「もうちょっと、肩の力を抜いたらどうだい?」
緊張しまくっているファリドゥーンを見ながら、チャックが笑っている。
が、何を言われても、ファリドゥーンの緊張は解けそうもない。
ファリドゥーンとルシルの結婚式で、新郎付添い人をチャックにたのむのは、彼がルシルの元彼でもあるという時点で、そもそも間違っている気がしないではない。ヴォルスングという適任者もいる。
いや、最初の計画では、そうなるはずだった。
それで計画が進んでいた。
が、挙式の日が近づくにつれてヴォルスングはそわそわしはじめ、そして絶対にやらないと言い出したのだ。
もう何が何でも固辞すると。
辞退を認めなければ、式も披露宴も欠席すると。
そこで急遽、チャックに代役を頼んだのだ。
新婦の元彼ということで、おそるおそるの頼みだったが、チャックは快く引き受けて、なんとか滞りなく式は終わった。あとは披露宴を残すのみ。
ファリドゥーンは、できることなら今すぐここから逃げ出したかった。
歴史あり財あり人望あり。RYGS家当主ファリドゥーンの結婚式。しかもお相手は寒村出身のニンゲンで元メイドというシンデレラストーリー。
さらにそこに、ベルーニとニンゲンの結びつきを盛大にアピールして祝ってしまおうという、政治的判断が入り込んだ。
ここで断れないのが、ファリドゥーンである。
いや、それが何を意味するのか、受け入れた時には気づかなかった。
みなが祝ってくれるならと、歓迎した。
ペルセフォネがナイトバーンを連れてやってきて、ファリドゥーンとルシルの意向などはなから無視して式と宴の準備はすすめられていった。
荘厳な式はまだよかった。
が、披露宴会場までのパレードに、ゴンドラとスモーク、高さ3メートル30センチのウエディングケーキ。
通称メイドロボことレイドバスターの楽隊による生演奏。(果たしてこれは、生演奏なのか?)
各席を回るキャンドルサービスには、三十分の予定がさかれ、続く列席者の祝いの言葉や余興には四時間があてられている。(レベッカの曲撃ちをするという話は聞いているが、なぜ客用控え室にモノホイールやグラムザンバーが置いてあるのか? っていうか、ヴォルスング様も何かする気なのか?)
その間めでたく末広がりの8度に渡るお色直しは、新郎新婦の付添い人も込みである。
なにやら恥ずかしい、新郎新婦愛の軌跡なるビデオ上映。(先にそれに目を通したチャックが、全てを捨てて地の果てまで逃げようとしたらしい。となれば、あれに違いあるまい。そしてチャック逃亡は、彼がいなくなれば、次にお鉢が回ってくるに違いないディーンに、全力で阻止された。)
これから推定8時間の苦行が始まる。
「新郎が、そんな顔してちゃダメだよ。幸せそうに笑わないと」
ファリドゥーンは、作り笑顔の得意な友人を憂鬱そうに見やる。
つらい時ほどへらへら笑うこの友人の性質を知ったとき、ファリドゥーンはそれを物悲しいと思ったが、今回ばかりはうらやましかった。
チャックは、ド派手な黒ラメスーツに身を包んで、へらへらと笑っている。
だがこの派手スーツも、大人しい方だ。この後続く、ヴォルスングも裸足で逃げ出す衣装たちに比べたら。
もちろん新郎付添い人が、新郎より派手な衣装を着るはずもなく……。
二度と結婚だけはするものかと、ファリドゥーンは堅く心に誓っていた。