(C)hosoe hiromi
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けむりぐさのわけ

「あれ? なんでキャロルから煙草の匂いがするんだろ」

 チャックさんは荒野をうろついていることが多くて、忙しそうには見えないのに、滅多に会えず、連絡さえ付けにくい。
 緊急事態なら、ギルドから無線を入れられるけど、お父さんとのように、お休みなさいの挨拶を交わすことなど、できはしない。
 ひさしぶりに顔を合わせ、何から話そうかと思っているうちに、そう言われた。
 このところ、会うたびに「背が伸びたんじゃない?」とばかり言われていたのに。

 煙草の匂いがするのは、実のところ最近喫煙を始めたからで、ついでにチャックさんは、煙草が好きではない、というより嫌いらしいから、注意もしていた。
 出かける前に、一生懸命ハミガキもしたし、ミント水でうがいもした。
 女の子向けのかわいらしい香りだと勧められた柑橘系の香水も、ほんの少し手首につけて、気づいてくれるかなってワクワクさえした。
 この間、ディーンさんだって「オレンジの匂いがする」って、気づいてくれて、「最近グレッグさんには、リンゴの匂いが染みついている」っていう話になって、盛り上がったばかりなのに。
 なのにチャックさんには、出会い頭の第一声でそう言われ、凍りついて、泣きそうになって、泣く前に逃げ出した。
 喫煙したことを知られたって、怒られるって、嫌われるって、怖くなった。
 チャックさんがお父さんに話したら、きっとお父さんにも怒られて、嫌われるって、怖くなった。
 大急ぎで家に帰って、自分の部屋に隠してあった煙草とライターを、一緒くたにしっかり包んで、ゴミ箱の底に押し込んだ。
 ちょうどその時、穏やかなノックの音。
 やってきたのは、最近お父さんの仕事がらみでよく来ているアヴリルさん。
 仕事でライラベルに滞在するときは、私の家に泊まっていくことが多い。
 ベッドに二人ならんで腰掛けた。

「チャックは、待たせてあります。キャロルに『ゴメン』と伝えて欲しいと、頼まれました」

 追いかけて来てくれたんだって、半分嬉しくて、半分なぜか悲しくて。私は何も言えずにうつむいたまま。
 チャックさんが私に謝る理由なんて、何もないのに。悪い子なのは、私なのに。
 そしてアヴリルさんの、心の奥まで見透かした、核心を突く穏やかな言葉。

「煙草を吸っても、背が伸びなくなるということは、ありませんよ」

 私の背は、ニンゲンであることを差し引いても、年の割にかなり低い。お父さんは、それを心配してくれている。
 私はそれに、こっそり逆らった。

「いくらキャロルの背が伸びても、チャックを追い越す可能性は、ほとんどありません」

 一瞬にして、頬に宿る熱。
 心の一番奥まで見透かされたと思ったのに、アヴリルさんは、さらにその奥まで見透していた。
 チャックさんも、年の割に小柄に見える。
 けれどそれは、周囲に平均以上に大きな人が集まっているせいもある。細身な分、そんな人たちと並びさえしなければ、小さいという印象はない。けれど顔はおもいっきり童顔で、だから並ぶと、ディーンさんと同じ年ぐらいに見える。
 それどころか、ディーンさんはチャックさんを、少しばかり追い越した。顔立ちも、少し大人っぽくなってきた気がする。レベッカさんも少しだけれど背が伸びた。
 けれど出会った時に、すでに十九だったチャックさんは、もう二十歳を超えて、背が伸びるということは、まるでなくて、相変わらずのまま、どんどん私だけが大きくなって。

「キャロルは、チャックが自分より小さくなったら、好きではなくなるのですか?」

 私はぶんぶんと、首を横に振る。

「チャックも同じですよ」

 けれど私は、割り切れない。
 大きくなるのが、怖かった。

08.08.19


「とりあえず、チャックには帰ってもらいましょう。それから洗える物は全部洗い、ファブリーズすれば、大丈夫ですよ」
(ファブリーズ!)


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