろうと、その時は思った。

「オレ、連れションって、グレッグが……。
 ……黒くてデカくて固そうで」

 年下とはいえ、3人の女たちと向かい会い、その視線に晒されたまま、オレは固まった。胃がコレでもかと冷え、背筋が凍り、頭のてっぺんから火を噴きそうなほど顔が熱くなる。

「はわわ。グレッグさん真っ赤です」
「グレッグの、何が黒くて……」
「だめー! それ以上言っちゃだめッ!」

 慌てて帽子で顔を隠す。ディーンのヤツ、何言いやがる!

「こういうモノは、チラ見するものさ」

 チャックもチャックだ。そんなフォローがあるか!
 その後も、ひとしきり連れション談義が聞こえてくる。くだらねえ話してねぇで、さっさと戻って来い!

「はわッ!」

 突然のキャロルの叫びに、帽子の隙間から見れば、彼女も真っ赤になってうつむいていた。

「キャロルには、何の話をしているのかわかったのですか?」
「あの、その、私の口からはなんとも……」
「ナゾナゾのようですね。グレッグの黒くて大きくて固いもの……。あ、わたくしにもわかりました。チャックのものは、黒くはありませんが、やはり大きくて固いものですね。あっていますか?」
「アヴリルだめー!」

 レベッカは半泣きだが、今のオレに助けてやる余裕はない。

「ディーンのものは、大きくはありませんが必要に応じて長くなる……。チャックのものも、長くなりますが一瞬です。ディーンとチャックは、とても大事にしていて、毎晩お手入れしています。けれどグレッグは、そうでもありません」
「ひーん!」
「グレッグのものは二つに分離し、ディーンは最初から二つ」
「へ?」
「ナゾナゾの答えはARM、で正解でしょうか?」
「え? そ、そうよ! ブラックシェイプとパイルバンカー、それからツインフェンリルの話よね! ねグレッグ! そうよねッ!」

 現実から目を背けたくはねぇ。馴れ合いも好まん。
 だが、この時ばかりは「ああ」以外の返答はできなかった。

「あの、ARMだとすると話の繋がりが……」
「間違いなくARMなのッ!」
「は、はい!」

 納得しきれなかったキャロルを、レベッカが無理矢理納得させて終わらせると、嫌な沈黙があたりを覆う。
 そこにやっと、バカ二人が戻ってくる。
 まるでわかってねぇディーンと、そして……。

 ニッと笑い指を振る元ゴーレムハンターを、後でノしてやろうと、心に決めた。

08.09.05


◆短編一覧