世界を揺るがす危機があった。
その後も、様々な事件があった。危機があった。
新たな主役たちが登場し、活躍し、それらは回避された。
かつての物語の登場人物たちは、そこに関わることもあれば、関わらぬまま終わることもあった。
そしていつしか、ニンゲンとベルーニの間には、違いはあっても壁はなくなっていった。
古い高級住宅街の一番大きな館で、その時代を知る一人のニンゲンが、天寿を全うしようとしていた。
すでに彼女は、同年代のニンゲンたちより、ずっと長く生きてきた。
新たな友だちはたくさんいるが、ニンゲンの、同年代の友人たちは、すでにこの世を旅立っていた。
彼女は愛する夫のために、今日までを生きてきた。
彼女に付き添うベルーニの夫は、まだ壮年だ。
二人が結ばれた時、二人は似合いの夫婦だった。
二人で歩んできた道が、全て平穏だったわけではない。
けれど今は、その一つ一つが素晴らしい想い出となっていた。
彼女が夫に、先に逝くことを詫び、そして心から二人の時間が幸せそのものであったと感謝を告げる。
夫もまた、二人の時間が幸せに満ちたものであったと、最上の笑みと共に妻に告げる。
そして二人は最後の口付けを交わし、彼女は永遠の眠りにつく。
彼の古くからの友人が、彼女の臨終を告げる。
夫は彼女の手を握ったまま、はじめてその頬を涙で濡らす。
そして彼の周囲からも、嗚咽の声が静かに上がる。
彼女が残した子どもたちと、その連れ添いたち。
その間に生まれた孫たちと、その連れ添いたち。
そして数人の曾孫(ひまご)と玄孫(やしゃご)たち。
ベルーニの標準からすれば、そしてニンゲンの標準からしても、彼は短期間に多数の家族に恵まれた。
子孫の連れ添いには、ニンゲンも、ベルーニも、そしてハーフもいる。
その幾人かは失い、悲しみをもたらしたが、その者たちを含め、この世に生を受けたすべての家族が、彼と彼女の宝物だ。
つい先ほどまで状況もわからず楽しげな声をあげていた幼き者たちも、何かを感じて黙りこくり、やがて泣き始める。
彼は言う。彼女のために涙を流そう。けれど悲しむ必要はないのだと。
彼女は幸せな一生を過ごしたのだからと。
それは誰にとっても、疑いようのない事実だった。
やがて古い街に、鐘の音が響きわたる。
街の人々も、街にいた渡り鳥たちも、彼女のために哀悼の意を示す。
彼女は平凡な女性だった。
彼女の得た幸せは、平凡なものだった。
そしてそれは、長らく人々が求めるべき理想として、未来を指し示してきた。
葬送の列が街はずれの公園墓地へと向かう。
ここには彼女を想い出すよるせとなる小さな石碑が据えられるだろう。
彼女のまだ若い夫は、やがて悲しみから立ち直るが、新たな妻を娶る気はなさそうだ。
彼には沢山の想い出があり、家族がいる。