太陽は頭上にあり、遮る雲もないというのに、空は暗い。
まだ命を育まんと抵抗するかのように打ち寄せる波は、ただ水中の骸を海岸に運ぶのみに終わる。
山は頂を崩し、谷は埋まり、木は立ち枯れ、苔は塵と化し、地に落ちた鳥は、二度と芽吹かぬ種子を啄(ついば)むこともない。
一万を超える年月を耐えた、かつての繁栄の残り香さえ、瓦礫となり果て姿を消した。
そこここに、見知った者たちが骸をさらしている。
当然だ。骸として目に映るからには、思い出せぬ者や名を知らぬ者であったとしても、こと、夢の中であるならば、まったく見知らぬ者であるはずがない。
かつて愛してくれた者たちも、
かつて愛した者たちも、
かつて石もて我を追った者たちも、
かつて己の手で滅ぼした者たちも、
そして我に従う者たちも、
我を打ち砕かんと立ちはだかる者たちも、
生者も死者も、みな等しくその魂の器を、地に横たえている。
足下に倒れる、我が手札。
我に従った、忠実な道具。
我を信じ付き従うことを、己の義務と定めた男も、もはや務めと現の矛盾に苦しむことなく、平穏なる死に抱かれている。
礼を言おう。よい道具であったと。
よく役に立ってくれたと感謝しよう。
だが愛しはせぬ。
我は道具を、人として愛することなどできはせぬ。
だが、道具であることを選んだのは、我ではない。
ならば我の感謝さえ、道具には過分であろう?
道具であらば、魂を失った器であらば、我は嘱望せずにすむ。
共に笑いあえぬかと。
我は道具など、欲しくはなか……。
全ての終焉を見届けて、安堵する。
我を退ける手は、もはやない。
我を追い立てる声は、もはやない。
今こそ我も、そこに等しく加わろう。
世界が我を受け入れる甘美なる夢。
「ヴォルスング様! ヴォルスング様」
道具が我を、眠りから呼び覚ます。
「お部屋で横になられた方が、よろしいのではありませんか?」
道具が我の身を案ずる。
「我が我が身を心得ておらぬと言うか?」
「差し出がましいことを申し上げました。ただ……」
「言ってみよ」
「ひどく、うなされておいででした。お疲れではないかと」
うなされてなど、いるはずがない。我は甘い夢に浸っていたのだ。
「我の身を案ずる配慮には礼を言おう。だが、多くが苦しみ一刻を争うこの時に、横たわり休むつもりはもとより無い」
そして我は道具に、茶番と知りつつ笑みを見せる。
「全てが終わりし時、その言葉、必ずや想起し実行しよう」
「ありがとうございます。私もその日のために、尽力いたします」
軽くうなずいて、道具を下がらせる。
道具は必要な時に役立てばよい。
この星の全ての命が、等しく永久の眠りに落ちるその日のために。
そして全てが終われば、我と道具の壁も意味を失い、等しく眠ることができるのだ。
ファリドゥーン。キミも心の奥底で、それを望んでくれるよね?
2008.6.29
◆短編一覧