教授とはぐれ、ディーンさんたちと旅をするようになってから、見るようになった夢があります。
みなさんと別れ、ひとりぼっちになる夢です。
ひどくお約束ではあるのですが、追いかけても追いかけても追いつかなかったり、追いかけたいのに足が動かなかったり、呼んでも呼んでも声が届かなかったり、あるいは声や言葉が出なかったり。
小さな頃から怖い夢は幾度も見ましたが、こうしたタイプの夢は、このごろの事です。
けれど、その日の夢は違いました。
チャックさんになった夢を見たのです。
チャックさんから聞いた話を、そのまま夢に見たと言った方が正確でしょう。
私は、家にいました。
私が育った家ですが、夢の中ではチャックさんの家ということになっています。
父と母が、死んでいました。
私の両親ですが、夢の中ではチャックさんのご両親ということになっています。
私は泣いていました。
ご両親をうしなったチャックさんとして。
目頭が熱く、頬が濡れ、声を枯らしていました。胸が締め付けられるように痛く、頭の中は真っ白でした。
そのまま二人を追いかけて、死んでしまいたいほどに。
けれどそんな私の肩を、ルシルさんやケントさんや村の人たちが、代わる代わる抱いて慰めてくれました。
ディーンさんやレベッカさんといった今の仲間たちなのですが、夢の中ではルシルさんやケントさんや村の人たちということになっています。
そして口々に、私のせいではないと言うのです。
けれど私は私として、死んだ二人を見て、喜んでいたのです。
夢にそんなシーンはありませんでしたが、父母を殺したのは、確かに私だったのです。
ああ、もう二人は動かない。もう怒鳴られずにすむ。もう殴られずにすむ。もう虐められなくてすむ。もう取り上げられなむてすむ。私は自由に、教授を捜しに行けるんだって……。
そこで目覚めて、ディーンさんたちが心配そうに私をのぞき込んでいることに、気がつきました。
「キャロル。大丈夫か?」
「ものすごい熱だったのよ」
「それに、ひどくうなされていました」
「喉が渇いただろう。水を飲んだ方がいい」
まだ半分夢の中にいて、自分がチャックさんであるかのような気がしていたので、そこにチャックさんがいないことを、不思議に思いませんでした。
「月のミーディアム、しばらく装備しておくといいよ」
その声は、ひどく間近な真後ろから聞こえました。
そしてやっと、私は毛布にくるまれたまま、座っているチャックさんの膝の上で、腕に巻かれて抱かれていることに、気づいたのです。
「あれ? また熱が出てきたみたいだね。ステータスロックしないと」
チャックさんがそう言うと、ディーンさんが私の前髪をかきわけて、おでことおでこをくっつけます。
「あ、ホントだ。どうしよう!」
「もうしばらく、このままでいたほうがいいね」
「キャロルがもう寒くないのなら、少し冷やした方がいいのではありませんか」
「ともかく水は飲め。脱水症状が一番やっかいだ」
みなさんが、口々に心配してくれます。
けれどレベッカさんだけは、私が真っ赤になっている理由に、気がついてくれたようでした。額に指先を当て、小さくため息をついてから、みんなにテキパキと指示を出し始めてくれたのです。
「静かにして眠らせてあげるのが、一番よ。
チャック、キャロルはもう自分でミーディアムを装備できそうだから、それを渡して。大丈夫、チャックが手放してもキャロルはいなくなったりしないから、少し休みなさいよ。グレッグ、その水筒かしてくんない? それから寝床を作ってくれる? アヴリル、タオルと着替えを用意できる? ずいぶん汗をかいてるから替えさせましょ。それからディーンは、静かにしてて」
ひどく恐縮する私に、レベッカさんはニッコリ笑って言いました。
「こんな時だからこそ甘えちゃおうよ。怖い夢を見そうなら、おとぎ話でも……。えっと、子どもっぽすぎかな?」
「そ、それって『赤ずきんちゃん』や、『三匹の犬』といったお話しのことでしょうか!」
「そうそう。そういう普通のしか知らないけど」
「お願いします! 教授から、口伝で伝承されたおとぎ話のタイトルは聞いたことがあるのですが、内容までは知らなくて、気になっていたんです!」
「そんな! たいそうなものじゃないのよ! 普通お母さん、あ……」
レベッカさんが推察した通り、私の両親は、子どもにそうした話をするタイプでは、ありませんでした。
「わたくしもいっしょに、レベッカのお話を聞いてもよろしいでしょうか」
「アヴリルも! ちょっと恥ずかしいかも!」
けれどレベッカさんは、少し嬉しそうです。
「オレもオレも!」
「てめーは静かにしてろと言われただろう」
寝床の準備を終えて戻ってきたグレッグさんが、ディーンさんの頭に拳固を落としてから、私に腕を差し出しました。
「キャロル。テントまで抱いていってやろう」
「ボクが運ぶよ」
「あ、自分で歩けますから!」
なにしろテントは、すぐそこなのです。
チャックさんの腕の中から飛び出すように立ち上がり、慌ててテントに潜り込み、レベッカさんのおとぎ話を、アヴリルさんと一緒に聞きながら、いつのまにか眠っていました。
後日、ずっと後になってから、私はこの夢のことを、おそるおそるチャックさんに話しました。
「ありがとう」
「え? どうしてですか?」
「ボク……。泣けなかったんだ。泣いたのかもしれないけど、覚えがない、かな? 父さんの時も、母さんの時も。だからキャロルが泣いてくれて、嬉しいよ」
「けれど私、喜んでいたんです!」
「キャロル。ボクもあの日のことを、よく覚えてる。キミは、ずっとうなされてたよ。キミは嬉しいと思ったことに、苦しんできたんじゃないかな?
けれどボクは、喜んだキャロルも、それに苦しんだキャロルも、大好きだよ」
私があの日同様、真っ赤になったことは、言うまでもありません。