(C)hosoe hiromi
◆WA5 >  ◆短編一覧


指を三本引っ張って

 理由もないのに寂しい日には、
 ディーンさんに、笑顔をもらって、レベッカさんにも、笑顔をもらって、

 それでもまだ寂しかったら、
 アヴリルさんに、言葉をもらって、グレッグさんに、なでてもらって、

 だいぶん元気が出るものだけど、それでも心の虚ろを埋めきれない日は、チャックさんのところへ行く。

 ちょっとピントがズレてるけれど、とても優しく誠実で、泣いたり笑ったりする、普通の人。

 ディーンさんと、ふざけていたり。 ……まるで昔からの、友だちのように。
 レベッカさんに、指図されたり。 ……ヤボ用一つも、嫌な顔せずひきうけて。
 アヴリルさんの話に、耳を傾け。 ……とてもまじめな顔つきで。
 グレッグさんと、談笑していたり。 ……賞金首と追手だったなんて信じられないほど、穏やかに。

 そんなチャックさんの所に行けば、「どうしたんだい?」って、微笑んでくれる。
 果てなく優しい微笑みを浮かべ。

 けれど私は、怖くなる。
 その微笑みが、私の心に残る虚ろを、微塵も埋めないことに、気がついて。

 それはまるで、乾いた喉を癒そうと、
 水をたたえたコップを手にし、
 喜びいさんでのぞき込んだその奥に、
 底なしの深淵を見たような。

 そんなことが、あるはずないのに。
 手の中に収まっている、ありきたりのコップと水にすぎないのに。

 その微笑みに、なんだか腹立たしくさえなってきて、チャックさんの手を取った。

 手を握るのはなんだか怖くて、指三本。
 人差し指と、中指と、薬指。
 手袋に包まれたその指は、
 思ったよりも堅くて太い大人の指で、私の手の中に、ぴったり収まる。

 思ったよりも暖かくて、
 思ったよりも怖くなくて、
 私は指を、しっかり握って歩き出す。

 何も言わずに歩き出した私の後を、
 何も言わずにチャックさんがついてくる。
 振り向かなくても、ちょっと困惑しながら私のペースに合わせて歩く、彼の姿が目に浮かぶ。

 どんなにしっかり握っても、握り返してこない指三本。
 それだけが彼の存在証明。

 私がしっかり握ってないと、チャックさんが消えてしまいそうで、
 振り向いたりしたら、チャックさんが消えていそうで、
 そんなはずありえないと、わかっているのに。

 だからそのまま指を三本しっかり握って、どんどんどんどん歩き続けて、
 どんどんどんどん歩いていたら、黙っていられなくなってきて、
 前を向いたまま、いっぱいいっぱいお話しして、
 そのうちに、なぜチャックさんが消えちゃうなんて思ったのかすら、思い出せなくなってきた。

 立ち止まって指を離し、振り返って見上げれば、いつものチャックさんが、そこにいた。



2008.6.24

「あれ? チャックは?」
「あっちの方で、キャロルが説教中だ」
「なんで?」
「さあな」

◆短編一覧