「どうして急に、ここを出ていくなんて言うんだよ!」
「わたくしは、あなたが知るわたくしではないからです」
ディーンの言葉に、アヴリルは冷たい微笑みを浮かべて、そう言った。
アヴリルが、過去のアヴリルと入れ替わり、レベッカの日記を読み、伝説の氷の女王リリティアとなることもなく、ようやくカポブロンコの里での暮らしになじみ始めたと思った、矢先のことだった。
「でも、アヴリルはアヴリルだ。そりゃあオレたちと一緒に旅をしていないアヴリルかもしれないけど、同一人物じゃないか」
アヴリルは微笑みを絶やさない。
「ええ。その通りです。
わたくしは、レベッカとお友だちになりました。
チャックやグレッグ、そしてキャロルとも、お友だちになれるでしょう。
けれどディーン。あなたの心の中には、わたくしではないわたくしがいます。
ディーンはわたくしに目を向けても、わたくしを見てはいません。
わたくしの向こうにいる、もう一人のわたくししか、見ていないのです。
ディーンの中に、わたくしの居場所はありません。
ですからここには、ディーンの前にはいられないのです」
「ゴメン」
ディーンは、ただそれだけしか言えなかった。
アヴリルの言葉を、否定することができなかった。
行ってしまったアヴリルのことばかり、考えていた。
目の前にいるアヴリルは、あのディーンと出会えたことに涙したアヴリルではないのだ。
「でも、俺、アヴリルがいなくなったら寂しいし、心配だ」
「それはわたくしが、ディーンのアヴリルと同じ姿をし、同じベースを持っているからにすぎません。
ディーンは、わたくしのことを考えたことがないのです」
「そんなことない!」
とっさにディーンは叫んだが、アヴリルは冷たい笑みを浮かべている。
「ではディーンは、わたくしがどのような想いでいるか、わかるというのですか?」
「寂しい想いをさせたことはあやまるよ! でも」
「ええ、寂しいのです」
けれどアヴリルの微笑みは、ディーンの言葉を否定する。
「一万二千年前、わたくしにはわたくしの生活があったのです。
わたくしが大切に想う人がいて、わたくしを大切に想う人がいました。
共に力を合わせる仲間たちが。護りたい人々と世界がありました。
わたくしは、唐突にその全てから引き離され、この時代に現れたのです。
それが、この世界を護るために必要であったというなら、わたくしはあきらめます。ですが、可能ならば理解した上で、わたくしの選択として、こうしたかった。
けれどわたくしが大切に想っていた人々は、もうどこにもいないのです」
「わたくしの大切な人々は、みな当時の強硬派でした。ですから無事であれば宇宙に飛び立ったはずです。
けれどもう一人のわたくしは、この地に残ったのです。
もう一人のわたくしの心の中には、常にディーンがいたはずです。ディーンと同じように。そしてまた出会えることを知っていました。ですから寂しくはなかったでしょう。
では、わたくしを大切に想う人々は?
別れはいかなるものだったのでしょう?
ディーンは、それを考えたことがありますか?」
「わたくしの上に過去へ戻ったアヴリルを重ねず見ることができる日まで、会うつもりはありません。
さようなら、ディーン」
ディーンには、背を向けたアヴリルを追うことができなかった。