ベルーニ以前の時代、ミーディアムはオリジナルしか存在しなかった。
文明を失ったニンゲンにとって、いずれのミーディアムの力も絶大だ。希少なミーディアムを手にしたものは、権力者になりえた。ミーディアムをめぐる権力争いもあったが、それぞれのミーディアムを奉る組織を頂点とした、ニンゲンの社会が形成されていた。
ベルーニがやってきた。(いや、この時点ではまだ、ベルーニという言葉は、なかったのだが。)
まず大地に降り立ち、調査を開始したのは、ベルーニを率いてきたジョニー・アップルシードことバーソロミューと、その四天王。そこに、エルヴィスやダイアナの姿を見ることができる。
確かに疲弊した荒野の大地だった。
それでもところどころに緑地が残っていたし、海はまだその生命の豊かさを維持していた。
そしてもはや滅びたと思われていた、穏健派たちの子孫、ニンゲンがいた。
ニンゲンの文明レベルは、ベルーニと比較すれば、無きに等しかった。だが、独自の文化を持っていた。ミーディアムを信仰し、ミーディアムを所持管理する神殿を頂点とした文化だった。
ミーディアムとはなにか?
魔法とはなにか?
最初それは、おとぎ話のような宗教かと思われたが、すぐに遺跡に残された記録の中から、ミーディアムについての記述が発見された。
ベルーニを宇宙に送り出した氷の女王。そのリリティアが眠りに入る前に残した、まるで当時の強硬派を否定し、穏健派に組するかのような、超越的な力を持つ、六つのアイテム。
そのアイテムが生み出す魔法の力は、同時にこの星を僅かにだが活性化させる。しかし完全に、ではない。
それがニンゲンの手にあることに、憤りを感じ、取り返すべきだと主張するベルーニたちがいた。新たな強硬派の誕生だった。
それがリリティアの意思であれば、ニンゲンの手に持たせておくべきだと主張するベルーニたちがいた。新たな穏健派の誕生だった。
とにかくそれを調査すべきだと主張するベルーニたちがいた。バスカーの誕生だった。
そしてバーソロミュー一行の持つ力は、ニンゲンにとって圧倒的だった。バーソロミューたちが持ち込んだささやかなアイテムの一つ一つが、技術が、ニンゲンを魅了した。
あっというまに英雄扱いされはじめたバーソロミューたちに、ニンゲンは喜んでミーディアムの魔法の力を披露した。
それでもなかなか、ミーディアムそのものには、ふれさせようとはしなかった。
ミーディアムを頂点としたニンゲンの文明は、それほど安定していたわけではない。ミーディアムそれぞれの力は個性的であったし、それぞれを奉る組織にも、同じ組織内にも、格差や軋轢があった。
「我々の科学力をもってすれば、それと同じものを作ることができるかもしれない」
そのエルヴィスの言葉に、ニンゲンたちは揺れた。
特権階級しかその恩恵をあずかれない現状に、不満を持つ者は、少なくなかったからだ。
英雄たちに認められたいとも考えた。
彼らなら信用できるとも考えた。
権力者を出し抜き、特権階級からミーディアムを解放することができるなら、それこそ正義だとも考えた。
あるいは善良な権力者自身が、そう考えた。
そしてついに、あるミーディアムがエルヴィスの手に渡ったのだ。
エルヴィスは、それを調べ、理論上同一といっていい新たなミーディアムを作り出した。
だが、ベルーニはオリジナルですら使うことができず、ベルーニ製のミーディアムは、なんの力も現しはしなかった。
エルヴィスはニンゲンとの約束を守り、ミーディアムを返却した。しかしその時、作ったブランク・ミーディアムをオマケとしてニンゲンに渡した時、思いがけない事件が起きた。
オリジナルとコピーを手にしたニンゲンが、その結果に落胆しつつ望みを口にしたとき、その望みが叶ったのだ。
すぐさまエルヴィスは、ブランクミーディアムを、他のミーディアムを奉る組織に送りつけ、コピーできるかどうかの確認を求めた。
感謝と共にできたと答えた組織はあった。
しかし他は、できなかったと答えるか、沈黙をもって返答とした。
権力者たちが、それを認めることで、権力が拡散することを恐れたのだ。
しかし噂は、あっというまに広まっていった。
英雄たちは、ミーディアムを増やすことができる。
しかし権力者たちは、英雄たちに協力しようとせず、権力と特権にしがみつこうとしている。
正直、ベルーニにとってはミーディアムなど、あってもなくてもかわらないアイテムだ。
そして平均寿命も、体格も、体力も、精神力も、耐久力も……、あらゆるものがベルーニより劣ってしまったニンゲンたちとっては、ミーディアムの恩恵は、生死を分ける。
文明と同時に医療技術も失い、そしてベルーニの医療技術がもはや適用できなくなったニンゲンが、たとえば海のミーディアムの恩恵にあずかれるようになれば、どれほど死亡率を下げることができるだろう?
だが今は、それこそ各種一つづつしかなく、特権階級だけがその恩恵の一部を享受している状態だ。
ニンゲンたちは、ミーディアムが備えた力を、使いこなしてすらいなかった。
バーソロミューは、ブランク・ミーディアムを増産し、ニンゲンたちに与えてやることが、理にかなっていると考えた。
一方ニンゲンたちも、その権力者たちに、ミーディアムの解放を強く求め始めていた。
ある物は奪われ、ある物は盗まれ、ある物は、こっそり持ち込まれたブランク・ミーディアムに、その力だけがコピーされた。
いずれにしろ、一端コピーされてしまえば、ブランク・ミーディアムの続く限り、いくらでもコピーは増えていく。
権力者の一部が、その流れを押さえ込もうとして厳罰主義に走ったことも、人々の神経を逆撫でした。そしてバーソロミューたちは、権力者に虐げられた人々を救い、囚われた人々を解放する側を支援した。
ミーディアムは、解放された。
権力者たちは、歴史から姿を消した。
バーソロミューたちは真の英雄とたたえられた。
そしてニンゲンたちは、バーソロミューの仲間たちを歓迎した。
ミーディアムの解放によって、生産性もあがり始めていた。
時は満ちた。
バーソロミューはそう考え、ベルーニの入植を宣言し、己の役目は終わったと、ジョニー・アップルシードの名を返上した。
だが、ニンゲンの権力構造の崩壊は、ニンゲン固有の文化と文明の崩壊でもあったのだ。
ニンゲンたちは、ブランク・ミーディアムという報酬のためなら、労働力であろうと、貯えであろうと、喜んでベルーニに差し出した。
時にそれは、他人の労働力であり、他人の貯えにとエスカレートしさえした。
あまりにもミーディアムが貴重であった時代が長すぎた。手にすれば神に等しい地位を得られた時代に縛られた心は、そうすぐには解放されはしなかったのだ。
固有の文明も文化も放棄して、ベルーニの文明こそが最上と信じ、仲間たちを押しのけ、足蹴にし、そしてベルーニにひざまづき、頭を下げ、どのような要求を聞いてでも、そのくだらないお守りを得ようとするニンゲンたちの振る舞いが、後からやってきたベルーニたちの目に、どのように映ったのか?
バーソロミューが気づいた時、己が撒いた不和の林檎が、荒野に芽吹いて根を張っていた。