ジャケットから借りた部屋は、宿の一室のように生活感に欠けた上にホコリっぽく、廃墟を仮の宿としたときの事を想い出させた。
だが、薄い壁一枚へだてた両隣の生活音は筒抜けで、自分たちが複数でなければ、きっと奇妙な孤独を感じただろう。
そんな部屋の小さな灯の下で、地図を広げ、今後の活動予定を立てる。
「明日、もう一度店のおばさんに、農村の仕事がないか聞こう。農繁期じゃなさそうだけど、何かあるかもしれない」
バンダナは、そうした細々とした生活感溢れる仕事を受けるのが好きだ。
元より好きで渡り鳥をしているのではなく、そうした場所に受け入れられず、放浪生活をしているといった面がある。その上で、渡り鳥としての能力は超一流なのだから、ある意味ややこしい。
あるいは、そうした彼の力が、異質なものを拒む閉鎖的な人々に恐れられたというべきか。
今では上手く隠せるようになったし、仲間の中にまぎれることもできる。だが、そうした育ちのせいか、バンダナは人見知りをし、見知らぬ人々の前では、ことさら無口になる。それでもバンダナは、そうした人々に、受け入れられたいと望んでいる。
足長は困り切って頭を掻く。バンダナがそれを望む事は、わかっていた。なのにこの村の渡り鳥との交渉係らしい女主人を不機嫌にさせたのは、まずかった。
「まあ、聞いてはみるか。あいつも村の中で、お嬢がベルーニだと口にしなかったのは、幸運だったな」
よほどの都会でなければ、異質なものの排斥は、珍しいことではない。お嬢がベルーニと知られただけでも、お嬢だけでなく、まとめて一歩引かれてしまいかねない。
「偶然だと思ってたのかい?」
肩でネズミが、あきれていた。
「ハンターが、そのへんの事情を知らないわけないだろ」
「そのぐらいの世間知らずに見えたがな。それにお前は誰の相棒だ。ずいぶんあいつを贔屓するじゃないか。あいつの頭が、そんなに気に入ったか?」
「フケ顔でヤキモチ妬いても、かわいくないよ」
「何がヤキモチだ。よりによってあいつの頭の上に居座りやがって。内緒話もできやしない」
「長いこと相棒やってるのに、なぜあそこに居座ってたのか、わからなかったのかい?」
ネズミが大げさに嘆いて見せると、お嬢がクスクス笑い出し、バンダナが申し訳なさそうな顔をする。
「ヤキモチ妬くのに忙しくて、わからなかったんですね」
「仲間はずれにされたと思った?」
足長は、むっとしながら仲間たちを見回す。二人とも、こうしたことを冗談で言えるタイプではない。だからこそ、腹が立つ。
「まあ、お前たちは顔見知りだったわけだしな」
「すれ違った程度ですよ。手紙のやりとりも、彼の仲間の方が中心で、言われなければ相手方の中に彼がいたことなど気づきもしませんでしたし」
「あんなちゃらちゃらとして、馴れ馴れしいヤツを、忘れてたどころか、気づかなかったってか?」
懐疑的な足長に、バンダナとお嬢は顔を見合わせる。
「他の方々の後ろに立っているだけの人で、直接話したこともありませんし」
「この村に来たこともあるし、別の場所で何度かすれ違ったことがある。悪い人じゃなさそうだった」
足長は、腹立ちさえ忘れて、不思議がる。
「たったそれだけで、信用したのか?」
うなずく仲間たちに、足長はやはりこいつらはお人好しだと再確認する。
お人好しではないネズミだけは、訳知り顔だ。
「オイラが彼の頭の上にいれば、彼の動向を何一つ見落とさずに済むだろ。相手は仮にもハンターだよ。遺跡一つの封鎖を、彼一人にまかされるぐらい、政府という依頼主に信用されてる」
「あんな遺跡だからだろう。あそこは面白いが、危険はなかった」
ネズミがおおげさにため息をつく。
「ホント、表面しか見る余裕がなかったみたいだね」
「見かけと中身は、違うんだ」
バンダナにまで言われ、足長はふぅと息を吐き出す。
一応、人を見る目は、あったつもりだ。少なくとも、バンダナとお嬢よりは。
「彼がお人好しなのは、間違いないさ」
ネズミに慰められるが、嬉しくはない。
「お前らそんなに気に入ったんなら、仲間に誘っちまえばよかったじゃないか」
「機会があれば、友だちになれると思います。ですが仲間とは、そのようなものでしょうか?」
お嬢と、そしてバンダナに見つめられて、足長は自分の中の迷いと、そしてヤキモチに向かい会う。
足長にも、昔別の仲間たちがいた。
そのころは、その仲間たちと別れる日のことなど、考えもしなかった。
仲間たちを失った後、ネズミという相棒と出会ってなお、新たな仲間と共に歩むことになるとは、思ってもいなかった。
この二人との出会いも、一緒に行動するようになった理由も、最初から仲間になろうとしてそうしたわけではない。成り行きだった。だが今は掛け替えのない仲間たちだ。
結局一人を選ぶというあのジャケットの仲間たちも、そんな仲間たちだったのだろうか?
あのジャケットの友人たちも、ジャケットと共に歩むことはないのだろうか?
自分はともかく、バンダナとお嬢にとっては、このパーティが初めての、強い絆で結ばれた仲間だ。その絆を得ることによって、技能だけでなく精神的にも強くなっていく様子を、自分は見てきた。
だが、一度得たものを失うつらさを、まだ知らない。
危険は共に乗り越えてきた。
だが、このまま全滅でもしなければ、同じ仲間たちと最後まで同じ道を歩み続けることはない。
いずれ別れる日がやってくる。
離ればなれになっても、よい友人であり、互いの危機に駆けつける、そういう間柄になるとしても、今のように同じ時間を共有しなくなる日は、やがてくる。
あの遺跡で見たのは、いずれも三人が共有する、大切な過去の断片だった。
「あいつの仲間は、健在なのか?」
「全員すこぶる元気だと言ってましたよ」
「今度会ったら、もう少し損得抜きで、話を振ってみるか」
バンダナとお嬢が、顔を見合わせ微笑み合った。
「急に素直になったね」
肩の上でネズミが驚く。
「ヤキモチ妬かれるのも、すねられるのも、たまにはいいな」
照れながらのバンダナの告白に、足長は苦笑した。
野外食堂で朝食をすませ、農繁期でもない村では農作業の仕事もなく、そのまま三人と一匹は村を飛び立つべく、荒野を前にする。
ジャケットに限らず、この荒野を、一人で渡る者も少なくはない。
必要があれば、自分も、そしてバンダナもお嬢も、そうするだろう。
だが今は、共に歩く者たちがいる。
どれほど財布の中身が乏しくても、まだ先のことが見えなくても、そんな時間を共有する者たちと先を目指すことができる。
「なんか、妙に嬉しそうだね」
「よく寝て食ったからな」
ネズミに言われ、ニヤリと笑う。
世界は光に、満ちていた。