「幼馴染たちが苦労している間、最後まで村でのうのうと暮らした上、村を出る時は昔あたしを捨てた男においすがられつつ、玉の輿に直行! 女冥利につきるわよね!」
ファリドゥーンは、風に乗って聞こえてきたルシルの言葉に、目を丸くした。
ルシルの性格からは、到底想像もつかないような物言いだったし、第一今RYGS邸には、その『あたしを捨てておいすがった男』こと、チャックもいる。もしこのルシルの言葉が、チャックの耳に届いてしまったら……。
「気にすることないよ、ルシル。ボクたちがしたような苦労を、キミがしなかったことや、いい人と結ばれたことが、ボクらは本当に嬉しいんだから」
そして、ついで聞こえてきた声に、ファリドゥーンはさらに驚いた。
ルシルの話し相手は、そのチャック当人だ。ボクらのもう一人は、ここにはいない、二人の共通の幼馴染のことだろう。
ファリドゥーンは、まだこの二人には、かなわないなと笑みを浮かべる。
ファリドゥーンが、ヴォルスングの行いとダイアナの死に落ち込んだ時、ルシルが語った話。
故郷の村で、両親を亡くした幼馴染を、護ろう護ろうとがんばったのに、その幼馴染が自分も村も捨てて出ていってしまったために、人が好きになることが怖くなったこと。
そして続いた、唐突な言葉。
「あなたの大切な人が亡くなったのは、決してあなたのせいではありません。それでも不安なら証拠を見せましょう。あたしを護ってください。あなたがあたしを護りきる事ができたのなら、それが何よりの証拠になりますでしょう?」
ダイアナを失った後、ファリドゥーンは山のように、お悔やみの言葉を貰っていた。だがどの一つとして、心に響きはしなかった。
そのルシルの言葉を除いては。
心に届いたという以上に、衝撃的だった。
そして後日チャックを知り、彼がルシルを置き去りにした幼馴染であることと共に、彼もまた大切な人をなくし続け、それが自分のせいであるとの想いに囚われていることを知った時、ファリドゥーンは理解した。
ルシルの言葉が、唐突に出たものではなかったことを。
そして彼がなぜ、彼女の元を離れたのかを。
ファリドゥーンは、責任、名誉、誇りといったしがらみを、捨てることができなかった。
本当に自分が大切に想う人を失うと信じるならば、なぜ自分は一刻も早く大切な人から離れなかったのか? 信じないと決めたならば、軍人であるという己の名誉のために、大切に想う人々を失うことを、覚悟していたならば、なぜそんな弱音を、彼女の前に晒したのか?
捨てられなかっただけなのだ。自分がその手に持つものを。
だからチャックを知った時、あの駅での別れの後、彼がゴーレムハンターの地位すら捨てたと聞いたとき、かなわないと、そう思った。
それでもチャックのしたことは、ルシルの望みとはかけ離れていた。
だから、ルシルは、ファリドゥーンの苦悩を知った時、その思いをストレートに口にした。
「あたしを護ってください」 と。
それは本来、チャックに向けられるべき言葉であり、だがその言葉を得たのは、逃げなかったのではなく、逃げられなかった自分であると、ファリドゥーンはそう思った。その言葉を受けてなお、彼女の命をも奪う計画に手を貸し続けた自分に、どれほどの価値があるのかと。
そしてチャックが自分の全てを叩きのめし、そしてやっと気づくことができた。自分が、所詮自分のためにしか、生きていなかったと。
ルシルは、チャックを責めている。
「逃げられた! っていうショックの方が、本当に大きかったんだからね」
やはりルシルは、チャックが村を去った理由を知っている。
「ゴメン」
そのことでルシルを傷つけたと悔いているチャックに、謝る機会を与えている。
「あたしだって、護られたかったんだから!」
「うん」
「でも全然頼りなくて、頼ったら倒れちゃいそうなぐらいで、今だってまるっきり頼りないんだから」
「わかってるよ」
ルシルはチャックの後悔を知っているし、チャックもまたルシルの負い目を知っている。
にしても、チャックの声に、少々の困惑がまじりはじめているようだ。そろそろ声のかけどきかと、ファリドゥーンは二人の前に姿を現す。
ルシルはまだ、話し続けている。
「ファリドゥーンは、年上で、強くて、大きくて、誠実で、尊敬できて、頼りがいがあって……。頼っただけ、甘えただけ強くなってくんだから!」
チャックがファリドゥーンを見つけ、ニッと笑う。
「よッ! 色男!」
ルシルとファリドゥーンの頬が、合わせたように真っ赤に染まった。