(C)hosoe hiromi
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メイド服のゆくえ

「ヴォルスング様! ご一緒させてください!」
「断る!」

 一刀両断のごとくファリドゥーンを切り捨てて、ヴォルスングは旅立った。
 両親を亡くし身を寄せていたRYGS邸。そこすら安全な場所ではなくなった時、ヴォルスングは荒野へ飛び出した。
 すがりつくファリドゥーンを足蹴にした理由はただ一つ。ファリドゥーンのメイド姿が、あまりにも、なんていうか、アレだったからである。
 ファリはまだ少年とはいえ、すでにそんじょそこらの戦士に負けない技量を持っている。
 ヴォルスングは、そんなメイド姿のファリに倒される追っ手たちを、ちょっとかわいそうに思う。

「それを脱げ」
「は?」

 頬を赤らめるファリを、もう一度怒鳴りつける。

「貴様がその格好で戦ったら、こっちの偽装もバレてしまうであろうがッ!」

 旅立つヴォルスングもまた、メイド姿であった。
 冗談でやっているわけではない。
 列車に乗ることができるのは、ベルーニのみ。ハーフであるヴォルスングの場合も、父親が命がけで手配した市民権があるから、問題はない。
 が、ヴォルスングとして列車に乗り降りすれば、あっというまに追っ手にその位置を知られてしまう。
 防護服を来てベルーニとして振る舞うことも考えたが、少しニンゲン社会について勉強したいと思っていたところでもあった。
 ならばニンゲンとしてハンターになるか? いやこれもギルドに顔を出した時点で足がつきかねない。
 だが解答は、間近にあった。
 ニンゲンでも、ベルーニの許可があれば列車に乗れる。許可を与えて用事をさせるなど、日常茶飯事。制服を着たRYGS家の使用人ともなれば、いちいち許可証すら必要ない。
 変装用のメガネも用意した。テレビドラマを見るかぎり、メイド服にメガネさえがあれば見破られることはないはずだ。
 問題は、自分のメイド姿はけっこういけてるが、ファリドゥーンがあまりにもアレだったことである。
 まだボーイソプラノの自分と違い、ファリは早々に声変わりまでしかけている。
 メイド服のファリドゥーンと並んで歩くのだけは、いや三歩下がられてついてこられるにしろ、絶対に嫌だった。



 

 各地を巡り、ベルーニとニンゲンとの間にある現実を目に焼き付けた。
 架け橋になるべく身を粉にして働いた。
 しかし胸に秘めた希望とアイリントン・ベーカリーのパンは、早々に使い果たしてしまうことになる。
 素直な感謝を捧げてくれる者もいた。
 だがどこへいっても、後ろ指を差され、視線が背中に突き刺さる。

「なんか体型、おかしくね?」

 どこが、というわけではないはずだが、ニンゲンともベルーニとも違う、この体。
 160を突破しつつある背は、ニンゲンの大人の平均身長を超えてはいないが、見た目というか全体のバランスが、まだあまりにも子どものままである。
 ニンゲンから見ると、ベルーニっぽい。
 ベルーニかもしれないヴォルスングを、強いて排斥する者こそいなかったが、次第に大きくなる囁き声に耐えきれず、いずれの地にも長居はできなかった。

 ハーフであるということは、いずれの社会にも受け入れられぬ、罪であるのか?

 ヴォルスングが立ち去った後、人々はあらためて噂しあった。

「あの子、カワイイ顔してるけど男だよなあ。体型的に」
「ああ胸ないけと、胸ない女の子とは違うよなあ」
「ならなんでメイド服を着てるんだ?」
「眼鏡ッ子メイドのコスプレ趣味の男の子なんだろう」
「家出の原因はそれか?」
「追い出されたみたいなこと言ってたぞ」
「いい子なんだけど」
「やさしい子なんだけど」
「親切にしてもらったけど」
「「「変態だな」」」

 ニンゲン社会は、メガネッ子メイドの男の子に対して、まだまだ偏見に満ちていた。



 

 やがてヴォルスングは、ハニースデイに流れ着いた。
 ウサギ追いし亭にてウエイトレスとして働き始めたヴォルスングだったが、やはり冷ややかな視線に晒された。
 だが半分とはいえベルーニっぽくもある。無下にしたら、どんな仕返しをされるか、わからない。

「『我はジョニーアップルシードになる』って言ってたぞ」
「誰だそりゃ」
「酒の名前だと聞いたことがある」
「酒好きなのか?」
「っていうかボクッ子ならともかく、我ッ子って変でね?」

 そんな大人たちの思惑を声、村の三バカトリオこと、チャック、ケント、ルシルの三人は、「おねーちゃん、おねーちゃん」と、懐いていた。
 一見平穏な日々が過ぎていったが、ついに決定的な事件が起きたのである。
 イタズラ者のケントが、スカートめくりをしてしまったのだ。
 それを正面から見てしまったチャックは、空気も読まず、びしっと大げさなポーズで指さしながら、大声で叫んだ。

「おねーちゃんに、チ○チ○はえてるッ!」

 そう。ヴォルスングは尊敬するジョニー・アップルシードに習い、ノーパン健康法を実践していたのだ。
 原因不明のUbに苦しむベルーニが、手当たり次第試している健康法の一つである。
 だがそんな健康法など、ニンゲンたちが知るよしもない。
 ハニースデイの大人たちは、メガネメイドの男の子までは我慢できた。だが、ノーパンとなれば、限度を越えてしまったのだ。
 よく働いてくれるヴォルスングをかわいがっていたウサギ追いし亭のおばさんこそ、慌ててメイド服を脱がせ男物のパンツ(だんなのデカパンだったが)をはかせたのだが、時すでに遅し。
 村のおもだった者たちが、ヴォルスングを石持て追い出した。

「あぁ! ハーフだから、我がハーフだからなのかッ!」

 こうしてウサギ追いし亭に、メイド服だけが残されたのである。
 チャックは「ボクのせいだ、うぉおおおおおん!」と、残されたメイド服にすがりついて泣いていたが、変態がうつると取り上げられた。

 そう。辺境の寒村であるハニースデイのニンゲンたちもまた、当然のことながら偏見に凝り固まっていた。

 後日それは、ルシルがウサギ追いし亭で働きはじめた時、ウエイトレスの制服として引っ張り出された。
 そこにエルヴィス教授とキャロルがやってきて、ヤキソバを所望した。
 そして教授は、ルシルのヤキソバ空中キャッチが、XERD家に代々伝わるワザであることを一目で見抜いたのである。
 RYGSの使用人の制服を着たウエイトレスが、なぜ?
 話は教授からファリドゥーンに伝わり、それがRYGSがルシルを雇うきっかけとなり、且つファリドゥーン自身がただのメイドを迎えに来ることになり、そのファリドゥーンとルシルが結ばれることになるとは、誰に予想できただろうか?
 そしてファリ夫妻からヴォルスングに、縁起物としてルシルが着た花嫁衣装が贈られることになろうとは。
 ただしサイズの都合上、ヴォルスングが着たそれは、サイズ直しをしても、そのおみ足が強調されていたと、後に人々は語ったのであった。



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